へなちょこ古代史研究会

どうなることやら、先の見えないままに見切り発車をしたこの連載も、前回でなんと(!)、記念すべき20回目を数えました。その記念を祝して、今回も引き続き座談会形式でお届けします。

お題は、『魏志倭人伝』をテーマにした2冊の本です。

・古代史の大家、森浩一氏が80歳を超えて筆をとった『倭人伝を読みなおす』(ちくま新書)
・脳科学という異分野からの古代史への挑戦、中田力氏の『日本古代史を科学する』(PHP新書)

この2冊を題材に、邪馬台国や卑弥呼について、へなちょこメンバーが、あれやこれや自由に繰り広げます。

(文・かやはらまさつぐ)

第21回 魏志倭人伝と卑弥呼をめぐるあれやこれや(後編)

2012.08.08更新

邪馬台国に魅せられた人たち

第21回 魏志倭人伝と卑弥呼をめぐるあれやこれや

『まぼろしの邪馬台国』(宮崎康平、講談社)

ミルコ古代への情熱と言えば、『まぼろしの邪馬台国』を書かれた宮崎康平さんの後半生を描いた映画を最近見ました。宮崎さん役を竹中直人さんが、奥さん役を吉永小百合さんが演じています。

宮崎さんの何がすごいって、目が見えなくなっちゃうんですが、『魏志倭人伝』を読み解いて、それを確認するために九州中を歩いて回って、本を書いたという古代への情熱の塊みたいな人なんですね。それを、奥さんが寄り添ってサポートするんですよね。奥さんたいへん。
映画自体は夫婦のものがたりなんだけど、そこまで人を惹きつける『魏志倭人伝』、邪馬台国、卑弥呼っていうのはすごいと思いましたね。

高瀬僕、だいぶ前に、古代史とは関係ないんですが、宮崎康平さんに取材したことがあるんです。奥さんが立派な人だよね。宮崎さんの杖になって、邪馬台国の場所の特定に挑むんだから。

邪馬台国が人の心を惹きつけるのは、歴史書に残っていたのがあの一瞬だけですからね。その後の日本はよくわかんなくなっちゃうし、その前もよくわからない。そこだけが、『魏志倭人伝』に描かれている。しかも、書かれていたのにもかかわらず、どこなのか特定できないって、最高のミステリーですよ。

ミルコそこだけがわかっているなんてナゾめいてますよね。

高瀬でも、普通の人まで邪馬台国論争に駆り立てたのは、この宮崎さんの『まぼろしの邪馬台国』がきっかけなんですよ。それまでは、学者のなかでは論争になってましたが、1960年代に宮崎さんがこの本を出して、ベストセラーになって、一般の人まで加わって邪馬台国論争をするようになったんです。

ミルコそう、宮崎さんがはしりなんですよね。それで、そのあともいまに至るまで、邪馬台国はどうなってんのかって、いまだに研究している人があちこちにたくさんいて、しかもどの人も全然譲らないんですよね。この議論が、日本のあちこちでなされているそのエネルギーたるや、すごいですよね。

かやはら誰も軍配挙げられないのに、みんな頑張っているんですよね。

ミルコほかにすることあるだろうと思いますよ(笑)。でも、そこまでの魅力が、魏志倭人伝や卑弥呼の世界にあるっていうのがすごいですよね。
やっぱりそこには、さっきも高瀬さんがおっしゃっていたように、いまも当時もあまり変わらないっていうことへの親近感みたいなものもあるんじゃないでしょうか。

当時から既に、外国に近づこう、外国に負けないようにしよう、外国と対抗しようっていう、グローバルな動きがあって、日本以外の世界があるっていう意識も持っていて、どっちが上でどっちが下で、勝ち負けみたいなところもあって、支配する側とされる側もあったっていうのは、いまと全然変わらないですよね。

あのころに残された小さな書き物が、いまだにああでもないこうでもないと人を衝き動かしていて、それを生業にしている人たちまでいて、森先生みたいに、ずーっとベテランでお書きになっている方もいれば、中田さんみたいに、全然違うジャンルの人がそこに挑戦したりするわけですよね。
古代にはそこまで大きな魅力があるんだっていうのが改めての驚きでした。

高瀬自分たちはどこから来たのか。それはやっぱり、本能的に知りたいんじゃないでしょうか。

ミルコ本能ですか。

高瀬自分たちの国が、いつごろどういう状態であったのか。それはきっと多くの人が知りたいだろうし、『魏志倭人伝』にかろうじて書かれていたことで、あの一点だけはわかっていますけど、その前後はほとんど闇の世界ですよね。それも、多くの人の興味を誘うんでしょうね。

『古事記』や『日本書紀』は、その辺の空白をうまくまとめようとしたんでしょうけど、あまりに神話過ぎるところがあるし、具体的なところはわかりません。

『魏志倭人伝』は、その空白にポツリと浮かぶ唯一の証拠みたいもので、日本という国で日本人として生まれた僕たちの、アイデンティティの部分に訴えてくるんじゃないですかね。
宮崎康平さんの『まぼろしの邪馬台国』は、邪馬台国は島原周辺にあったと言っていて、学術的にはほとんど顧みられることはないんですが、人の心を打つ何かがありますよね。

ミルコ古代へのロマンに満ちていますよね。

高瀬そうそう、ロマンがあるんだよね。読む人のロマンをおおいにかきたててくれるんです。

ミルコそう思うと、『魏志倭人伝』ってホントにすごいよね。いまだに、いろんな新刊が出るし。ほかの国って、こういうのあるのかな?

かやはら知り合いのフランス人から、ちょっと面白い話を聞いたことがあります。他の国の歴史観が気になって、そんなことを聞いてみたことがあるんですね。

特に、ヨーロッパの歴史って、ローマ帝国崩壊のあとで顕著ですけど、国境線がものすごくダイナミックに動いていて、どういう感覚なのかなと。14世紀半ばから15世紀半ばにかけての百年戦争で、ジャンヌ・ダルクはフランスを守ったとか言うけど、実際のところはどうなのって。

そうしたら、知り合いのフランス人は、「フランスは、多分何度か国なくなってるよ」ってさらっと答えたんで、ビックリしました。

それがフランスでどれだけポピュラーな歴史観なのかはわからないですけど、日本では、「日本はなくなったことがある」って思っている人は、まず見たことないですよね。日本は島国だったっていうのもあるかもしれないですけど、卑弥呼の時代から、なんとなく日本はずっとあったっていうイメージを持っているじゃないですか。2000年ずっと続いているっていうことを、なんとなくにせよ、信じられるっていうのはすごいことだなと思いました。

高瀬島国っていうのがよかったんだろうね。攻められて、蹂躙されたっていうのはほとんどなかったわけじゃないですか。その辺は特異な国かもしれないね。

『魏志倭人伝』は面白い

ミルコでも、残っているのは『魏志倭人伝』で、自分たちが残したものではなくて、よその国の人が書いてくれたんだよね。

高瀬2000字足らずで。

ミルコ「倭について2000字で述べよ」みたいな(笑)。入試みたいですね。

高瀬この2000字っていうのがすごいんですよ。いまの僕たちの感覚で、原稿用紙5枚と考えると、ひらがなも入ってるし、改行もあるから、大した情報量じゃないと思うだろうけど、『魏志倭人伝』の2000字は全部漢文ですからね。改行もないし、相当な情報量ですよ。

だから、森先生の言うように、『倭人伝』をちゃんと読まなきゃいけないんですよ。
で、読んでみると面白いんです。

たとえば、魏がいろんなものを卑弥呼に送っているんですね。「白絹五十匹」「金八兩」「五尺刀二口」「銅鏡百枚」「真珠」などなど。そういうのも、ちゃんと読み解いていくと、いろんなことが見えてくるんじゃないのかな。

ミルコ当時の人も、相当政治してますよね。

高瀬卑弥呼は美顔術もやってたっていう人もいるぐらいです。明石散人っていう変わった作家がいるんですが、その人が古代について書いた本を読んでいたら、どうも卑弥呼は美顔術をやっていたと書いてありました。

ホシノどんな美顔術ですか?

高瀬詳しくはわからないんですが、『倭人伝』に書かれた贈り物から読み取ってました。

ミルコ卑弥呼の宮殿があったって言われる纒向遺跡から、桃の種がいっぱい出てきたっていうニュースがありましたよね。桃が美容にいいから、卑弥呼に貢がれていたんじゃないかって話を聞いたことがあります。

高瀬すいません、九州説で育った僕には、纒向説はないですが・・・(笑)

でも、桃は桃で、歴史に結構出てくるんです。
関が原に桃配山っていうところがあるんですが、壬申の乱のときに大海人皇子(のちの天武天皇)が、そこで配下のものたちに桃を配ったからその名がついたと言われているんですね。大海人皇子が吉野から熊野の山中へ抜けて、三重に出て四日市をまわって、それから関が原に出て、それから近江に攻め込む最後のところが、関が原にある桃配山なんですよ。

ミルコがんばれよ、よろしくねと。

高瀬そこが、徳川家康が、関が原の戦いで陣を張ったところなんです。壬申の乱で勝った大海人皇子に倣って、そこに陣を張ったと。

かやはら桃太郎の桃も、道教的な意味があるって聞いたことがあります。邪鬼を払うだかなんだか。だから、鬼を倒すには桃なんだって。

家来の猿・鳥・犬にも意味があるっていう話です。これはそれぞれ申(さる)・酉(とり)・戌(いぬ)で、3つそろって、干支というか、陰陽五行でいう西の方角を表していると。鬼を表す「鬼門」の方角は北東で、それを封じるために、反対の方角を出したと。でも、それだと南西で未(ひつじ)と申になるはずだから、無理があるんじゃないかという話もあります。

ちなみに、鬼に牛の角があって、虎の皮のパンツを履いているのは、鬼門の北東の方角が、陰陽五行だと丑(うし)と寅(とら)に当たるからだっていう話です。

ミルコ桃はいろいろありそうですね。

日本のルーツを巡るあれやこれや

かやはらところで、高瀬さんはどういう流れで邪馬台国九州説になったんですか?

高瀬僕は政治経済学部だったんですけど、1、2年の教養ゼミで、古代史をとったんです。その先生が面白くてね。左派系の先生でしたが、その先生に九州説を吹きこまれたんですよ。
左派系の人は、東大や京大も特に関係なく、九州説をとる傾向がありますから。

かやはらそれはどういうことですか?

高瀬大和説をとると、昔から中央集権だったことになっちゃうからね。大和にしたくない。心情的に九州にいっちゃう人が多いらしい。

ただ、中田さんが、邪馬台国を大和朝廷の前身であるかのように決めつけているのは、ちょっと待ったほうがいいと思いますね。空白が2世紀ぐらいありますから。

そのあいだに、何かが起きている。森先生は、どうやら東征したんじゃないかと言っています。九州にいた一大勢力が、何らかの理由で畿内の方へ行ったと。神武東征の神話の話と邪馬台国の話が、そのことを表しているんじゃないかということなんです。それは証明できないことだと思いますが。

だいたいおかしいんだよね。大和が国の中心で大和朝廷だと言っていて、『古事記』も『日本書紀』も大和でつくられているのに、天孫降臨はどうして高千穂に降りるのか。もともとが大和なんだったら、最初から大和に降りてくればいいのに、なんで高千穂に降りてきたのか。

そこにはやっぱり何かがあるんじゃないかと思うんです。九州が、最初の大きな勢力の発祥の地だったということを意味していたんじゃないかと思うんですね。中田さんの宮崎説を無下にできないと思うのも、そういう理由がありますね。

ミルコ九州は朝鮮半島が近いですからね。多分、そこにタブーがあって、朝鮮半島から来た人が日本人のルーツだとするとまずい勢力が、いまも昔もいるんでしょうね。

高瀬天皇は万世一系で、この日本の大和から出てきた人たちだって言いたいんだろうね。でも、いまの天皇陛下が7、8年前でしたか、「桓武天皇の生母は百済・武寧王の子孫」と公的な場でおっしゃられたことがありました。その発言の反響をそれからしばらく注目してたんだけど、それ1回きりで、何事もなかったかのように、さーって消えちゃいまいしたが。

ミルコ地理を考えれば自然だけど、それをクローズにする動きがあるよね。

高瀬日本は、朝鮮半島を併合した歴史もあるから、アジアを下に見てるところもあるんじゃないですか。植民地化した国に自分たちのルーツがあってたまるかっていう意識もどこかにあるかもしれないですね。

ミルコでも、そういう考えはもうやめた方がいいよね。

高瀬古代史の本は、明らかに百済から多くの技術者などが来たって書いてあるし。続日本紀とか読むと、続々と来てるんだよね。新羅の何とかが来たとか。

かやはら渡来人はいっぱいいますからね。

ミルコ交流しまくりですよ。

高瀬そのなかから我々の祖先も出てきたことは間違いないと思うんですよね。特に、高千穂は不思議です。その辺が闇だよね。

古代人に学ぶべし

かやはら最後はえらく話が広がりましたが、みなさん何か感想はありますか?

ミルコ古代史って面白いですね。私は、歴史をほとんど勉強せずにここまで来てしまったので、これを機に勉強したいです。

高瀬特に古代史は、意識して勉強しないと、人名ひとつとっても難しいので、何がなんだかすぐにわからなくなっちゃうんですよね。

ホシノそうなんですよね。学校の授業は全然面白いと思えなくて流しちゃったんですけど、こんな風に触れるとすごく面白いですね。

ミルコいまとあんまり変わってないところが面白いよね。

ホシノ古代人も、ホントにいまと同じようなことで悩んでますよね。

ミルコ実はね、あんまり成長してないんだよね、ほとんど同じ。だいたいいまわかっていることって、昔の人もやってたとか、思いついていたとか、そういうことじゃないのかな。私たちは、古代人からもっと学ばないとね。

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山口ミルコ、高瀬毅、萱原正嗣というフリーライター三人衆+ミシマ社京都・城陽オフィス窪田+三島邦弘

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