へなちょこ古代史研究会

第24回 日本語の数え方――かやはらレポート⑥

2012.10.24更新

「数え方」というのは、言葉の古い部分に入るらしい。
言われてみれば、さもありなん。
むかしむかしの人間にとって、「いくつあるか」は、生きていくためにとてつもなく重要な意味をもっていたはずだ。
たとえば、獲物を仕留めたり身を守ったりするために・・・。

その重要な情報を仲間で伝え合うために、言葉は発達したはずだ。
「あっちの山で、シカを3匹見つけた(獲物だ!)」とか、
「さっき、オオカミを5匹見かけた(襲われないように気をつけろ!)」とか、
いのちに関わる大事な情報が、まず真っ先に言葉でやりとりされるようになったのだろう。

もっとも、言葉が昔から文章に仕上がっていたということはないだろうから、
「(遠くを指差しながら)山、シカ、3つ」とか、
「(眉根を寄せて警戒心を示しながら)オオカミ、5つ」みたいに、
意思疎通の主役は表情とボディランゲージで、言葉は名詞と数詞で味付けするぐらいの時代が、かなり長く続いたのかもしれない。
きっと、言葉はこんな風にして生まれたのではないかと想像してみる。

ともかく、「数え方」というのは言葉のなかでも古株で、人間の「生」と密接に結びついていたはずだ。

ところが、日本語の「数え方」の場合、そう単純でもないようだ。
試しに身近なものを数えてみよう。
「1本(いっぽん)、2本(にほん)、3本(さんぼん)、4本(よんほん)、5本(ごほん)・・・」
「1枚(いちまい)、2枚(にまい)、3枚(さんまい)、4枚(よんまい)、5枚(ごまい)・・・」
「1日(いちにち)、2日(ふつか)、3日(みっか)、4日(よっか)、5日(いつか)・・・」
「1人(ひとり)、2人(ふたり)、3人(さんにん)、4人(よにん)、5人(ごにん)・・・」

あれ?
同じ数字なのに、数え方が違う?
いっぽん、いちまい、いちにち、ひとり。
にほん、にまい、ふつか、ふたり。
さんぼん、さんまい、みっか、さんにん。
・・・

わかりやすくするために、単位をなくして数字だけで数えてみよう。
「いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち、きゅう、じゅう」
そういえば、こんな数え方もある。
「ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、ななつ、やっつ、ここのつ、とお」

やっぱりそうだ。
日本語には2つの数え方があって、それが混じり合っているのだ。

「数える」ということがあまりにも日常に馴染み過ぎて、そこに意識が向くことはなかったけれど、いざ並べて見てみると、確かに違う「数え方」がある。
目からウロコのこの事実を気づかせてくれたのは、『「数」の日本史』(伊達宗行著、日経ビジネス人文庫)という一冊の本。
著者の伊達氏は物理学の専門家で、大阪大学の名誉教授だ。

日本語の数え方がこんな風になっているのは、日本語の発生そのものと関係があるという。
伊達氏は、言語学者・歴史家の安本美典氏の説を引いて、日本語の成立と変遷をこんな風に紹介する。

9000~8000年前 日本祖齬(朝鮮祖語やアイヌ祖語と共通)を話し始める
7000~6000年前 インドネシア、カンボジア系の南方語が流入
二千数百年前 ――――ビルマ系、江南系の言語が流入(弥生文化とともに)
2~3世紀以降 ――――漢語・漢字の流入
15世紀ごろ以降 ヨーロッパ語・英語の流入(南蛮文化、明治維新)

早い話が、日本語の数え方には、野山でシカやオオカミを見たときに使っていたはずのものと、輸入されたものがあるということだ。

もともとの日本語の数え方は、「ひい(ひとつ)、ふう(ふたつ)、みい(みっつ)・・・」式の方だ(伊達氏はこれを「古代数詞」と名付ける)。
おそらく日本列島のなかで生まれた数え方で、言葉の奥からやまとの香りが漂ってくる。
流入してくる言葉の影響を受けながらも(7(なな)~10(とお)は、ビルマ語系の数え方と近い部分があるらしい)、長い歴史を生きながらえてきた。

そこに、大きな影響を与えたのが、漢語・漢字の流入だ。
「いち、に、さん・・・」式の数え方(伊達氏はこれを「現代数詞」と名付ける)は、輸入語であり、外来語であったということだ。

ほぉ・・・。
だが、話はここで終わらない。
「現代数詞」の方は、さらにいくつかの系統がある。

そもそもの話、中国から伝来した「漢字」の音読みにもいくつかの系統がある。
たとえば、「人」の音読みの「じん」と「にん」、「大」の音読みの「だい」と「たい」。

漢字の「音」が日本にまとまってやってきたのは、隋から唐にかけての時代(6世紀終わり~8世紀半ば)とされる。遣隋使や遣唐使が、日本と中国を公式に行き来した時代だ。
中国の制度にならって国づくりに励んでいた日本が、そこで使われている言葉を、おそらく「音」もろもと輸入したということだろう。
これを、漢民族の巨大な国家で使われていた音とういことで、「漢音」と呼ぶ。

そもそも、漢字がいつ日本にやってきたか。
一般的には5世紀ごろと考えられているけれど、伊達氏は、違う説をとる。
2~3世紀には、中国大陸南部を経由して、漢字が音とともにもたらされていたという。
この地は、三国時代に「呉」があったことから、「呉音」と呼ばれる。

「呉音」の伝来の時期や経路は、いろいろな説があるようだけれど、とにかく、漢字の音も、2つの系統がもたらされた(「呉音」の方が先に伝来したのは間違いなさそう)。
先ほどの例では、「じん」と「だい」が「呉音」で、「にん」と「たい」が「漢音」だ。
濁っていると「呉音」で、濁らないと「漢音」だとか、いろいろ見分け方があるようだ。

ここで、伊達氏の説明に従って、「呉音」と「漢音」それぞれの数え方を見てみよう(太字は、現代使われている音)。

呉音:いちさんろくしちはちじゅうひゃく(百)、せん(千)、まん(万)、おく(億)、じょう(兆)、きょう(京)、かい(垓)・・・
漢音:いつ、じ、さん、りく、しつ、はつ、きゅう、しゅう、はく(百)、せん(千)、ばん(万)、よく(億)、ちょう(兆)、けい(京)、がい(垓)・・・

小さい数字は「呉音」で、大きな数字が「漢音」だ。
普段よく使う小さな数字は、先に日本に来ていた「呉音」に馴染んでいたということなのだろう。

そして、さらにさらに大きな数字に至っては、中国を通り越して、インドの影響が見て取れる(なお、京が10の16乗、垓が10の20乗)。
恒河沙(ごうがしゃ:10の52乗)
阿僧祇(あそうぎ:10の56乗)
那由他(なゆた:10の60乗)
不可思議(ふかしぎ:10の64乗)
無量大数(むりょうたいすう:10の68乗)
これらはもともと、サンスクリット語から来ているという。ちなみに、恒河沙は、「ガンジス川の砂粒ほどの数」という意味だ。

普段何気なく使っている数字にも、大きく分けて「古代数詞」と「現代数詞」の2系統がある。
さらに、それぞれを細かく見ると、「古代数詞」にはビルマ語系の影響があり、「現代数詞」には呉音・漢音・サンスクリット語が影響している。

日本人は、たらこスパゲッティとかあんパンとか、洋のものを取り入れて、日本化するのに長けている、とよく言われる。
だが、それはここ100年200年のあいだに始まったことではない。
何千年も昔の、文字がない言葉の時代から、外のものを取り入れては、もともとあったものとうまく組み合わせてきたのだから。
どれだけグローバル化が進もうとも、僕らが日本語を話す限り、この「特技」は日本に残り続けていくだろうと思うし、そうあってほしいものだ。

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山口ミルコ、高瀬毅、萱原正嗣というフリーライター三人衆+ミシマ社京都・城陽オフィス窪田+三島邦弘

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