へなちょこ古代史研究会

今回は、「へなちょこ古代史研究会」メンバーによる座談会の後編です。前回の最後に、「古代っていつからいつまでを指すと思いますか?」という問いが出ました。
たしかに、古代史研究会を名乗りながらも、「古代」っていつのことやらよくわかっていなかったり・・・。
そんなメンバーですが、古代への思いもなかなかのものです。

(文:かやはらまさつぐ)

第14回 「へなちょこ」たちが選ぶ、<古代史>な一冊(後編)

2012.05.23更新

井上章一『日本に古代はあったのか』(角川選書)

第14回 「へなちょこ」たちが選ぶ、<古代史>な一冊(後編)

『日本に古代はあったのか』(井上章一、角川選書)

ミシマ『日本に古代はあったのか』を選んだのですが、あらためて、古代っていつからいつまでを指すと思いますか?

高瀬それはね、結成以来のテーマなんです。さっきも話してました。これ(『日本史年表・地図』(吉川弘文館))でいうとね、実は12世紀のほぼ終わりまでなんです。いまの大河ドラマの清盛の世界まで。

ミシマそうなんですよ。平安が終わろうという鎌倉時代の直前までが「古代」で、鎌倉以降を「中世」とするのが、日本史の定義、スタンダードになっています。
だから、海外で日本研究をしている人たちも、この時代区分に従わざるをえない。

がしかし、ですよ。ヨーロッパで、「中世」はいつからかというと、4、5世紀からなんです。あ、中国はいつからかというと、漢王朝が滅びたころからっていう見方もあります。つまり、日本と世界の差がえらくあるんです。大きく見れば、1000年くらいの差があるんです、中世の始まりが、ですよ。日本はホントにそんなに遅れてたのかと、そういうことを問うていくわけですけども。

まず、参照するのは、内藤湖南(1866-1934)っていう東洋史の先生です。京都学派の先生。内藤湖南に続いて、宮崎市定(1901-1996)っていうのが、京都学派のラインです。
東大派っていうのは、完全にスタンダードそのままなんです。どういうことかというと、中国も、中世に入るのがヨーロッパより遅いっていうのが日本のスタンダードな研究だったんです。それを、内藤湖南先生はおかしいと、ヨーロッパと中国の、古代・中世の始まりは、どっちかっていったら中国の方が早いっていうことを論理的に言っていくわけなんです。それを受けた宮崎市定も同じことを言うわけですけど、内藤湖南と宮崎市定の違いは、日本の「古代」の定義にあります。宮崎は、この年表と同じなんです。だけど、内藤湖南先生は、日本と中国は同じ時期に「中世」に入っているということを言うんです。

高瀬7世紀ぐらいから? 奈良時代ぐらいから入るのかなぁ?

ミシマそうなんですよね。

高瀬そうなると、律令制が出来上がったところから、「中世」に入るっていう解釈になりますよね。

ミシマというようなことを言って、ここですごく面白いのは、外国人との対話で、日本の中世の定義がおかしいってことを外国人も言う。「正直に言うと、日本に古代と呼ぶ時代があったとは思えないんです」と。

高瀬・ミルコ・かやはらほぉ~。

ミシマ「いわゆる有史以降の日本史は、中世史として始まった。そうとらえた方がいいと思うんです。ドイツにも古代史はありません。いきなり中世史として表れます。私は日本の歴史もそれでいいんじゃないかと思っているのです」。

つまり、ドイツと、この人たちの解釈って面白くて、日本とドイツは「辺境」なんです。当時は、ギリシャ・ローマをもって古代が、ヨーロッパ史が始まっていて、ドイツは未開の地だった。日本は、中国からすると「辺境」、つまり内田樹先生が言う『日本辺境論』になるわけですけど、とすると、いきなり「中世」から始まったととらえる方がいいんじゃないか、と。だから、奈良・平安を日本の中世史としてかまわないし、漢帝国崩壊以降の日本が中世になったと考えていいんじゃないか、という考えになるんです。
そうすると、だいぶ日本史の見方が変わってくるんですよ。

高瀬へぇ、斬新だなぁ。この年表を見ておかしいと思ってたんですよ。頭のなかでは、奈良ぐらいまでが「古代」だろうと思ってたから。

ミシマ横軸で見たらおかしなことになるんです。日本史だけを単体として見てるから、僕ら気づかなかったんですけど、世界史のなかに日本史を位置づけたときに、明らかに日本だけがすごく遅れて中世が始まるっていうことになっているんです。

ミルコでも、ギリシャ、ローマとの関係でドイツって言われると、すごくわかりやすい。

ミシマそうなんですよ。

高瀬ほぉ~、いきなり中世からですか。

ミシマドイツはいまや先進国ですけど、当時はすごく後進だったわけですよ、未開の地だったわけで。だからドイツ史には古代がない。ということを日本人は知らないわけじゃないですか。でも、そういうふうに日本史を捉え直すと、「日本に古代はあったのか」というこの問いは、ものすごく深いなと思って。

かやはらでも、ドイツもゲルマン神話とか、神話世界がありますよね。あれは「古代」じゃないと?

ミシマ世界史のなかに位置づけると「古代」じゃない。たぶん(笑)

高瀬日本も、確かに日本のなかだけで見れば、「古代」というのが存在してるんだけれども、特殊な世界だからね。

ミシマそれは、世界でいう「古代史」の定義とは違うと。

ミルコやっぱり、グローバルスタンダードで、日本史の教え方も変えた方が・・・。そもそもさ、日本史をこうやって、これは「古代」ですって教えるじゃない? それっていつから教えてるんだろうね? 昭和からかな?

高瀬どうですかね、もっとおそらく、明治になってからでしょうね。昔は、年表にも神武天皇がいたんじゃないかと思います。昭和15年(1940)が皇紀2600年ですからね、あれが2月の建国記念日ですよ。それにしても、日本は「古代」の置き方がえらく長いですよね。
その長すぎるのがひとつ疑問であったのと、いまミシマさんが言ったのをいうと、古代そのものがないんじゃないかっていう二段の問題点が出てきた感じで、面白いですね。

かやはら世界史の「古代」っていうのは、何なんでしょうかね?

高瀬となると、そういう話になっていきますよね。メソポタミアだとかユーフラテスだとか、古代文明、四大文明のその世界に入るんだろうけどね。
日本史だけに限定しても、「古代」はもう少し、古いところで終わってると思ってたんだけど、どうしてこういう古代史の区分けが出てくるのかなぁ。平安は完全に「中世」だと思ってたから、驚いたな。

かやはら封建制が始まる「中世」の前はすべて「古代」っていう感覚なんですかね?

高瀬それにしても長すぎるよねぇ。

ミルコ長いよね。

高瀬中世パート1とかパート2とかしない(笑)。

かやはら古代・中世・近代っていう区分そのものがヨーロッパ史を前提にしているから、それを日本史に当てはめること自体、意味がないっていう見方もありましたよね、確か。

ミルコ急に当てはめたのかもね。

高瀬江戸時代はなんて教わってたんだろうね?

ミルコそこ知りたいですよね。

高瀬日本の歴史を、例えば本居宣長とか平田篤胤辺りが、どういう風に日本を位置づけていたのかって、知りたいですね。

ミルコ絶対明治で変えられてるよ。

高瀬きっとそうだろうねぇ。どっかで変えられてる。

ミルコやっぱり牛肉を食べるようになってからじゃないかな(笑)。

ミシマすごい話ですよね。ヨーロッパも中国も、「古代」の大帝国が崩れ、異民族が入ってくるんですよ。そこで中世的な分裂が起こり、そこから「中世」が始まるっていうのが基本だと。日本は900年ほど後に、中世が始まる。900年の隔たりがある。つまりそのときには、10世紀後半、中国では宋が始まり、「近世」が始まっている。そんな馬鹿な、ですよね。中国が「近世」なのに、日本はようやく「中世」起こるかっていう。すごいズレですよね。

高瀬これは、やっぱりときの権力の意図が働くんだろうね。

ミルコそう、マインドコントロールが働くんだよ。

ミシマこのおかしさってすさまじいものがありますよね。なんか、ヨーロッパや中国が中世に入っているのに、ずっと日本は古代国家として遣隋使、遣唐使を派遣するっていうことをやっていた。っていうふうになるわけであって。でも、この区分にもとづいて、『古事記』だって、「古代」につくられたっていうことになっているわけで。それでも、この本からすると、「中世」の日本が、『古事記』や『日本書紀』を編纂した、というふうに解釈が変わるんですよね。その時代はもう古代じゃなかったということになるわけですね。

ミルコ著者の井上さんはどんな人なの?

ミシマ意匠研究とか建築とか、いろいろ書く面白い方なんですけど、僕は昔『アダルト・ピアノ』(PHP新書)とか、『名古屋と金シャチ』(NTT出版)っていう本を一緒につくりました。

高瀬っていうことは専門家じゃないわけだ?

ミシマ専門家じゃないです。

高瀬こういう視点だね、へなちょこが目指すべきは!

ミルコでも、衝撃作ですよね、いわゆる。

高瀬学会の人は、絶対に書いちゃいけない本だし、書けない本だよね。素人は何言ったっていいと、極端に言えばそういうことですよね。仮説なり疑問点を追究していけば、書けるわけですよ。

ミシマということで、『日本に古代はあったのか』という問いは、常に頭に入れながら、古代史研究会はやっていく必要があるかなと思います。

高瀬・ミルコ・かやはらありがとうございました(拍手)。

布施克彦著『元商社マンが発見した古代の商人たち』(洋泉社)

第14回 「へなちょこ」たちが選ぶ、<古代史>な一冊(後編)

『元商社マンが発見した古代の商人たち』(布施克彦、洋泉社)

かやはらじゃあ、最後は私ですね。これまた門外漢の人が書いた、『元商社マンが発見した古代の商人たち』(布施克彦著、洋泉社)という本です。
著者は、タイトルにある通り、元商社マンです。総合商社、三菱商事に務めていた人で、何年か前に辞められてライター・作家さんになられた方です。

序章で面白い問題提起というか、前提を投げかけています。たとえば、いまから2000年未来には、地球が異星人に征服されていて、現代の文明は完全に滅んでしまったとしますよね。って、いきなりすごいたとえですが・・・。そうすると、いまの時代に動かしている大きな製鉄所やなんかは、未来には2000年前の「遺跡」になるわけです。その「遺跡」を、異星人が発掘して研究すれば、そこが何千万トンという鉄をつくる巨大な工場だったということはわかるかもしれない。

でも、その製鉄所を建設・運営するにあたって、商社が大きな役割を果たしたこと、鉄を買い付けて仲介をしたとか、資金繰りのファイナンスをしたとか、そういうことは、「遺跡」の痕跡からは絶対わからないって。ということを考えたら、いまから2000年前にも、現代の商社のような古代商人がいたっておかしくないじゃないか、ということなんですね。「何も残っていないからといって、古代商社が存在しなかったという証明にはならない」っていうことなんですね。

実際の例として、ある黒曜石が、産地とは全然違うところで見つかるとか、翡翠が産地から遠く離れたところで見つかるとか、そういうことは簡単に言われますけど、そこには、それをつなぐ商人のネットワークがあって、それを欲しがる「顧客」を見つける人がいたから、そこに運ぶことができたんだと。

特に、この人が注目しているのが、海の民、海人なんです。昔は、陸路よりも海路の方が圧倒的に輸送量が高いですよね。海岸線に暮らす海の民たちが、陸の世界とは別の論理で、もっとオープンにダイナミックに交流しあっていたはずだ、それが古代商社だっていうことなんです。

ミルコ絶対いたよね。水上生活者みたいな人たちでしょ。

ミシマたしかに。

かやはらこの人は専門家じゃないので、語尾が「~とされる」とか「~だろうか」とか「~でもおかしくない」とか、言い切らないところがまた絶妙に面白くて。

高瀬それで書いちゃっていいわけだね。

ミシマこの時代は言ったもん勝ちですからね。証明できないからね。

かやはら古代商社も、生き残りのために、敵対する邪馬台国と出雲に二股かけて、両方に営業をかけてたんじゃないかとか。青銅器とか鉄器にしても、販売戦略があって、物流があって、製造センターがあって、とか、ビジネスマンの視点で古代を見ていくのが斬新で面白かったですね。「ニーズ」とか「サービス」とか「マーケティング」とか、古代史の本で見たことのない用語が出てくるのもたまらかなったですね。このゆるさが、へなちょこにぴったりだなと。

高瀬いいよね。「と思う」とか「違いない」とか「ではないか」とか(笑)。

ミシマ反論できないですよね。「かもしれない」だったら。

高瀬書けるんだよね、肩肘張らなければ。古代史の本書いたら嬉しいと思うよ。手も足も出ないって感じだったのが、出るじゃん。
上高地には、船の祭りがあって、海の神様がいるんだよね。

かやはら安曇野も阿曇族の拠点だったとか。

高瀬阿曇は海人、海の民族でしょ。

かやはらそうなんですよ。さっき少し話題に出た越の国(新潟)からも翡翠がとれて、そこでしかとれない勾玉が流通していたのが、あるときを境に成分が変わるんです。それは、その成分をたどると大陸の方のらしくて、ある時期からライバル商社が新しい産地から新商品を持ってきて売り込みに行ったんだとか。

高瀬交易は、相当昔からあるもんね。

かやはらそうですよね。そういう、公の歴史ではあまり重視されない部分に光を当てた、商社マンならではの視点が面白い一冊でした。

第14回 「へなちょこ」たちが選ぶ、<古代史>な一冊(後編)

『邪馬台―蓮丈那智フィールドファイル<4>』(北森鴻・浅野里沙子、新潮社)

高瀬面白いですね。ホントにいろんなのがあるんだね。僕は、実はもう一冊持って来ました。これ『邪馬台―蓮丈那智フィールドファイル<4>』(北森鴻・浅野里沙子著、新潮社)です。歴史ミステリーなんですね。文章がちょっといまいちだったんだけど・・・。

ミルコ文章大事なんだよね。

高瀬北森さんが書き始めた本なんですけど、途中で亡くなっちゃったんですよね。それで浅野里沙子さんが引き取って、続きを書いたんです。

邪馬台国が移動していくっていう話なんです。出雲辺りに行ったっていう。たたらを踏んでいったじゃないですか、火をおこして。邪馬台国には製鉄技術があったというんですね。というのも、邪馬台国は、入れ墨があって酒を結構飲んでいたっていう記録が『魏志倭人伝』のなかにあるんですよ。酒を飲めるってことは、かなりの米をつくらなきゃいけない。それには、それなりの鉄器とかが必要だったっていうんです。で、鉄をつくるための山林が必要で、それを焼き尽くすと移動する、っていう推理なんです。その、たたらを踏んでいたナントカ族の子孫がずっと生きていて、明治に変わるころに、ある村で殺人事件が起きるっていうところから始まっていくんです。歴史ミステリーっていうのはやっぱり面白いですよね。

文章がちょっと残念なんですけど、着眼点としては面白いですよね。僕としては、こういうミステリーが一冊書けるといいなぁと。

ミルコ入れ墨をしてたっていうのがすごく不思議ですよね。

かやはら入れ墨の話は、この元商社マンの本にも出てきます。この人の説では、海の民のヴィジュアル・アイデンティティ、社員バッジのような役割を果たしてたんじゃないかっていうんですね。入れ墨をどこにどう彫るかで、どこのグループかっていうのを表していたんじゃないかって。

ミルコそうやって表現してたのはおおらかですよね。そういう古代人のおおらかなイメージって、人としては、目指すべきライフスタイルなんじゃないかな、と思います。ヒントを感じますよね。

ミシマということで、今日はこんな感じでありがとうございました。

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山口ミルコ、高瀬毅、萱原正嗣というフリーライター三人衆+ミシマ社京都・城陽オフィス窪田

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