タイトル、まだ決まってません。

「平日開店ミシマガジン」時代の人気連載「飲み食い世界一の大阪~そして神戸、なのにあなたは京都へゆくの」では、ハモをめぐる炎上事件や粉もん論争など物議をかもしたことは、記憶に新しい方も多いでしょう。
そしてついに「みんなのミシマガジン」でも、江弘毅氏の新連載がはじまりました!
その名も・・・え、「タイトル、まだ決まってません。」?

そう、タイトルが決まってないのに、始まってしまった本連載。
「食べもののことは書かない」をテーマに、「飲み食い世界一の大阪」とはひと味もふた味もちがう江弘毅ワールドをお届けします!

第1回 アホにならなあかん

2013.06.12更新

 大阪(市)は、古墳時代まで上町台地をのぞいては河内潟、すなわち海の底だった。
 大阪城は、豊臣時代に秀吉が築いたものではなく、徳川幕府が堀も石垣もすべて埋めて再築したものだ。
 このような(案外)知られていない大阪のあれやこれやは実に多い。
 同様に間違って知られすぎている「大阪の常識」みたいなのがあって、これがやっかいなのである。
 とくに人のキャラクターについては顕著だ。
 大阪人はよく喋っておもろい。口が達者で言うたもん勝ち。拝金儲け主義でケチ。ど根性。食べものにいやしい。派手好きで下品。どスケベ。せっかちでイラチ。並ばない。おばちゃん、ヤクザ、阪神タイガーズ。おっと、橋下大阪市長。

 もちろんこんな人ばかりではない。これは何だかヘンだ。
 そのヘンではないが、関西大学の社会学部の黒田勇教授がTBS系の番組『ここがヘンだよ日本人』での「関西人vs外国人」という特集について、いろいろ調べて言及されているのを『送り手のメディアリテラシー』という書籍で読んだことがある。
 番組は「関西人」と「外国人」と議論するという内容である。
 そこに登場する「外国人」がまず、前述の関西人(=大阪人)のキャラクターをあげつらって「ヘンだ」「おかしい」「常識がない」と非難する。対して「関西人」は、それこそ「大阪のおばちゃん」「水商売風」「ヤクザ風」な人ばかりが番組に登場していて、それらを過剰に体現するのであるが、最後は「何であかんねん。当然やんか」みたいに自分たちを肯定して正統化してしまうという演出であった。

 まあ「普通ではない」外国人にツッコミをさせ、そして関西人にボケの部分の役割をさせて「もっと普通ではない」とさらに笑いを取る、よくあるテレビ番組のパターンである。
 しかしその関西人の代表は当然大阪人ということだろうが(京都や神戸の人なら「一緒にせんといて」だろう)、聞けばそれとわかる言葉を喋る関西人が実は関西の一般市民ではなく、オーディションを通過した関西系のタレントで、東京のテレビ局制作側がそれを「自分たちにとっての関西人」キャラクターに演出していた、とのことであった。

 思わず「そんなんありか」とツッコんでしまうが、「ヤラせ」的な倫理上の問題以上に、東京の好む「わかりやすい関西人キャラクター」を当の関西人が「ウケ狙い」で引き受けてしまうところに、この手の大阪の悲劇がある。

 わたしもそうだが、大阪人は対人的なコミュニケーションにおいて、そういうふうに「自分を笑いのネタにしてもらう」ことがある種のサービスというか心遣いであり、仕事がよくできるとかイケメンだとかよりも前に、人の前では「おもろいやつ」「アホなやつ」であろうとすることを優先する節がある。

 黒田さんはこの『ここがヘンだよ日本人』よりだいぶ前に報道された、大阪市営地下鉄天下茶屋駅で一度に硬貨3枚を入れられる日本初の券売機と「イラチな大阪人」を結びつけたニュース番組にも言及している。
 『筑紫哲也のニュース23』の中での「大阪人はせっかち」というニュースだ。

 そこでは新しい券売機が大阪の天下茶屋駅に設置されたことを報道するのに、次のような映像と説明が付けられていた。すなわち歩くスピードが大阪は東京より時速で0.15キロ速く、もし大阪ー東京間500キロを同時に歩くと3時間もの差がつくことになる。また歩行者が赤信号を無視する割合は、大阪が東京を20%以上も上回っていることなどで、お決まりの大阪人の街の映像と声が「歩くん早いで」とか「営業やから、チャッチャッと...」などとダメ押しする。大阪ネタお約束のお笑い調だ。

 このニュースを終わるにあたっての記者のナレーションは「大阪には確かにせっかちが多いが、便利なものが開発されるというのは、せっかちも捨てたものではない」。さらにTBSのスタジオに戻って筑紫哲也が「関西は昔から都会だったので、こうした点が工夫されている。それに比べて、東京は券売機の前で動作ののろい人が多い」と最後に締める。

 お、筑紫さん、大阪の味方かいな、と思わずもないが、中身が自分と同じの在東京の「のろい人」に対しての「上から目線」であり、完全に大阪のニュースをわが東京からの報道にしている。その際、「他者」たる大阪人のステレオタイプが、「完璧なネタ」になっているのはいうまでもない。
 わたしは「大阪、ごっつう好っきゃねん」みたいな下手くそなコピーを、「わかるね。わかるよ」などと、ええネクタイを締めた東京の偉そうなおっさんにほめられているようで、とても嫌な気分になる。

 これについては産経新聞の廣瀬千秋さんが以前、同じ黒田さんがこう語ったとウエブで書いている。

「このニュースでは新しい券売機開発と大阪人はせっかちだということが、結びつけられたわけですが、よくよく考えると、券売機の開発は大阪人がせっかちだという説明以外にも幾らでも説明要因はあるはずです。例えば、大阪はものづくりの伝統のある町であり、進取の気性もあって、こういう開発はできるという説明も可能だったかもしれません。本来の券売機開発というニュースよりは、大阪人はせっかちだという古い情報を確認するためにニュースになっているということです。歩くスピードも、私たちも調査を世界中でしましたけど、福井県が一番速かったです。このパターンのニュースというのが非常にあふれていると思います」

 つまり、東京発の関西イメージは、まず結論があって、そのために客観的データが利用されている傾向がみえるということです。このことから、黒田さんは「他者として描かれる大阪を大阪自身が受け入れている傾向があるということです」と結論付けています。
 
 何よりも「おもろいやつ」がもてはやされ、「アホにならなあかん」という倫理観がある大阪という土地柄。「それが絶対あかん」ということはないにせよ、何がそうさせているのかは、いわゆる方言とは違う大阪弁、関西の言葉なのだろう。

 関西の言葉は「言文一致」ということで、書き言葉については基本的に(なぜか)共通語を受け入れた。まるでNHKで話され放送されている標準語をように。だから「そんなむつかしこと言われてもわかりまへんがな」とはシロートでも書かない。けれども文章中の会話の引用部には、関西弁を使うことも多い。つまり「話すように書く」という言文一致ではなく、どうしても関西弁でないと表現できないシチュエーションや文脈にぶち当たった際に、「よっしゃ。それでいきましょう」などと書く。
 大阪リージョナルでの広告コピーは、そこのところを照準するわけだが、同じ大阪市の観光局のポスターの「大阪、好っきやねん」は下手で、交通局の地下鉄に掲出される「ちかんあかん」は上手いと「誰でもわかる(@橋下徹)」。

 関西の言葉は書くことにおいて抑圧され、話し言葉とくに対人的コミュニケーションにおいての言語運用で洗練されてきた。また関西言語は一般的な方言とは違い、京都や神戸の言葉はもちろん、同じ大阪でも河内や岸和田の言葉についてはその違いがわかるし、話す関西言葉でその人の社会的属性なども即座に理解する(だからこそ話がきちっとかみ合う)。間違いのないように付け足すが、それは、猫をかぶっていても本当のキャラクターがわかるということだ。

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

江弘毅(こう・ひろき)

1958年、大阪・岸和田生まれの岸和田育ち。

『ミーツ・リージョナル』(京阪神エルマガジン社)の創刊に携わり12年間編集長を務める。現在、編集集団「140B」取締役編集責任者、神戸女学院大学非常勤講師。

著書に『「街的」ということ』(講談社現代新書)、『岸和田だんじり祭り だんじり若頭日記』(晶文社)、『ミーツへの道』(本の雑誌社)、『街場の大阪論』(新潮文庫)、『「うまいもん屋」からの大阪論』(NHK出版新書)、『飲み食い世界一の大阪〜そして神戸。なのにあなたは京都へゆくの』(ミシマ社)など。

バックナンバー