高松こんまい通信

第3回 匂い時計

2011.02.10更新

新米出版社編(vol.2)――匂い時計

うちの事務所は、商店街の路地裏にある飲屋街の一角にあるのですが、戦後まもなくできた古いエリアで、今も商住一体の店が少なくありません。お向かいのお味噌汁とごはんの店は、おばあちゃん現役で3世代でやっておられるし、その隣は40年近く続く焼き鳥屋さん。少し南に行くと、私が高校時代から通っているお好み焼き屋さんがあって、その向こうにはこの街で最長老の焼肉屋さんがあり・・・と、どちらを見回しても仕事に毒な店ばかり(苦笑)。でもここには生活の匂いに囲まれて暮らす楽しさがあります。

朝は、ガチャガチャと野菜や魚の配達の音が始業のサイン。だしの効いた煮物の匂いがするとお昼前。やがてお昼休みのサラリーマンでしばし通りが賑わいます。その後、午後の小休止をはさんで、焼き魚の香ばしい香りが漂ってくるとそろそろ夕方? そして焼き鳥の匂いがし始めるとだいたい18時頃。ネオンに明かりが灯ります。ほろ酔い加減の陽気なおっちゃんたちの声が通りに響き、やがてそれがフェイドアウトして野良猫のトラがだみ声でエサをねだり始めると、だいたい日付が変わるくらい。こうしてまちのリズムに呼応しながら、音と匂いで一日の時間がだいたいわかる。

この"匂い時計"、意外と狂いがないんですよ。以前は、味気のないオフィスビルでずっと働いていましたが、ここで暮らすようになって、"人間は食べるために生きている"って実感します。何よりごはんの匂いって、孤独じゃない。

第3回高松こんまい通信

『高松今昔記』(荒井とみ三、歴史図書社)

うちの事務所がある瓦町という界隈は、じつは明治の頃からこんな下町情緒があったと教えてくれる本があります。地元の郷土史家だった荒井とみ三さんという人が、明治〜昭和の街の様子を聞き取った『高松今昔記』です。昭和40年代に出版された本ですが、じつは私が地元の本をつくりたいと思ったのは、この本を読んだのがきっかけ。歴史に名を残すことのない街の片隅で暮らす人たちの日常が、いきいきと愛情深く記されています。ちなみに瓦町は、"荷売り屋のたまり"というタイトルでこんな風に記されています。

 ゴーシケとか、こんにゃく屋裏あたりは細民たちの巣であった。あめ屋の岩ハン、ヒルの亀ハン、ヒフキ竹の、およっさんというような連中がうようよと居住していた。 "ヒフキ竹のおよっさん"という女は、覚善寺の久五郎さん(狸)と、なじみであったが、久五郎さんが日露戦争に出兵してしまった話しなどを、おもしろく駄弁るので、つい、つりこまれて聞いておると「なんぞ買うてくれんのナ」と、台所用具の、火吹竹、ナベつかみ、おかまホーキ、たわしなど何か一品買はされた。〜中略〜 "ヒルの亀さん"というのは、布きれのボロを手桶のふたにして、その桶のなかに水田に棲息するヒルを入れて行商する。今ならサロンパスや、トクホンがあるが、当時は肩がこったら、ヒルに血を吸わした。ヒルは腹いっぱいに血を吸ってしまうと、ボトンと落ちる。ずいぶん原始的な治療法だが当時は、けっこうヒル売りは商売になった。
(『高松今昔記』第三巻より)

なんだか江戸時代の長屋話のようですが、ほんの100年前、自分と同じ町で同じように暮らしていた人たちの日常だと思うと不思議ですね。著者の荒井とみ三さんは、執筆のきっかけについて、「この記録の舞台となる高松も、現在のコンクリートとアスファルトの近代的街頭にはきのうを探り出すなにものも残っていない。ここに住む古老たちの瞼のうらに、サビついている幻の家なみすら、やがてはかき消されるであろう。明治百年という時点を迎えて、私はあらためて、砕け散ったものへの郷愁を呼び覚まされた。そして、いまならば、まだ間に合うと考えた」と書いています。

第3回高松こんまい通信

こうした郷土史の類は、ローカル出版社の先輩たちが長年かけて全国各地で記録を残し続けてくれていますが、地方小出版センターによると、それも高齢化が進み、あと何年もつか・・・という状況だそう。明治の話が昔話になったように、昭和の話を聞き残すにも、もうあまり時間がありません。

話題の本や最新情報もほしいけど、いっぽうでこんな足元の話が全国各地から聞こえて来たら、日本はもっと魅力的な国になると思いません? 

荒井さんのこころざしを受け継いで、いつか『高松今昔記』の続編を書きたいなぁと思います。(小西)

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