凍った脳みそ

第7回 ゴキブリ侵入

2016.10.13更新

 据え置き型の殺虫薬を設置してからも、ゴキブリの通路への侵入がしばらく続いた。頻度はそれほどでもなかったが、時折、瀕死もしくは絶命したゴキブリが階段下でひっくり返っていた。

 俺のスタジオである地下室は、「どうしてこんなところに地下空間があるのか」という場所にある。盛り土を忘れた市場の地下空間よろしく、商業店舗の並ぶ施設に地下スペースぽっかりとあって、借り手の側が階段を自費で設置しなければ使い用がない。まったく不便極まりなく、初めから誰かに貸すつもりがあったとはとても思えないのだ。公共施設の一部だとしたら、市や区の議会が紛糾したことだろう。

 この物件が無用であることを表すように、同じ構造である隣の部屋は長年に渡って借り手が見つかっていない。階段を設置しなければ、廊下の途中からズドンと崖のように階下に落ち込んでいる謎の地下室といった感じで危険なのだ。前の賃貸契約者も例外なく、D.I.Y.で木製階段を設置していた。その階段も水漏れと地下の湿気にやられてグズグズになり、仕方なく俺が自腹で鉄骨製の階段を新設したのだった。入居コストの面から考えても、かなり問題がある。

 階段を作り直す際に、俺は経費削減のために手すりを作らなかった。廊下の幅で地下まで降りられる構造ならば、手すりは要らなかっただろう。けれども、弁当屋キッチンからの水漏れによる壁の腐食を防ぐために、階段の右側に約50センチ幅のスペースを設ける必要があった。つまり、階段を下りるにしたがって右側に地下空間が広がっていくような造りしなければならなかったのだ。階段右側への無用な転落を防ぐために、当初の見積書には手すりの値段がきっちりと書き込まれていた。ところが、問題は見積書の手すりの欄に書き込まれた十数万円という価格だった。そのお金があれば、何らかの音楽機材を買うことができるではないか。ということで、吝嗇な俺は手すりの設置を見送ったのだった。

 この選択によって、階段付近の崖感が増してしまった。

 階段が木造だったころは、階段下のスペースが丸ごと潰れることによって、地下にまでのアプローチがなめらかに演出されていた。一般的な階段のように両側を壁に挟まれていたので、昇り降りに特別な感情が発生することはなかった。

 それに対して、俺が行った改修工事では、地下階まで斜めに下された鉄骨の支柱に鉄の横板を溶接して段を作っているため、階段全体が開いた魚の骨のような構造になっていて、階下の地面が少し見えてしまう。そして、先に書いたように右には転落しそうなスペースがある。足を踏み外した場合を脳内でシミュレーションしてみたところ、咄嗟に右側に伸ばした右手はすべすべのモルタル壁面を滑り、顔面から逆さまに転落して床面で痛打、合わせて左側の膝や肩肘などの関節を階段面の角に引っ掛けて裂傷を負い、悪い場合には各所を骨折、という可能性が考えられた。ほとんど断崖だった。

 このような崖構造が瀕死のゴキブリたちを呼び寄せているのかもしれないと俺は思った。エイヤと飛び降りるには丁度いい高さなのだろう。その証拠に、彼らは決まって一番上の段の真下に、身投げでもしたかのように転がって死んでいるのだ。

 昆虫たちの間で噂になっているのか、ゴキブリだけではなく気味の悪い地蜘蛛が階下で餌を物色しているところを目撃するようにもなった。幽霊蜘蛛のような、何を栄養としているのかさっぱりわからない激ヤセ蜘蛛が死に絶えず、階段下に巣を張っていられるのも、身投げゴキブリの栄養素によるものかもしれない。

 当然ながら、死んだゴキブリたちの霊魂は地縛霊として、俺のスタジオを彷徨うことだろう。自死するくらいだから、今生への恨みや後悔は相当に深い。一匹二匹分の霊障ならばなんとかなるかもしれないが、このまま放置すると三年後くらいには突然機材の電源が落ちたり、妙なラップ音やノイズが録音に乗ったりして、作業がままならなくなるだろう。偉いお坊さんを呼んで除霊してもらわないといけなくなるかもしれない。

 そうなる前に解決方法を考えなければならばかった。

 人間のやり方を模倣するならば、身投げを踏みとどまらせるような立て札を設置するだとか、無料のカウンセリングを行うだとか、いろいろとやりようがある。ところが、相手が昆虫なので、打明け話しに付き合ったり、ハグしてあげたりという方法が採用できない。何より、俺の心には昆虫に対する慈しみのような気持ちはこれっぽっちもなく、嫌悪とか、迷惑とか、そういったネガティブな感情しか存在していない。言葉も通じない。

 だとすると、「侵入させない」という排他的な方法を採用せざるをえない。
 では、ゴキブリや地蜘蛛たちはどこから侵入してくるのだろうか。エアコンのダクト、換気口、排水管の隙間、彼らの侵入経路に相応しい薄暗くてジメジメしている場所を思い浮かべたが、どの場所も決め手を欠いていた。

 というか、はっきり言えば、最初から一階廊下の入り口一択だった。
 入居時から気になっていたことだけれど、入り口の鉄扉はサイズが微妙に小さく、床との間に1センチほどの隙間ができていた。そこから風と共に落ち葉などが大量に吹き込んで、定期的な掃き掃除を余儀なくされていたのだった。落ち葉などが吹き込むくらいだから、薄っぺらの昆虫や節足動物が自由に往来できるのは当然のことだろう。そんなことは火を見るより明らかだった。

 これもお前の吝嗇が原因だろうと思われるかもしれない。けれど、鉄扉の件については声を大にして、あるいはフォントサイズをやや大きくして言いたい。俺は入居のときに鉄扉の付け替えを強く希望したのだ。

 ところが、建物の外部へと接する鉄扉は共有部分であり、それぞれが思い思いのデザインを採用すると、ある店はファンシー、またある店はゴシック風、その隣がアールデコ調と、建物の外観に統一感がなくなってしまうので、管理会社の許可が下りない可能性が高い。加えて、退去の際に現状復帰の義務が生じるので、撤去した鉄扉を保存しておく必要があり、それをスタジオ内や通路に置くのは困難で、交換の追加工事費もかなりかかると、設計会社の担当と事務所マネージャーが主張したのだった。

 それで仕方なく、入り口の扉の付け替えを断念したのだ。
 やはり扉の付け替えが必要だったではないか。俺は誰かにぶちまけたい気持ちを数本の紐で自転車のサドルに括り付け、ガラガラと引きずりながらホームセンターに向かった。脳はカチコチに凍っていた。

 辿り着いたホームセンターは以前にも増して荒廃していた。床にはヌチャヌチャとした粘着剤が敷き詰められ、全身に黒や茶色の衣服を纏った人々が粘着剤に絡まってもがいていた。ミイラ化した買い物客も転がっていた。そういった幻視の真ん中の、粘着面の脇を通って木材売り場に行き、短く切られた2センチ角の角材を数本と屋外用の両面テープを買い物かごに入れ、レジに並んだ。店員の頭部からは触覚が生えていた。

 そして、這いずるような心持ちでスタジオに戻り、短い角材を両面テープで鉄扉の下に貼り付けたのだった。隙間は完全に塞がらずとも前よりはマシになったが、心配だったので、藁人形に五寸釘を打ち込むような気持ちを込めて、ゴキジェットを角材に噴霧した。
 角材に染み込んだ殺虫剤の匂いに反応したのか、それからピタリとゴキブリの侵入は止んだ。が、数ヶ月毎に噴霧しないと効果が切れてしまうことも次第に判明した。落ち葉の吹き込み量は減ったけれど、完全に防ぐことはできなかった。

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後藤正文(ごとう・まさふみ)

1976年静岡県生まれ。日本のロックバンド・ASIAN KUNG-FU GENERATION のボーカル&ギターを担当し、ほとんどの楽曲の作詞・作曲を手がける。ソロでは「Gotch」名義で活動。また、新しい時代とこれからの社会を考える新聞『THE FUTURE TIMES』の編集長を務める。レーベル「only in dreams」主宰。

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