へなちょこ古代史研究会

 前回に続き、「遣唐使」をテーマに描いた歴史エンターテインメント小説、『天平グレート・ジャーニー』(講談社)の著者、上野誠先生にお話を伺います。
 歴史と今はつながっている、今も昔も変わらない・・・。そんなことをしみじみと感じさせてくれる先生のお話でした。

第27回 『天平グレート・ジャーニー』著者、上野先生に聞く(後編)

2013.08.03更新

歴史は物語であるべきだ

高瀬歴史は物語だというかねてからのお考えをもとに実際に小説を書かれてみて、どんなことを実感されましたか。

上野近代歴史学は、ドイツの学者ランケ(1795 - 1886)が確立した実証主義を受けて成立しました。それが日本に輸入され、東京大学史料編纂所ができて以降、歴史的事実と物語は分離します。

高瀬そこが始まりなんですね。

上野そのあと、日本の歴史学の先駆者とも言える久米邦武(1839 - 1931)が筆禍事件を起こします。問題とされたのは、「神道ハ祭天ノ古俗」という論文です。神道は五穀豊穣を祈り、天を祀る古来の習俗だから神聖視するのはおかしいという論が、神道界から大きな反発を呼び、帝国大学教授の職を追われることになりました。それ以降、歴史学は史料については語るが人間については語らないという不文律ができ、その流れは戦後になってマルクス主義史学の影響を受けてますます強くなります。

かやはら教科書の歴史が面白くない理由が、分かった気がしました。

上野けれども、歴史を知りたいという人間の欲求は、人と物語に対する関心です。そのギャップを埋めたのが司馬遼太郎であり、ひとつ前の世代なら海音寺潮五郎であり、さらにひとつ前の世代なら長谷川伸という人たちだったと僕は思います。彼らの作品が、日本人の心を癒してくれたわけです。
 文献や表現について研究する国文学も、歴史学ほどではないですが、同じように人については語ろうとしません。それに反抗したのが折口信夫でした。


史料と想像力をつぎあわせ

上野遣唐使もので天下の名作と言えば、井上靖先生の『天平の甍[いらか]』(1957年、中央公論社より初版刊行)があります。作品として超えたとは思っていませんが、当時といまとでは、歴史や国文学の研究が比べ物にならないほど進んでいます。幸いにも、私は井上先生よりは史料が読めます。物語を通して、現段階における外交史や中国史、国文学の最新の研究成果を踏まえた、一定水準の歴史を学べる本になっていると思います。

高瀬史料のあるところは史料で、史料のないところは想像力で語られたとのことですが、物語終盤のカギを握る全浅香[ぜんせんこう]と主人公・平群広成の関係は、史料にもとづくものなのでしょうか?

上野まったくのフィクションです。ところが、歴史学の研究者のなかでも、全浅香を日本に持ってきたのは平群広成なのかと史料を探し直した人がいるようです。物語がそれほどのリアリティを持てたのは正直嬉しいですね。


傑物・阿倍仲麻呂

かやはら次の作品は、『天平グレート・ジャーニー』でも重要な役割を演じた阿倍仲麻呂について書かれていると伺いました。

上野つい先日書き上げました。9月に、角川学芸出版の角川選書から『遣唐使 阿倍仲麻呂の夢』というタイトルで刊行予定です。仲麻呂は、16歳で遣唐使に旅立ち(19歳という説も)、唐で国務大臣クラスにまで登り詰めました。年を重ねてから日本に帰ろうとするも、船が流されて帰国は実りませんでしたが、船出のときに、詩人の王維から長大な序文のついた詩を送られています。
 次に小説のオファーが来たとしたら、仲麻呂と王維と李白と聖武天皇にまつわる物語を書きたいと思います。みな701年に生まれた同い年で(説によってはズレるものもある)、少なくとも同時代人です。

高瀬阿倍仲麻呂の大秀才ぶりには驚かされました。

上野すごい人物ですね。中国の宮廷社会では、詩のやりとりができることが生き延びるための必須条件でした。仲麻呂は、瞬発的に対応できる高度な言語能力を備えていたということです。その語学力を日本にいる間に身につけたのではないかと私は考えています。大学寮という貴族向けの教育機関には、東漢氏(やまとのあやうじ)と西文氏(かわちのふみうじ)という渡来系の子孫たちも通うことが許されていました。彼らが語学に長けていて、直接学ぶ機会があったと思うのです。


仲麻呂の出世のヒミツ?

上野仲麻呂について面白い話をひとつ披露したいと思います。
仲麻呂は、科挙に受かり、官僚として宮廷に入って以来、一度として降格したことがありません。同時代の中国で天下の秀才と呼ばれた人たちでさえ、降格を経験しています。そんななか、仲麻呂は皇帝の側近として、常に日の当たる場所を歩き続けます。
 戦後の東洋史研究の第一人者・宮崎市定さんによれば、中国の科挙制度には、貴族の力を抑える目的がありました。皇帝が直接試験をして、有為な人材を高位高官につけることで貴族勢力と対抗する。貴族じゃない人が宰相になれるのは、科挙制度があるからです。

高瀬そうだったんですね。

上野科挙及第者は、皇帝の寵愛を受けて出世しても、経済的基盤、宮廷内基盤は弱く、いったん皇帝との関係が悪くなったり、他の貴族との対立関係に巻き込まれたりすると一気に失脚に追い込まれます。そのなかで、仲麻呂だけが一度も降格がない。そのことをどう考えるか。
 私は、権謀術数渦巻く宮廷社会をいい人が生き抜けるはずがないと、一癖も二癖もある人物として仲麻呂を描きましたが、私が台本を書いた朗読劇で山上憶良を演じた俳優の浜畑賢吉さんの直感では、仲麻呂は玄宗皇帝の恋人ではないかということです。面白いし、十分にありうる話だと思います。


東アジアのいま、むかし

高瀬この本を通じて、古代人も現代人と変わらないということを痛感させられました。いまも昔も変わらずに、権力、出世への欲望に振り回されていますよね。
 ただ、当時といまでは時代を取り巻く状況が変わり、東アジアの情勢がごたごたしています。遣唐使の時代を研究されていて、いまをどうご覧になっていますか。

上野朝日新聞で書評をしてくださった作家の川端裕人さんも、同じような読み方をされていました。
 20年前、日本のGDPは、東アジアで飛び抜けていました。日本以外の国々のGDPを足し合わせても、日本の3分の1に届きませんでした。それがいまや、東アジア全体における日本のGDPが占める割合はわずか6分の1です。

かやはらずいぶん小さくなりましたね。

上野日本が東アジアで圧倒的な経済力・軍事力の優位を誇ったのは、たかだか100年ほどです。それ以外のほとんどが、大国を前にどう生き抜いていくかを考えなければならない時代でした。朝鮮半島も同じで、韓流歴史ドラマを見ると、明や清からの使者に対して朝鮮国王が屈辱に耐えるシーンがよく出てきます。そういうことがこれから起こるようになってくるはずです。
 いま、尖閣や竹島のように日本にとって不愉快なことが起こるのは、向こうからすれば、「もう昔の日本じゃありませんよ」と言いたいがためでしょう。国際政治学者の白石隆さんも、『海の帝国』(中公新書)でそういうことを書かれています。


古代も現代も変わらない

かやはら「そもそも」のお話しを伺いたいのですが、上野先生は、なぜ古代を研究されようと思ったのでしょうか。

上野私のなかでは、現代に対する興味と古代に対する興味は全く変わりません。
 お金持ちで腕力もあるアメリカと、お金はある程度あるけれども、最近ちょっと没落気味で腕っ節が弱い日本、最近めきめきと経済力をつけてきて腕っ節も強い国があって・・・。そのなかで取りうる選択肢と、遣唐使の時代の日本が取り得た選択肢とで、そんなに大きな違いがあるとは思えません。

高瀬なるほど。

上野中国の学会では、「東アジア共同体」がキーワードになっています。儒教、仏教、漢字、律令という共通の文化を土台にした同盟関係を東アジアで結ぼうという議論です。友好的なメッセージにも聞こえますが、そこには当然、アメリカ抜きで東アジア秩序を再構築しましょうということが含まれています。
 海を挟んで向かい合う大国とどう向き合うか。現代と古代で、直面する状況に大きな違いはありません。いまを考えるために昔を学んでいるとも言えますし、本質的に変わらないものを時代時代の言葉で切り取って見せるのが、学者の使命なのかなと感じています。
『天平グレート・ジャーニー』も、そんな風に楽しんでもらえると嬉しいですね。

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