へなちょこ古代史研究会

第3回 古代人はどんな世界を生きていた? かやはらレポート①

2011.11.30更新

古代史研究会の連載が、ついに始まった。

本来は喜ぶべきことだが、「始まってしまった」という方が今の心境に近い。しかも、記念すべきミシマ社5周年の翌日にして、三島さん初の著書『計画と無計画のあいだ』が発売されたのと同じ栄えある日に・・・。

ああ、何と言うことだ。うれしさよりも、プレッシャーの方が先に立つ。

古代史研究会のそもそもの発端は、ミルコさんが書かれているように、ミシマ社の昨年のクリスマス忘年会、通称「クリボー」にある。
幻冬舎で長年編集者を務められたミルコさんと、あるときはテレビで、あるときはラジオで、あるときは雑誌で、あるときは書籍で、マルチに活躍されている高瀬さんと、歴史トークで盛り上がった。それも、戦国でも幕末でもなく、古代史が肴だった。
一方の僕ときたら、三十路を過ぎてライターを始めたばかりの新米のひよっこ。偉大な先輩の話は面白かったし、その姿は眩しかった。

トークの流れのなかで、「古代史研究会をつくろう!」という言葉が飛び出した。お二人は酒の席での戯れ言のつもりだったかもしれないが、僕にとっては何とも神々しい響きを伴っていた。「お二人と一緒に仕事ができるかもしれない」と、恐らくひとりで色めき立っていた。クリボーが終わってからもその熱は収まらず、お二人に「古代史研究会頑張りましょう!」などというメールを送りつけた。

だが、その後の停滞ぶりはミルコさんが書かれた通り。戯れ言を現実のものにしようとした張本人ではあるものの、その根底にあるのは「お二人と一緒に仕事がしたい」という一心だけで、企画の具体的なイメージがあったわけではなかった。

以来、何とか連載が滑り出した今も、一貫して視界不良は続いている。あろうことか、連載前日に開かれたミシマ社5周年記念パーティーで、高瀬さんから「ストーリー展開考えてる?」と聞かれてアワアワしてしまったほどだ。なお、その時点では、まさか翌日に連載が始まるとは思っていなかったのだが・・・。

言い訳の逃げ口上はこの辺りにして、古代史について思うところを少しばかり触れておきたいと思います。

気になるのは、「古代人はどんな世界を生きていたのか?」ということだ。

当たり前のことだが、古代には、電気もなければインターネットもケータイもパソコンも存在しない。クルマも電車もヒコーキもない。学校なんてなかったろうから、文字の存在すら知らなかった人もいるかもしれないし、病院だってなかったろうから、病気や怪我をしても自力で治すしかなかったはずだ。会社のようなものはなかったろうけれど、毎日何かしら働いていたに違いない。
こういう世界を生きていた古代人が、日々どんな暮らしをして、何を見て何を感じていたのか? そんなことが気になって仕方がない。

というのも、現代の常識だけで人生を生きるのは、何だか損をしている気がするからだ。未来がどうなるかはわからないけれど、過去の歴史のことなら薄ぼんやりと知っている。それを手掛かりに、いろんな時代を生きた人のことを想像すると、人生がより楽しく豊かになるような気がする。それが、現代からウンと離れた古代人ならなおさらだ。

古代人も現代人も、同じ人間だ。日本人が、アメリカ人やフランス人、中国人や韓国人とわかり合えるように、現代人も古代人のことを理解できるはず!

ここまでいくと、「研究」と言うよりは「妄想」だが、「へなちょこ」に免じて、温かくお付き合いくださいませ。

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山口ミルコ、高瀬毅、萱原正嗣というフリーライター三人衆+ミシマ社京都・城陽オフィス窪田

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