古代文字で写経

閑話休題 古代文字エッセイ(3)

2014.07.19更新

 さてさて、やっといろいろなことが収束に向かっています。おそらく次回は『古代文字で写経』が再開できると思うのですが、今回もエッセイで失礼します。


『耳無し芳一』の構造は能

 おととい、7月17日(木)に広尾(東京)の寺子屋で『耳無し芳一』を語りました。

 浪曲師の玉川奈々福さんと、チェロの新井光子さんと一緒にです。

 いままでにも小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の『怪談』はいくつも語ってきたのですが、『耳無し芳一』はあまりにベタなので避けていました。

 そんな避けてきた『耳無し芳一』を、今回語ろうと思ったのは「この物語は能の構造ではないか」と気づいたからなのです。

 能、とくに夢幻能と呼ばれるジャンルの能の主人公の多くは幽霊です。『耳無し芳一』にも登場する平家の武将の幽霊は、能にはたくさん登場します。

 ちなみに能では主人公を「シテ」と呼びます。

 そして、そのシテに対応するもうひとつの役割を「ワキ」といいます、これは現代では「脇役」などという言葉で残っていますが、しかし能の「ワキ」と現代の演劇の脇役とは全然違います。

 夢幻能のワキは、あの世から出現したシテ(主人公)の魂を鎮める、鎮魂者なのです。

・シテ:亡霊
・ワキ:鎮魂者

・・・というのが夢幻能の登場人物なのです。


芳一はワキだった

・・・で、この構造で『耳無し芳一』を考えてみると・・・

・シテ:亡霊→「平家の亡霊たち」
・ワキ:鎮魂者→「芳一」

・・・となるのではないかと思ったのです。

 あ、『耳無し芳一』の話をご存知ない方は、こちらでまずはざっくりとどうぞ。

 芳一は琵琶法師であり、『平家物語』が得意だった。琵琶も『平家物語』も鎮魂のツールです。

 『耳無し芳一』の物語の中では平家の亡霊たちが悪いやつのように思われていますが、ちゃんと読むと彼らはひどいことはまったくしていません。

 ただ「平家物語を語って聞かせてくれ」とお願いし、それを神妙に聴き、芳一の腕に賞賛の声を上げ、安徳天皇の入水場面では哀哭の涙を流しています。それだけです。

 琵琶、すなわち「楽」による鎮魂は古来よくなされていたようで、能『経政(つねまさ)』の中でも、故・平経政の愛用した琵琶を供えつつ、琵琶の調子を整えて彼の鎮魂の法会を開いています。

 また、死んだときのことを語ることによって鎮魂が成るというのは能の常套パターンであり、そう考えると平家の幽霊たちが、芳一に『平家物語』を語って欲しいとお願いするのは宜なるかななのです。

 平家の幽霊は芳一に「七日間、平家物語を聞かせてほしい」とお願いします。

 それは住職の計らい(というかおせっかい)によって成りませんでしたが、ひょっとして芳一が七日の満願を達成できていれば、平家の亡霊たちの魂は慰められ、めでたし、めでたし!となった可能性だってあるのです。


芳一の体中に書かれた『般若心経』

 しかし、住職は芳一の琵琶による鎮魂の力を信じることができずに芳一の姿を幽霊たちから隠そうとして、芳一の体中にお経の文句を書きます。

 この時に書くお経が、いま、古代文字で写経をしている『般若心経』なのです。

 なぜ『般若心経』を書くと見えなくなるのか。

 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、それは『般若心経』の魔術的用法によってであると注しています。が、ハーンの注は簡単すぎるので、なかなかわかりにくい。

 それをやや詳しく説明してくれるのが小説家の円城塔氏です。

 雑誌『幽』(KADOKAWA)第21号には円城塔氏が訳された「ミミ・ナシ・ホーイチの物語」が載っています。

 ラフカディオ・ハーンの『耳無し芳一』はもともとは英語で書かれたものです。で、僕たちが読んでいるのはその和訳なのですが、そのほとんどは日本の読者用にちょっとアレンジされています。

 円城塔氏は、これを「直訳に近い形」で訳そうと試み、さらにはハーンの注も訳し、解説も書いているのです。読むと目から鱗なので、ぜひ読んでみてください。

 さて、円城塔氏の解説によれば『般若心経』とは・・・

 「色(形あるもの)は空(存在しない)である」と書かれた経典であり、だからすなわち・・・

 「芳一の体には『存在しない』と記されているがゆえに、芳一の体は見えないのである」
・・・とのことなのです。

 『般若心経』自体が、存在するものを存在させなくしてしまうお経なのですね。

 なるほど!


体中に書かれた『般若心経』は梵字だった!?

 ちなみにこの注に引用されているのはマックス・ミューラー訳の英文の『般若心経』です。

 で、このマックス・ミューラーが訳した『般若心経』は、僕たちがふだん目にする漢訳のものではなく、この連載でいま写経しているサンスクリット語版の般若心経なのです。

 『耳無し芳一』の舞台となったのは赤間が関(下関)の阿弥陀寺。明治時代の廃仏毀釈で、いまは寺はなくなり神社(赤間神宮)になっていますが、中世には浄土宗、近世では真言宗に転じました。

 『耳無し芳一』の話がいつの話なのかははっきりしませんが、これが江戸時代の話だったとすると阿弥陀寺は真言宗。

・・・となると、芳一の体に書かれたお経はサンスクリット語、すなわち梵字の般若心経の可能性も大いにあります。

 体中に書かれた梵字、それは漢字よりも怖いかも・・・。

※この住職と芳一の話など、いろいろ書きたいこともあるのですが、古代文字とは関係なくなってしまうので、またいつか~。
※僕たちが語る『耳無し芳一』、関西でも公演の予定があります。

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安田登(やすだ・のぼる)

1956年千葉県銚子市生まれ。高校時代、麻雀とポーカーをきっかけに甲骨文字と中国古代哲学への関心に目覚める。高校教師をしていた25歳のときに能に出会い、鏑木岑男師に弟子入り。能楽師のワキ方として活躍するかたわら、『論語』などを学ぶ寺子屋「遊学塾」を東京(広尾)を中心に全国各地で開催す る。また、公認ロルファー(米国のボディワーク、ロルフィングの専門家)として各種ワークショップも開催している。著書に『能に学ぶ「和」の呼吸法』(祥伝社)、『身体感覚で「論語」を読みなおす。』(春秋社)、『異界を旅する 能  ワキという存在』(ちくま文庫)『本当はこんなに面白い「おくのほそ道」』(実業之日本社)、『あわいの力 「心の時代」の次を生きる』(ミシマ社)など多数。

あわいの力

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