凍った脳みそ

第12回 マイクは大事である

2017.03.16更新

 オムレツの話はなかったことにして、友人のシンガー・ソングライターの録音を手伝うにあたって俺が直面した機材不足の話を続けようと思う。

「前置増幅器=プリアンプ」を購入したという話は前回までを読み返すなどして、各自で確認して欲しい。そして、改めて、マイクで何らかの音声を収録するには、特殊な事情のない限りプリアンプという装置が必要である、という録音の仕組みを頭の片隅に収納していただけると、サウンド・エンジニアリングに関する理解が高まると思う。

 確かに、そういった意識が高まったところで、iPhoneの着信音に設定していた楽曲の機微を感じる、YouTubeの劣悪な音質の音源が急にキラキラして聞こえる、みたいな変化は恐らく起こらない。けれども、率直に言って、プリアンプについて毎回説明するのは面倒くさい、といった俺個人の感情とは別に、読む側にも「またかよ」的なストレスがいくらか生じることだと思う。お互いに消耗するのを避けるには「マイクで拾った音はプリアンプで増幅しなければならない」ということを覚えてもらう以外にない。

 そして願わくは、プリアンプと呼び捨てるのは他人行儀だ、などという批判の声が出版社に寄せられるくらいにプリアンプが認知されて、皆が「プリちゃん」と呼び始めるようになる、そんな日が来ることを夢想して、あるいは忌避して、プリちゃんの話は一旦、端に置く。なぜならば、マイクの話をしたいからだ。

 マイクは大事である。

 このような真理を真顔で言うと、あの人は大丈夫かしらと近隣住民に思われてしまうかもしれない。が、もう一度、何ならコマンドとBのキーを同時に押しながらフォントを太字にして記したい。マイクは大事である。

 というのも、録音スタジオなどで使われるプロユースの製品は除いて、世の中のマイクはぞんざいに扱われがちなのだ。そうした事実は、各人が胸に手を当ててカラオケ店やスナック、ライブハウスのボーカルマイクについて回想すれば、ある種の羞恥とともに突き当たることだと思う。

 タバコの煙やアルコールを含む呼気、手についたフライ油、口周りのトマトソース、考えただけでゾッとする環境に送り込まれ、机の上やステージに放置されて、なかにはウインドガードの部分がタコ殴りにされたジャガイモのようになり果てているマイクが、この世には多数存在する。こうした事実は、世間一般のマイクに対するリスペクトの欠如を端的に表している。大変に嘆かわしい状況である。

 とはいえ、かく言う俺もプロのミュージシャンとして走り出したころには、楽器を投げたり折ったりするな、マイクで他人や自分を殴ったりするな、というミュージックラヴァーとしての基本のキの字について、音響スタッフたちから何度も叱られていた。そうした過去を論えば、お前にはマイクの現状を嘆く資格がないと思われるかもしれない。けれども、若い頃に暴虐の限りを尽くしていた人間が急に「ヤンキー先生」などと名乗って夜回りを始めて有り難がられるように、誰しもに失敗から学んで再起するチャンスが与えられている。

 マイクというのは、存外に奥が深い。

 カラオケ店などで泥酔しながらマイクのコードでぐるぐる巻きになっている人たちからすれば想像の埒外、もはや銀河系の外の出来事かもしれないが、プリちゃんと同じようにマイクにもいろいろなメーカーがあり、それぞれに個性豊かなマイクを製造販売している。

 低い音の収録を得意としているもの、幅広い音域の録音ができるもの、万能ではないが代えのきかない特定の癖があるもの、とにかく丈夫なもの、本当にいろいろな種類のマイクが存在する。製造された年代や、経年による個体差もある。このように、メーカーや品番だけでなく、作られた時代によって性能が違う数種類のマイクを組み合わせて、楽器の音や声を好ましい音像として収録するのがサウンド・エンジニアリングなのだ。えへん。

 また、時代を遡れば、ビートルズで有名なアビーロード・スタジオでは白衣を着て手袋をしたエンジニアのみがマイクの設置を許されていた。科学技術の結集であるマイクがどのように扱われていたのかを知るための、貴重なエピソードだ。

 うむ。夜回り完了。これでマイクを振り回す人がいくらか減ることだろう。さあ、白衣を纏って友人のアルバム制作に打ち込もう。

 というわけにはいかなかったのは、コールドブレインスタジオのマイクが足りなかったからだった。

 なぜなら、ミックスを担当する友人のエンジニアから、「適当なところにコンデンサー・マイクを二本立てて、アンビエントをステレオで録音してほしい」というリクエストをもらっていたからだ。ところが、生憎、俺はステレオ録音用のマイクを持っていなかった。

 ステレオというのは右のスピーカーと左のスピーカーから別の音が聞こえる、つまり人間の耳を擬似的に再現したサウンドのことだ。現代のほとんどの音楽はステレオで再生されている。

 その逆はモノラルという方式で、これは右からも左からも同じ音が出る。聴いている側は、真ん中から音が聞こえてくるように感じる。最初のステレオレコードが発売されたのは一九五八年であり、それ以前のものはモノラルであった。

 一方で、音を録音する場合には、多くの音が現在でもモノラルで収録されている。と書くと、録音と再生の方式の違いについて混乱する人もあるかもしれないが、現段階において夜回りでの周知や啓蒙が必要ない案件なので、さらっと流してもらいたい。

 ステレオで録音する場合、部屋の左右に立てるマイクは同じメーカーと品番のものがペアで使われる。あるいは左右がセットになった専用のマイクを使う。それは、前述した通り、マイクの性能によって録音される音質に違いがあるからで、やりようによっては、右のスピーカーからは清流のせせらぎ、左からは核戦争後の荒廃した世界の喧騒、みたいな、同一空間のはずなのに右と左でまったくの別世界という無茶苦茶な音像が作られてしまう。

 友人のエンジニアが「アンビエント」と俺に伝えたのは環境音のことで、スタジオで演奏した自然な感じを収録してほしいという意味なのだ。左右に別の音世界を用意して実験的に聴き手の精神を半分に引き裂いてみたい、ということではなく、右と左でひとつながりの、ありのままの空間を収めたいということだ。

 しかし、コールド・ブレインには、ステレオ録音に相応しいペアのマイクがなかった。それは脳みそが凍るほどの悲しい事実だった。

 温暖化する地球にあって、ひとり絶望の淵で氷付けになって、ナウマン象の様に朽ち果てて行く以外にない。ナウマンとか言う、いかにも最先端みたいな響きのくせに、絶滅してしまうなんて嘆かわしい、成仏できっこない、などと落ち込んでいると、件のミックスを担当する友人から連絡があった。

 技術だけでなく、優しさや思いやりといった内面的な魅力を兼ね備えた人間である彼からのメールには、「僕のマイクを貸しますよ」という文言が書かれていた。

 即座に春が到来した。地表の氷は溶け、氷河が融解し、俺は再び地上に返り咲いてナウマン、改名して今男としての生を謳歌したい、みたいな心持ちだった。が、気がつくと氷河の融解によって海水面が上昇し、腰の丈まで水に浸かって、今男は別の角度からの絶望に苛まれていた。今男はステレオ方式で録音する場合のマイクの立て方の詳細が分からなかった。

 こうなれば太平洋まで流れ出て、遠くミクロネシアの諸島に漂着し神獣として原住民に祀ってもらおう。そういった捨て鉢な気持ちを再び此岸に手繰り寄せてくれたのは、またしても友人エンジニアからのメールだった。

 彼は丁寧に、「このくらいの位置にこのくらいの向きで」と文章で説明してくれた。それに従って、実際に録音した音像を頼りに微調整を行うのみだった。

 恙なく友人のアルバム制作が済んだ後、俺は貸してもらったマイクを友人に返し、自分でも同じ製品を買うことに決めたのだった。オーディオテクニカという会社の製品で、とてもフラットな性質で扱いやすく、歌の録音などにも向いていた。値段も法外な感じではなく、妥当と思える価格だったので、えいやとペアで、つまり二本購入した。

 次いで立ち上がったのは、マイクの保管についての問題だった。

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後藤正文(ごとう・まさふみ)

1976年静岡県生まれ。日本のロックバンド・ASIAN KUNG-FU GENERATION のボーカル&ギターを担当し、ほとんどの楽曲の作詞・作曲を手がける。ソロでは「Gotch」名義で活動。また、新しい時代とこれからの社会を考える新聞『THE FUTURE TIMES』の編集長を務める。レーベル「only in dreams」主宰。

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