古代文字で写経

ヘブライ語で旧約聖書 第1回

2014.09.13更新

ヘブライ語は『聖書』の文字

 古代文字で写経、今回からヘブライ語です。

 ヘブライ語とヘブライ文字は現代でもイスラエルを中心にふつうに使われているので「古代文字」というのはナンなのですが、しかし現代ヘブライ語は20世紀になってから「聖書ヘブライ語」をもとに作られた言語なので、まあ、古代文字に入れてもいいでしょう。

 ってわけで、これから「聖書ヘブライ語」での写経が始まります。

 いま「聖書ヘブライ語」と書きましたが、そうです。ヘブライ語は『聖書』の文字なのです。

『聖書』といっても『旧約聖書』。ユダヤ教やキリスト教の聖典です。

 キリスト教では『聖書』には『新約聖書』と『旧約聖書』があり、『新約聖書』のほうはイエスの言行を記した福音書と、その弟子たちの書が中心です。これは古典ギリシャ語(の中でもちょっと特殊なコイネーと呼ばれるもの)で書かれています。

 で、『旧約聖書』のほうには、「天地創造」とか「アダムとイブ」とか「ノアの箱舟」とか「バベルの塔」とか、物語としても有名なお話がたくさん載っています。

 ただし、ユダヤ教の人に『旧約聖書』なんて言ったりすると「何いってんの?」って顔をされてしまいます。

 そうなのです。ユダヤ教の人たちにとっては新約も旧約もない。『聖書』といえば、こちらの聖書だけをいうのです。で、それはヘブライ語で書かれています。


節操のなさこそが、日本人のすばらしさ

 そこで、本連載でもヘブライ語で書かれた『聖書(旧約聖書)』の中から章句を選んで写経をしていきたいと思っています。前回は仏教、今回はユダヤ教(キリスト教)、なんとも節操がありませんが、そこが日本人。

 お葬式は仏教、結婚式はキリスト教なんて人、ざらですからね。そして、お正月は歳神さまを招くので、気がつかないうちに神道にもどっぷり。この節操のなさこそが、実は日本人のすばらしさなのです。

...と、その話をしていくと、写経にまで話が進ませんので、まずは今日の分を紹介します。


 これです。なかなか美しい文字でしょ。

「ながっ!」ってびっくりしないでください。よく見るとわかりますが、ほとんどが繰り返しです。


マイム・マイム・マイム・マイム

 では、この文字の発音をカタカナで(アルファベットによる発音は次回以降に)。

マイム・マイム・マイム・マイム
ヘイ・マイム・ベサソン
マイム・マイム・マイム・マイム
ヘイ・マイム・ベサソン

ヘイ・ヘイ・ヘイ・ヘイ
マイム・マイム・マイム・マイム
マイム・マイム・ベサソン
マイム・マイム・マイム・マイム
マイム・マイム・ベサソン

 あれ? どこかで見たことが...。

 そうです。子どもの頃にやったフォークダンス『マイム・マイム』です。

「え~、『聖書』って言ったじゃん。そんなガキみたいなのやりたくないよ~」

 そういわないでください。実はこれ、れっきとした『聖書』の一節です。『聖書』の「イザヤ書」12章の第3節に載っています。

...でも、実はイザヤ書の本文は、この前の部分、フォークダンスの前半部分の「チャン・チャン・チャカチャン~」にあります。それは次回にやりますね。

 ここはハヤシことばの部分。『聖書』の中の重要な単語をふたつ、「マイム」と「ベサソン」を繰り返してハヤシことばにしています。


「マイム」はヘブライ語では「水」という意味

 今回の文章の中の基本の部分を見ておきましょう。

マイム・マイム・マイム・マイム
ヘイ・マイム・ベサソン

 ここ、みんなで輪になって、「マイム・マイム」とかみんなで歌いながら内側に入っていくところですね。

 この繰り返される「マイム」。ヘブライ語では「」という意味です。

 で、最後の「ベサソン」、フォークダンスを踊っているとき、何て歌いました? 何人に聞いたところ...

マイム・レッセッセ

...とか

マイム・エッサッサ

...とかがありましたが、みなさんのところではどうだったでしょう。

 正しくは「ベサソン(ベッサッソン)=喜びととともに」です。

 あと「ヘイ」というのが入っていますが、これは英語とかの「ヘイ!」と同じで意味がないので、まあ気にせずに。

...ということで、もう歌うのは簡単ですね。まずはこのページの最後にある映像を観ながら一緒に歌っちゃってください。


「右」から「左」

 では、ヘブライ語の特徴や単語のお話をしましょう。

 ヘブライ語、ヘブライ文字の特徴は、なんといっても...

「右」から「左」

...に書くこと。

 これは英語に慣れている僕たちにとっては最初はとまどいますが、慣れると案外大丈夫なものです。

 でも、世の中の横書きのものは左から右用に作られているので、いろいろと不便もあります。

 そのひとつは「読みがな」を振ろうとするとき。昔の日本人は、横書きは「右から左」だったので、問題ないのですが、今の日本人は左から右が慣れているのでちょっと読みにくいかも。ヘブライ語に読みがなを振るのを次回からやります。

 でも、まあ日本語はいいほうで、アルファベットでは右から左に振るのはほぼ不可能に近い。日本人でよかったね。

 もうひとつの不便は楽譜を作るとき。これはもう仕方がないので、楽譜のときはアルファベットで書いています。


ヘブライ語のアルファベットには子音しかない

 そうそう。アルファベットといえばヘブライ語のアルファベットは簡単。

 たった22文字しかないのです(語尾にきたときに変化する文字もいくつかありますが)。
 英語の26文字に比べて4文字少ない。それはヘブライ語のアルファベットには子音しかないからです(母音っぽいのはあるけど)。

「子音だけで、ちゃんと伝わるの?」

...とお思いの方、伝わるんです。

 昔、インターネットやパソコン通信が、超遅いスピードで、メールですら容量を気にしなければならなかったときには、字数で課金が増えたりしました(日本語は1文字で2文字分だった)。ですから、省略形をよく使いました。

 とくに英語のメールではヘブライ語のように母音を略して子音だけにしました(これ、その今も使いますね)。

BTW=By The Way(ところで)
ASAP=As Soon As Possible(できるだけ速く)

 ビジネスなどは次のような省略形もよく使いました。

MKTG=Marketing

 でも「MSG」なんかは「メッセージ」だか「マッサージ」だかわからなくてちょっと混乱します(あ、混乱するのはマッサージ関係の仕事をしている人だけね)。

 まあ、そんなわけで母音がなくても案外、平気なのです。

 ただし「聖書ヘブライ語」の場合は、やはり『聖書』はどんな小さな章句も大事なので「発音も正しくせよ」というわけで、母音を明確にする記号もつけます。


(「m」と「h」の母音付き。下についています)


(「m」と「h」の母音なし)

 たまに母音記号が上などについているものもあります。

(前が母音記号付き。これは上に母音記号の点がついています)

 これが「聖書ヘブライ語」と「現代ヘブライ語」の違いです。語彙はかなり共通していますが、聖書ヘブライ語では母音を明確にするために記号をつけますが、現代ヘブライ語では基本的にはつけません。

 また、いくつかの文字は中に点が入ると発音が変わるものがあります。


(点がないと「V」、点が入ると「b」になります)

 あ、もうひとつあった。この字は点の位置によって「s(サ行)」になったり、「sh(シャ行)」になったりします。

(この文字は点が左だと「サ」行、右側だと「シャ」行になります)

 アルファベットの一覧表は、もう少しやったら紹介しますが、今回の写経だけで、22のアルファベットのうち7つ(語尾形が2つ)、さらに次回を含めれば10個を覚えてしまうことになります。

 今回と次回の『マイム・マイム』だけで、なんとアルファベットのおよそ半分を覚えてしまうことになるのです。

 おお、なんと簡単なことか!


マイムを書いてみましょう

...というわけで、マイムマイムに使うアルファベットを紹介しましょう。まずは母音なしで紹介します。

 そうそう。ヘブライ語は、活字の形と実際に書かれる形がだいぶ違います。また、書き順も人によって違います。ここでは僕が知り合いのイスラエル人から聞いた書き順を中心に紹介します。

●マイム
 では最初に「マイム」という単語を書いてみましょう。これが「マイム」、簡単でしょ。たった三文字の単語。

 右から左へ読みます。

 子音だけで書くと「m y m」。文字は「m」と「y」と「M(mの語尾形)のみっつです。「m」と「y」には母音記号もついていますね。

(右から左に書きます)

●最初に「m」を書いてみましょう。右側には手書きで書き順の例を紹介します。こんな感じで書かれます。

 ちなみに、本などでは次のような書き順もよく載っています。

●次は「y(イ)」です。これは上の方に「ちょろっと」って感じで書きます。

●で、最後はもうひとつ「m」ですが、「m」は単語の最後の文字は形が変わります。


ベサソンも書いてみましょう

 では、次に「ベサソン」も書いてみましょう。今度はちょっと長い単語。

 これも右から書きます。子音だけのアルファベットで書くと「b s s w n」です。

●最初に「b」です。

「ベ」と発音するためには「中に点」と「下に母音記号」をつけます。

●次は「s」。真ん中の棒ですが、知人のイスラエル人は、真ん中に書きますが、本などでは曲げているものもあります...ので、両方紹介します。

 この字は「サ」行にも「シャ」行にも読めるので、左上に点をつけて「サ」行であることを示します。最初の「s」は「サ(sa)」と発音しますが、そのための母音記号もつけます。

●次も同じ「s」ですが、これには「w」がついています。こいつ、手書きで書くと「え、何か足りなくない?」と思うくらいに単純な格好です。

 で、さっきの「s」に、この「w」が付き、さらに「w」の上に母音記号がつくと「ソ(so)」という発音になります(しつこいようですが右から左ね)。


●最後は「n」です。ベサソンの「ン」です。この「n」も語尾になると字形に変わります。 今回は語尾字形だけを紹介します。この字、「w」に似ていますが、ノートの線よりも下に突きつけることが肝要です(手書きの点線はノートの線のイメージ。実際には書きません)。


単語がくっついちゃう

 ヘブライ語で慣れるまで大変なのは、右から左というだけでなく、文章にするときにいろいろな単語がくっついちゃうこと。

 英語でいえばこんな感じです。

Hewillgo totherestaurant.

 これは「He will go to the restaurant.」。いくつかの単語がくっついちゃってるねす。

「んもうっ!」って思いますね。慣れるまではちょっととまどいます。

 でも、これは前回までのサンスクリット語でも同じなので、古代語をやっていくと、「ま、そんなもんか」とあきらめがついてきて、これもまあ大丈夫になります。

 そんなこといったら日本語や中国語なんて全部くっついちゃっているわけなので、外国人は大変ですよね。楔形文字もそうです。

 というわけで文句はいわないように。

 ただ、辞書が引けるようになるまでにはちょっと時間がかかりますが...。


ベサソン=喜びとともに

 さて、今回でいえば「ベサソン」がくっついちゃっている単語です。

 これは...

ベ+サソン

...と分けることができます(本当は「サソン」も分けることができるのですが、細かい事は気にせずいきます)。

 最初の「ベ」は、英語でいえば「in」とか「with」とかいう意味。

「サソン」は「喜び」です。

 で、「ベサソン(ベ+サソン)」で、「喜びとともに」とか「喜びの中で」とかいう意味になります。


では、写経をどうぞ!

歌もご一緒にどうぞ!


●ヘブライ語


●日本語(今回は日本語でも歌わせてみました)

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安田登(やすだ・のぼる)

1956年千葉県銚子市生まれ。高校時代、麻雀とポーカーをきっかけに甲骨文字と中国古代哲学への関心に目覚める。高校教師をしていた25歳のときに能に出会い、鏑木岑男師に弟子入り。能楽師のワキ方として活躍するかたわら、『論語』などを学ぶ寺子屋「遊学塾」を東京(広尾)を中心に全国各地で開催す る。また、公認ロルファー(米国のボディワーク、ロルフィングの専門家)として各種ワークショップも開催している。著書に『能に学ぶ「和」の呼吸法』(祥伝社)、『身体感覚で「論語」を読みなおす。』(春秋社)、『異界を旅する 能  ワキという存在』(ちくま文庫)『本当はこんなに面白い「おくのほそ道」』(実業之日本社)、『あわいの力 「心の時代」の次を生きる』(ミシマ社)など多数。

あわいの力

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