凍った脳みそ

第14回 一点豪華主義

2017.05.18更新

 一点豪華主義という考え方がある。

 例えば、白米を敷き詰めた重箱に天ぷらを載せ、甘辛いタレをかけて食べる料理を自作して食べることにする。

 幸いにも自給自足の生活を目指して就農していたので、米については普段から困っていない。豊富ではないが芋や南瓜などを畑で育てていて、近くの山林では山菜の類もいくらか収穫することができる。これだけで十分に美味しい天重になりそうなところへ、近所の爺さんが今朝方に港で釣り過ぎたカタクチイワシを差し入れてくれた。ほとんど入れ食い状態だったと言う。

 完璧としか言いようのないシチュエーションにも、天重を台無しにする可能性は潜んでいる。

 海の幸と山の幸のマリアージュ、みたいなフランス語を無批判に使っていると、衣がベトベトの天ぷらが揚がったり、あるいは天ぷらのつもりが素揚げと天かすに成り果てたり、「そもそも天ぷらとは何か」という問いが立ち上がって右往左往したり、その間に黒焦げになったり、という厄災に巻き込まれてしまう。

 このような場合には、近所の惣菜店や小料理屋に材料を持ち込んで調理してもらうことで、前述した厄災などから逃れて、美味しい天ぷらにありつくことができるだろう。

 食材は自足しているので食材費がほぼ無料、よってリソースを「揚げる」の一点に集中することができるのだ。

 音源の制作においても、このような状況はあり得る。ということを俺は述べたいのだけれども、俺が先に書いた例えでは、食材もそこそこに豪華なので一点豪華主義とは言えないのではないか、という突っ込みを入れる人がいると思う。

 が、もう一度、連載『凍った脳みそ』の冒頭まで遡って、ここまで読み返してみて欲しい。

 俺はほとんど荒野と思しき土地を自ら開墾し、大脳の表面がツルツルになるような危機を何度も乗り越えて、自分の田畑にあたるコールドブレインスタジオを完成させたのだ。

 それ以前の俺は、地主に地代を納めながら、さらに収穫から年貢を差し引かれるような小作農であったともいえる。現在は曲がりなりにも小さな農地を得た。

 お前のスタジオは賃貸なのだから依然として小作農ではないか、と問う人があるかもしれないが、それは断じて違う。6行くらい使って反論したいところだけれども、小さなクレームにねちっこく反論していると話が一向に進まない。なので割愛する。

 さて、俺は荒野に様々な機材を運び込み、土壌なども改良して荒れ果てた土地の農地化に成功した。食材を自ら収穫できるのは労働の成果であり、それだけでなく俺は文献を読むなどの勉強も怠らなかった。

 農業的な努力をなきものとして、農産物のすべてを「天の恵み」とする向きが世の中にはあるけれども、農家の努力がなければ、コイン精米所で精白された米が出てくる、居酒屋で畜肉が串に刺されて焼かれている、トウモロコシが粒々コーンとしてスープに入っている、みたいな状況に辿り着かないわけで、農産物の半分以上は「人力による恵み」だ。

 つまり、食材が豪華なのは俺自身の努力によるもので、俺にとっては豪華でもなんでもなく当たり前の結果なのだ。

 これまでは他者が所有するスタジオに多大な金銭を支払いながら、音源を制作してきた。当然、予算という大問題と正面から向き合わなければならなかった。録音におけるスタジオ代は、ミュージシャンや制作スタッフを最も悩ませる事案のひとつだ。

 できることなら、気がすむまでスタジオに入り浸って、楽曲に対する様々なアプローチを試したい、と考えるのがミュージシャンの常だろう。そこで、ロックアウトという料金システムを使って、スタジオを丸一日(10〜12時間)押さえて録音作業を行うことになる。時間単位で借りるよりも割安なのだ。

 さあ、存分に楽曲制作に打ち込めるぞ。やるぜ。と思いきや、夜が更けるにつれて、今度は「何時に終わるべきか」というような問いが横っ面から衝突してくる。成果の有無に関わらず、契約の時間を過ぎると割高な延長料金が発生するからだ。

 予算のことを考えれば「撤収」と宣言したい。

 だが、メンバー一同が音楽的に盛り上がり、いろいろなアイデアが湧き出ている様子だ。こんなタイミングで作業の終了を宣言すると、音楽に対する理解のない人間だと思われてメンバーの信頼を失ってしまう。現場が崩壊してアルバムも未完に終わるだろう。制作スタッフたちは、予算とクオリティの合間で右往左往しているのだ。

 その点、自分のスタジオや作業スペースを持つことができれば、予算や時間の問題が解決する。自分で録音技師を務めることができれば、人件費も節約することができる。

 かくして、本来はスタジオ代として支払うはずだった資金が丸々と手元に残った。

 このお金をどうしてくれようか。

 今月の晩のおかずを一品増やしてみようかしら。あるいは、普段は饂飩チェーンでサクっと済ましている昼食を、ボサノバなどが流れる洒落たカフェのランチへと格上げしてみようかしら。発泡酒はやめて、晩酌にビールを飲もう。と考えてしまいがちだけれども、それは良くない。

 安く済んでラッキー、じゃあ、別のことに使っちゃおうかな、みたいなメンタリティで、皆が様々な現場の制作費を削っていったらどうなるだろうか。端的に、音楽業界全体の中をぐるぐると還流する資本が減ってしまう。スーパーマーケットや総菜屋、洒落たカフェ、ビール・メイカーなどは隆盛を極めるかもしれないが、音楽業界は徐々に貧しくなって行くに違いない。

 そう考えると、予算はちゃんと使ったほうがいい。

 ここでようやく登場するのが、冒頭に書いた一点豪華主義だ。

 節約によって得た資金を、別の作業に的を絞って投入する。そうすることで、その作業の質を飛躍的に高めることができる。

 新しい機材や楽器を買うのもいいだろう。腕利きのミュージシャンを雇って演奏してもらうのもいい。あるいは、やはり録音は環境で決まるという結論に達し、元に戻って豪華なスタジオを借りてもいい。どこにいくら使うのかは、個人の自由だ。選択と焼酎、じゃなくて集中、みたいな感じだ。

 というわけで、俺はコールドブレインでチクチクと自分のソロ音源を自分の手で録音し、浮いたスタジオ代は演奏や録音を手伝ってくれた友人たちへのギャランティにまわして、ソロアルバムの制作を進めた。

 貸しスタジオを借りなければいけないこともあったけれど、録音にかかる費用のいくらかは節約することができた。

 よし。残りは豪華に使おう。

 俺は航空券を買ってアメリカで三番目に大きい都市、シカゴに向かった。

 三番目に大きいということは日本でいうと名古屋だがや、みたいな気持ちで訪ねたけれど、シカゴは有名建築家たちが設計したビルディングが連なる大都市だった。味噌カツはなかったけれども、妙に分厚いピザが売られていた。名古屋とシカゴに共通する何かを見つけたような気分になった。

 スタジオ代をケチってアメリカ観光かよ。という疑問を持つ方がいても仕方がないだろう。まだ旅の目的を書いていない。

 勘のいい人は気がついているだろうけれど、もちろん、俺はシカゴへ観光に出掛けたわけではなかった。

 シカゴ在住のミュージシャンであり、エンジニアでもあるジョン・マッケンタイアのスタジオでアルバムを完成させるべく、遥々日本から俺はシカゴにやってきたのだ。

 シカゴ音響派の重鎮と呼ばれた彼のミックスによって、俺が録音した音たちは在るべき場所に配置されるだろう。興奮していた。心拍数が上がって、身体中をマグマのように熱い血が巡った。

 空港から外にでると、大変なことになっていた。

 シカゴには数十年に一度の大寒波が到来していて、外気温はマイナス十六度であった。脳みそが比喩でなくリアルに凍るほどの寒さだった。

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後藤正文(ごとう・まさふみ)

1976年静岡県生まれ。日本のロックバンド・ASIAN KUNG-FU GENERATION のボーカル&ギターを担当し、ほとんどの楽曲の作詞・作曲を手がける。ソロでは「Gotch」名義で活動。また、新しい時代とこれからの社会を考える新聞『THE FUTURE TIMES』の編集長を務める。レーベル「only in dreams」主宰。

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