高松こんまい通信

第7回 記憶されたものだけが記録にとどめられる

2011.04.07更新

こんにちは、小西です。

この話題から進めるのがいいかどうか、しばらくパソコンの前で考えましたが、
こんまいまちの「今」を伝えたいと思うので、やっぱりここから話を進めます。

日本中が大惨事を目撃して以来、こんまい高松でも連日、
チャリティイベントや義援金を呼びかける活動が続いています。
さいわい私の暮らすまちはほとんど影響がなく、
私がうけた直接的影響と言えば、
印刷屋さんから「シルバーダイヤ(紙の名前です)が入手できないから他の紙にして」、
と言われたぐらい。
なんとささやかなことでしょう。

震災の翌日も、そして1カ月近くが経とうとしている今も、
いつもどおり仕事に追われて"いられる"毎日が、
現実へのリアル感を鈍らせていることに危機感を感じる一方、
これから西日本がしっかりがんばらなきゃという
"覚悟"みたいなものが、じわじわと自分のなかで大きくなりつつあります。
表には見えないけれど、
静かに重心を落として、「構え」を整えている感じ。

「自分が何をするべきか」
心が迷ったり、不安になると、
私は、ついつい事務所の隅っこにある歴史関連の本棚の前に足が動きます。
そこには、歴史関連の本や郷土本、地元の人たちが書き記した本が並んでいるのですが、
それを眺めていると、先輩たちが大丈夫と言ってくれているようで、
不思議と心が落ち着くのです。
いろんな苦難を乗り越えて来た人が実在するのだと、
まさに本たちが語ってくれているから。

そんな時、幾度ととなくお世話になっている宮本常一(民俗学者)の本を手に取ると、
こんな一説が目に入りました。

「記憶されたものだけが記録にとどめられる」。

私は、まちも一種の「記憶装置」だと思うんです。
そこに暮らす数多の人たちの記憶や足跡が積み重なって、
その土地独特の「匂い」が生まれる。
そして慣れ親しんだ土地の「匂い」は、
子どもの頃の母親の「匂い」の記憶のように、
意識の深い部分で、
その人の安心感や信頼感につながっているんじゃないかと思います。

被災地の皆さんが今直面している生活復興のことはもちろん最優先ですが、
そうした「心の足がかり」を根こそぎ奪ってしまうほど、
惨いことはありません。
ニュースの映像を見る度に心が痛みますが、
でも、現実のまちがなくなってしまったとしても、
被災地に暮らす方々の記憶のなかのまちは、
どんな災害が来ようと絶対に奪うことはできない。

そして記憶のなかのまちが消えない限り、
どんなにカタチが変わっても、必ずまちは再生すると信じています。
なぜなら意図したものしか、形を与えられないわけですから。

今は、こんな力ない言葉が浮かびませんが、
こんまいまちの片隅から、一日も早いまちの再生をお祈りしています。
そして日々の変化を直視しながら、
私たちも、自分たちの持ち場でやるべきこと、
これからしっかり果たしていきたいと思います。

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