今月の一冊

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第8回 2011年2月(後編)

2011.02.15更新

なぜその事件は起きたのか?

今月の一冊2月後編

『殺人者はいかに誕生したか――「十大凶悪事件」を獄中対話で読み解く』(長谷川博一、新潮社)

大越これは少し暗い本なのですが、大事なテーマなので紹介したいと思います。『殺人者はいかに誕生したか――「十大凶悪事件」を獄中対話で読み解く』(長谷川博一、新潮社)。

著者は、長谷川博一さん、臨床心理を専門にする研究者の方です。特に犯罪臨床心理学の分野では非常に有名な方です。長谷川さんは、一般の人にもよく知られた殺人事件の犯人たちと、心理鑑定などを通じて「獄中対話」をくり返してこられました。本書では、宅間守、宮崎勤、前上博、畠山鈴香、小林薫、金川真大、山口県光市母子殺人事件の「元少年」たちとの対話がまとめられています。

三島すごいですね。よく聞きましたね。

大越個別の事件に踏み込むと暗くなるので、興味のある方は読んでいただけたらと思いますが、この本を読んで思ったことがいくつかあります。

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まず、日本の法廷(裁判)では、「その事件がなぜ起きたのか」という真相は解明されないことです。では、法廷で行っていることは何かというと、量刑を決めているだけなんですね。弁護士側はいかに量刑を少なくするか。検察側はいかに量刑を重くするか。そこだけに論点を絞って戦っている。弁護士も検察も役割の差なので、どちらが良い悪いという話ではないのですが、「そもそも、なぜその事件が起きたのか?」という、被害にあわれた方も含めて、みんなが一番知りたいところには決して踏み込んでいかないんですね。それに対して、素人の私も、どうしてなんだろうと思うわけです。

長谷川さんは、その疑問に立ち向かうべく獄中での対話を始めました。これまで、自分が加害者に話を聞くというと、周りの人からは「被害者のことを考えずに加害者の側に立つのか」ということをよく言われたそうなんですね。だけど、それはまったくの誤解で、この「なぜ起きたのか?」というところを明らかにしていかない限り、事件は減らないと思うから自分は彼らに話を聞いているんだ。とおっしゃっています。それは本当にその通りだと思いました。

あと、この本でも書かれているのですが、凶悪事件を起こす人というのは、小さい頃は良い子だった人が多いそうなんです。それが、ある時期をきっかけに変わってしまう。
長谷川さんの説明では、人間の心には光と影の部分が絶対にあって、その光と影を両方ともうまく成長させていき、どちらもコントロールしていけるのが大人なのだけれど、彼らは幼い頃、光の部分だけを求められ、影の部分を押し込め続けてきた。それが、ある時期、臨界点に達してしまい、バランスを崩してしまう。人間の持つ、光と影、両方に目を向けなければいけないな、と改めて思いました。

渡辺大越さんの読後感として、暗くなったというのは、どんな読後感だったんですか?

大越うーん。「人はどのようにして損なわれていくのか」が少しわかった、と言いますか。特に、子を持つ親や、学校の先生などは、読まれると色んな気づきが得られると思いますね。あと、「生きづらいな」となんとなく思っている人も、その「生きづらさ」の原因に気づくきっかけになるかもしれません。
犯罪者について、興味本位で取り上げた本とは、一線を画す良書だと思います。ぜひ一読いただけたらと思います。

量子力学と社会思想、分野の横断がすごい。

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『量子の社会哲学――革命は過去を救うと猫が言う』(大澤真幸、講談社)

星野私は、大澤真幸さんの『量子の社会哲学――革命は過去を救うと猫が言う』(講談社)を持ってきました。
この本では、科学史をベースに社会学を論じています。

例えば、古代(紀元前300年頃)、アリストテレスの時代には、自然学というものがあり、「地上を構成する原質は、土、水、空気、火の4つ」とされていました。例えば、もともと、地球の核心部にある土は、その核心部(地面の下)に向かうのが自然の運動である。というか、そういう意志を持っているとされていた。それぞれ、対象(もの)には意志がある。そういう科学観を持っていたんですね。

その後、17世紀に入ってニュートンに代表される「万有引力」が一般的に知られるようになった。いまでこそ、「りんごは意志があって下に落ちているわけではない」ということはあたりまえのことですが、当時の人たちにとっては、革命的な意識転換だったんですね。つまり、地球とりんごの間には、ふたつをひきつける力が存在している。という視点を知ったわけです。

そこから、「宇宙のあらゆる法則を把握している、全知の超越的な存在」が存在していることが、科学的な探究にとっての前提になっていきました。自然(物)のなかにはない、超越者(全知全能の他者・神)という視点が科学の世界で出てくるのが17世紀だったんですね。

そこから、一気に近代化した時代があり、20世紀にはいって、アインシュタインの相対性理論や量子力学の話が出てくる。量子力学というのは結局、ニュートン力学では説明できない現象を説明するために出てきた理論です。例えば、光というものは、粒であり波である。観測者がいるかいないかや、観測方法の違いによって、粒か波かという状態が変わってしまうという科学なんですね。

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要するに、光に実存はない。観測者との関係性のみ存在する。世界というものは、関係性でできている。という捉え方が出てくる。そうすると、結局「神はいない」みたいな話になってしまう。
むずかしくてうまく説明できてないですが、読めばもう少しわかります(笑)。

そんな感じで、科学史をベースに、それぞれの科学革命が起こったタイミング、同じ時系列でさまざまな分野に話が展開されていきます。例えば絵画だったら、古代なら古代の描き方があって、ニュートンが出てきた頃には「遠近法」というものが出てきた。アインシュタインの相対性理論の時には、ピカソなどが有名な「キュビスム」が出てきた。

絵画の話だけでなく、音楽から宗教、政治の話など、あらゆる分野を横断していきます。レーニンの話がけっこう出てくるのですが、彼が考えていたことや、実際にしたかったことは何なのか、ということを「量子の哲学で考えると」っていう感じで説明していて、すごくおもしろかったです。ベースを科学において歴史の横のつながりを読み解いていくというような流れの本です。とにかく情報量もものすごいんですが、読ませるドライブ感がありました。

三島持つとずっしりくるね。

星野脳みそにもずっしりくる感じなんですけど、本の構成もすごく考えられていて、一気に読めてしまう読みやすさがありました。これだけの情報量を読ませるためには、途中で着いて来られなくなる人をできるだけ出さないように意識されたと思います。

三島確かにこれ読みやすいね。章が細かく別れているからそのテーマに関心が途切れないようになっているんですね。

星野そうなんですよ。1章ごとに「あぁ終わった・・・」というクリア感があって気持ちいいんです。それに、この本は「科学」で軸をひとつ通しているのでぶれが少なくて読みやすいです。あと、単純に時系列に沿って話が進んでいくのではなくて、キーになる出来事を中心に話を進めています。絵画の話でも、要所要所で出てくる話があって、「これはさっきも話したけれど」と少し遡ったり、「これはあとで詳しく述べるけど」と、読者の気持ちをうまくのせるようにつくられているなと感じました。

あとがきでは大澤さんが、「この本は自分が書いた本のなかでも書きながらすごく楽しかった。それが伝わるといいと思っている」ということを書かれていて、やっぱり書いていても楽しかったんだな、と読んでいても伝わってくる一冊でした。

本当に全分野というか、すごい横断の仕方です。ここまでいろいろ自由にものを考えられたら楽しいだろうなと。内容は、一番おもしろいところが上手く説明できないので、ぜひ読んでいただけたらと思います。

自社本の宣伝になってしまいますが・・・

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『街場の中国論』(内田樹、ミシマ社)

窪田いやぁ、まさか自分がトリになるとは思わなかったです。
今日はですね、わが家の本棚で手にした本なんですが、こんなにおもしろいんだと改めて思った一冊を持ってきました。ずばり、『街場の中国論』(内田樹、ミシマ社)。
著者は、内田樹さんといって、神戸女学院の先生をされていて・・・。

全員知ってます!

三島前回も内田先生だったよね。

窪田そういわれたらそうですね。ははは(笑)。
いや、でも、本当におもしろいなと思って持ってきたんです。いろいろあったんですけど、昨日、一日中これを読んでしまって、これしか選べないなと思ったんです。

皆さんご存知かと思いますが、内田先生の「街場シリーズ」の第2作目でありまして、テーマが中国です。今回、改めて感動したのは、中国と台湾、北朝鮮、韓国、日本は、東アジアの共同体として、団結できるのではないか、というあたたかい希望がこめられているところです。そして、その想いのもとにあるのが、内田先生に受けつがれた、お父さん、お義父さんの戦争体験を通しての、中国人への感謝の気持ちなんです。

内田先生のお義父さんは太平洋戦争中、7年間、中国に兵隊として行かれていて、華南で敗戦を迎えます。ですが、敗戦を迎えるまでの7年間中国を荒し回って、住民を殺し、略奪し、暴行しということをやってきた。そんなわけで、敗戦で武装解除になったときは、なぶり殺しにされても文句は言えないと覚悟を決めていたそうなんですね。

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ところが、中国の人たちはリンチにかけるどころか、内田先生のお義父さんに家一軒をあてがい、着物を着せ、食べ物を届け、復員するまでの一年間を平和に過ごさせてくれたそうなんです。つまり、「戦争が終わったのだからもう恨みは水に流そう」という徳知のエートスが、中国にはしっかり根づいていた。そういった「徳」をもって政治を行っていくということが中国という国の一番の根幹にある。そして、片田舎の村にもその考え方がちゃんと根づいていたんです。

そのことをお義父さんは戦争が終わった後も感謝しつづけて、その気持ちを内田先生が受け継いで、その結果として(それだけではないと思いますが)こういう本ができるというのがすばらしいと思ったんです。

それがまた、将来的に東アジア共同体というものが構築されていくひとつの手助けになるのではないかと感じさせるんです。遥か昔の中国の村人たちの行いが、ゆくゆくはそういう結果につながっていくのかもしれない、というのがすばらしいなと思いまして、この一冊を選んできました。

三島そこは本当におもしろいところですよね。他の人の「中国論」にはないところだと思います。いろいろと中国との軋轢があるなかで、こういうふうな治め方があったんだ、というのが、人としても国としても、本当に、何次元も高い治め方ということを示していると思います。

いま、中国のことを論じている本のほとんどが、日本と中国を対立軸のなかで扱っていますが、それとはまったく別の次元で論じているところが、この本の唯一であるところかなと思います。それが、「街場シリーズ」から出てきているというのもやっぱりいいですよね。すばらしいと思います。

窪田あと補足すると、内田先生も今年定年で最終講義を終えられました。「街場シリーズ」の特徴としては、内田先生の講義をもとにつくられているので、内田先生の講義はもう聴けないですが、ここにちゃんと収められている。そういうものが、本として残るというのは素敵だなと思います。なかなかみんながみんな聞きにいけないですけど、この本では講義の雰囲気を味わえるのがいいところかなと思いました。以上です。

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ということで、さらに補足しますと、今月末に増補版がついに出ます。

という宣伝で最後終わってしまいましたが、新たに加わった3章も読み応えがありますので、こちらもどうぞよろしくお願いします!

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