へなちょこ古代史研究会

1200年以上も昔の日本人は、決死の思いで海を渡り、大陸を目指した・・・。
彼らは、どんな思いで海を渡り、旅のなかで、どんな出来事や人物と遭遇したのか――。

第25回 古代人のはるかなるグレート・ジャーニー

『天平グレート・ジャーニー』(上野誠、講談社)

今回の「へなちょこ古代史研究会」のお題は、「遣唐使」を題材にした小説『天平グレート・ジャーニー』(上野誠、講談社)です。
「遣唐使」って、知っているようでよく知らない・・・。そんな人でも楽しく「遣唐使」の世界に入っていけるのが、この『天平グレート・ジャーニー』という小説です。

著者の上野誠さんは、いにしえの都、奈良で教鞭をとられる大学の先生です(奈良大学文学部教授)。上野先生が古代の世界を読み解く視点は、ユニークかつ大胆。史料を重んじる歴史学と、発掘された遺跡を重視する考古学のはざまで、当時を生きた人々の「こころ」を現代に再現することを目指されています。

そんな先生が書いた小説だからこそ、「遣唐使」として海を渡った古代の人たちを、まるでそこにいるかのように、表情豊かに、温もりを持って感じることができるのです。
今回の座談会では、この小説を読んで感じたことを、「へなちょこ」メンバーが気ままに語らっていきます。

いざ、あなたの知らない「遣唐使」の世界へ――。

(文:かやはらまさつぐ)

第25回 海を渡った古代人の、はるかなる冒険の旅 ~『天平グレート・ジャーニー』(上野誠著)を読む~

2013.04.27更新

ベトナムまで流された末に・・・

かやはら今日はよろしくお願いします。高瀬さんはこの本をどう読まれましたか?

高瀬物語は、遣唐使船をつくるための巨木を伐り出して、大勢の人がお祭り騒ぎで木を曳いていくところから始まります。国中が騒然となる一大事業だったわけです。このシーンひとつで、「遣唐使」のイメージに一気に血が通い始めました。

かやはら人間ドラマですよね。国家財政の3分の1の出費という規模にも驚きました。いまだったらいったいどんな事業になるのやら・・・。

高瀬この本は、733(天平5)年に日本を出発した遣唐使を題材にしています。主人公は、遣唐使の判官(第三等官)の平群広成[へぐりひろなり]という人物で、彼が、数奇な運命を辿る「グレート・ジャーニー」をやってのけました。

ミルコ日本へ帰るときに嵐に遭って、崑崙[こんろん]という、いまのベトナムまで流されちゃうんですよね。現地の人と遭遇したときは、さぞビックリしただろうと思います。日本と唐ならまだしも、ベトナム人は日本人と全然違いますもんね。現地の人にとっても、よくわからないのが突然やってきた感じでしょうけど・・・。

高瀬ベトナムでは、同乗していた115人のほとんどが、風土病や海賊の襲撃で生命を落とします。生き残ったのは、平群を含めてわずか4人。そこから彼らはいったん唐に戻りますが、その先にも苦難が待ち構えていました。

唐では、かつての遣唐使の一員で、皇帝の側近に昇り詰めていた阿倍仲麻呂の助けを得て、唐を出ることに成功します。けれども、いきなり日本に帰れたわけではなくて、朝鮮半島北部にあった渤海[ぼっかい]という国に渡り、渤海と日本の友好の証しとして、日本に送られることになります。

その船がまたしても嵐に遭って、今度は出羽(いまの山形)に漂着。そこから陸路で平城京へ向かい、帰り着いたのは739(天平11)年。なんと足掛け7年の「グレート・ジャーニー」だったわけです。

ドタバタ道中の先に見たもの

ミルコ小説だからっていうのはあるんでしょうが、当時の人が現代人とまったく変わらないのに驚きました。

高瀬その一例が唐に行きたがる人と行きたがらない人に別れていたということですね。いまの感覚でもホントによくわかります。既に地位のある人は、リスクを冒したくないから任命を避けようとするし、うだつがあがらない人は、一発逆転狙いで賄賂を送って任命されようとする。

かやはら唐に渡ることの重大さもよく実感できました。遭難して命を落とすかもしれないし、留学して現地に留まる人は、次にいつ遣唐使が派遣されるかわからないから、帰れる保証がないわけですよね。ホントに大きな賭けだったんだなと。

ミルコ私は、小笠原諸島へ行く船が週に1便しかないって聞いただけで、行ったら帰れなくなるかもしれないと思って行けないのに、それの比じゃないですよね。

かやはら難波津(いまの大阪市)の出発のシーンとか、船の守り神として大阪・住吉大社の神様が祀られているくだりでは、中沢新一さんの『大阪アースダイバー』(講談社)を思い出しました。古代の大阪は、河口に広がる内海と砂州だったんだよなぁと。

ミルコ道中のドタバタ劇も、この本の見どころですよね。

高瀬難波津を4月初旬に出航して、瀬戸内海を西へ進みますが、島が多いなかで座礁を避けるには昼間しか動けない。夜は必ずどこかに停泊する。村中総出で総勢600人の遣唐使を迎えるわけですが、食事の用意で、もう大騒ぎ。それも一晩で出て行ってくれたら、おめでたい話で棲みますが、嵐が来たり、風がなかったりで出航できないと、さあ大変。徐々に、村人たちの対応もお粗末になっていくわけです。

そんなこんなで、日本の最後の中継地点、値嘉島[ちかのしま](いまの五島列島)に辿り着いたときには6月初旬、難波津を出て2カ月もかかっています。そして、なぜかこの地で2カ月滞在したあと、8月初旬に値嘉島を出航。いよいよ唐へ向かうわけです。

かやはらそこから先の東シナ海の航海が大変なのかと思いきや、3日で唐の沿岸部の蘇州(いまの上海周辺)に着いたのは意外でした。結構近いんだな、と。でも、唐に着いてから長安までの道のりが大変だったのは、逆に驚きでした。

高瀬ほんとうにそうですね。蘇州を8月半ばに出て、長安に着いたのが11月末、3カ月以上ですからね。もうひとつの驚きは、唐での移動も船なんですね。運河をとおり、黄河をさかのぼり、洛陽を経由して長安へ向かうわけですが、運河は遣唐使船がそのままとおれるわけではない。小さい船を調達して荷物を積み替えるとか、苦労の多い旅だったんですね。

ミルコ川を移動していて何日も同じ風景が続くっていう描写がありましたが、大陸のスケールの大きさは、日本人の想像を超えたものだったんでしょうね。

かやはら地域が変われば風俗・風習も変わっていくのも印象的でした。ある町を境に米食が小麦食に変わり、麦畑が増える。その変化のなかに、大陸の広大さを感じました。

東アジアの「昔」と「いま」

かやはらようやく辿り着いた長安では、悲しい仕打ちが待っていましたね。新年の朝賀の儀式では、各国中で最下位の末席だったり、皇帝との謁見まで3カ月も待たされたり・・・。

高瀬そこから、当時の東アジア情勢が見えてきます。日本はたまにしか来ないけれども、ほかの国は毎年やって来るし、地続きの国はいつ攻めてくるかもわからない。唐には、日本を大切に扱わなければならない理由はなかったということなんでしょうね。

ミルコ朝鮮半島との因縁もありますよね。

高瀬いまの日本が中国や韓国に対して、つい警戒心や反発心を抱いてしまいがちなのも、この時代のコンプレックスが潜在意識に刷り込まれているからではないかと思います。663年の白村江の戦いでは、唐・新羅[しらぎ]の連合軍に敗れていますし、敗戦の教訓を踏まえ、知識や技術、文化を取り入れる意義が、「遣唐使」にはあったんじゃないでしょうか。

ミルコ外から学ぶことを、ものすごく大切にしていたということですね。

高瀬そしていま、中国が力を盛り返しています。「遣唐使」の時代から1200年の時間を越えて、日本が東アジアと正面から向き合わざるを得なくなっているんじゃないでしょうか。そういう時代だからこそ、「遣唐使」を振り返る意義もあるように思えます。

主人公を救った魔法のアイテム

ミルコ終盤で登場する天下の名香、「全浅香[ぜんせんこう]」が、物語を面白くしていますよね。これのおかげで、主人公は日本に帰ってくることができた。魔法のアイテムみたいですよね。でも、当時の人たちは、どうしてそんなにお香に夢中だったんでしょうか?

かやはらお風呂にそんなに入れなかったからでしょうか? あるいは、貴重品だったから? でも、そうだとしたら、どうやって本物だって嗅ぎ分けたんでしょうか?

高瀬その辺は、上野先生に聞いてみたいですね。ここから先は僕の推測ですが、「全浅香」は、小説として話をつくったところじゃないかと思います。漂流までは史実がベースにあるけれども、冒険活劇のスパイスにするために「全浅香」を使ったんじゃないかと・・・。とにかく、書き手が楽しんでいるのが伝わってきますね。

ミルコぜひ、大河ドラマか映画にしてほしいですね。

かやはらしかも、物語の結末で、「全浅香」と物語のキーマンのひとり、阿倍仲麻呂が結び付いて、「なるほど」と思わせておいて、次作は阿倍仲麻呂を主人公にした小説を書かれているという話も耳にしました。この辺りも、上野先生、巧みですよね。

高瀬実は、その次の構想も既にあって、三部作を書こうと考えられていたりして・・・。これは上野先生に話を聞きに行くしかないんじゃないですか?

一同いいですね!

というわけで、「へなちょこ」メンバーで上野先生に取材に行くことが急遽決定!
先生からはご快諾のお返事をちょうだいし、「へなちょこ」メンバーは、古代史の舞台にして「いにしえの都」の奈良へ旅立つことになったのです。

古代人の「こころ」を知り尽くす上野先生とのご対面への期待は、いや増すばかり。
「へなちょこ古代史研究会」の「グレート・ジャーニー」は、いままさに始まろうとしているのでした。旅先で漂流などせぬといいのですが・・・。

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山口ミルコ、高瀬毅、萱原正嗣というフリーライター三人衆+ミシマ社京都・城陽オフィス窪田+三島邦弘

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