凍った脳みそ

第17回 聞いてみるシリーズ(前編)

2017.08.16更新

 文化の違というのはときに人を唖然とさせる。

 藪から棒に何を言うのか、と思う人があると思うけれども、そういった違和感が解消されることを祈りながら、俺が所属しているバンド、ASIAN KUNG-FU GENERATIONが行った海外レコーディングにおける実体験を記してゆきたいと思う。

 ソロアルバムの完成した後、プロモーションやらツアーやら、食事会やら初詣やらサマーバケーションやら、冠婚葬祭、就職や離職、無職、アルバイト、などを経たり経なかったりして、俺は自分の所属するバンド、通称「カンジェネ」のメンバーたちとロサンゼルスで新しいアルバムの制作に取り掛かっていた。

 使用していたスタジオは、世界的に人気があるロックバンド、Foo Fightersのフロントマン、デイブ・グロールが所有する「606スタジオ」だった。

「606スタジオ」のメインブース(バンドが演奏する場所)は小学校の体育館程あった。それは、ちょっとした球技の試合を行えるくらいの天井の高さで、隣接するガレージには百数十本の弦楽器と数十台のギターアンプが収蔵され、コンソールルーム(録音やミックスを行う場所)には一億円以上はするミキサーや高価な機材が設置されていた。コールドブレインでの俺の苦労はなんだったのだと途方に暮れるくらいの、夢のようなスタジオだった。

 お前らのごとき極東アジアのポコチンロックバンドがどうして世界的なバンドのスタジオを借りられるのか、どんな不正を働いたのだ、ふざけるな、議事録や日報を提出せよ、と怒りに震える有権者の方々もいると思う。

 けれども、「貸して欲しい」と申し込んでみたら「いいですよ」と返信が来たのだから仕方がない。喜んで使うのが道理ではないかと俺は思う。

 俺たちのチームが普段から座右の名のように心の奥底、とまでは言わないけれど、人間の身体に心なる場所があるとして、そこに入って割と直ぐの膜、心膜のあたりに打ち据えているのは「聞くだけならタダ」という言葉だ。

 最近では「聞いてみるシリーズ」と呼び代えている。

 どう考えても実現しないような案件も、実現可能か問い合わせてみるのは無料なので、とりあえず聞いてみる。そうすると、存外に先方がオープンマインドな団体や個人だったりして、オファーを快諾してもらえることがある、という現象を表した言葉だ。

 もちろん、にべもなく「NO!」と即答されたり、あるいは申し込みそのものをなかったこととして無視されたり、うまく行かないこともある。けれども、聞いてみないことには何も始まらない。何はともあれ聞いてみる、というのがこの「聞いてみるシリーズ」なのだ。読んで字の如し、だ。

 というわけで、そんなシリーズの第12話くらいの話として(全13話)、俺たちは「606スタジオ」に居た。

 アメリカの有名ロックバンドが所有するスタジオでは、当然、アメリカンロックの伝統的な様式や録音技術をエンジニアたちが継承している。その一面に触れられる可能性があることは、この上ない喜びだった。

 そして、どうにかしてコールドブレインスタジオにも、そうした技術の切れ端を持って帰りたいと俺は考えていた。狭くたって、技術と志は高くありたい。

 さて、どこから教えてもらおうか。

 などと興奮して脳内のあらゆる部位を解凍し、ズルズルの液体を沸かしあげている傍で、冬眠前のグリズリーのような巨漢のアメリカ人ドラムテックに、俺の所属しているバンド、通称「レイション」のドラマーが「弱い!弱い!」と叱咤されていた。

 日本人のドラマーのなかでも特別に打音の小さい部類ではなく、どちらかと言えばそれなりに音の大きなプレイヤーである彼が「ソフトタッチ(笑)」と言われている。確かに巨熊のようなドラムテックがズシズシとドラムセットを叩くというよりはしばいている感じで繰り出す打音は、一発一発が濃密に感じられた。握りすぎた握り飯、みたいな圧があった。

 なるほど、全力で太鼓を叩き殺すような感じこそがアメリカンロックの8ビートの真骨頂なのだな、と感心しながらコンソールルームに入って行くと、エンジニアたちが壁に埋め込まれた巨大スピーカーでドラムサウンドをチェックしていた。

 ドスッ。ボスッ。ダダダ。ダシッ。という単音のチェックから、ドラムス全体を使った8ビートの試奏音が部屋全体に響いて、胃袋を下から突き上げるような振動を感じた。比較的小さなモニタースピーカーを使って音作りをする日本では、なかなか見られない光景だった。

 デカい音をデカいスピーカーでチェックする。

 こうして活字にすると、大鍋に盛られた餡かけチャーハンをオタマで食べているような、何とも言えない間抜けさがある。けれども、同時に、袖を引きちぎった黒地Tシャツを革パンにインしたコスチュームのまま、ハーレダビットソンに跨って真夏の国道を流している一団のような男らしさも感じるだろう。

 実際には、エンジニアたちがドラムサウンドをチェックする様子からは、特盛餡かけチャーハン的な間抜けさは感じられなかった。

 豪快でありながら、繊細に各音の音色が調整されて、これぞアメリカンロックという音像で演奏が録音されていった。現場の録音スタッフたちは一様に、ドラムの録音に対して、並々ならぬこだわりも持っている様子だった。

 ところが、ベースの録音になるとスタッフたちの様子がおかしくなった。

 (後半につづく

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後藤正文(ごとう・まさふみ)

1976年静岡県生まれ。日本のロックバンド・ASIAN KUNG-FU GENERATION のボーカル&ギターを担当し、ほとんどの楽曲の作詞・作曲を手がける。ソロでは「Gotch」名義で活動。また、新しい時代とこれからの社会を考える新聞『THE FUTURE TIMES』の編集長を務める。レーベル「only in dreams」主宰。

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