タイトル、まだ決まってません。

「平日開店ミシマガジン」時代の人気連載「飲み食い世界一の大阪~そして神戸、なのにあなたは京都へゆくの」では、ハモをめぐる炎上事件や粉もん論争など物議をかもしたことは、記憶に新しい方も多いでしょう。
そしてついに「みんなのミシマガジン」でも、江弘毅氏の新連載がはじまりました!
その名も・・・え、「タイトル、まだ決まってません。」?

そう、タイトルが決まってないのに、始まってしまった本連載。
「食べもののことは書かない」をテーマに、「飲み食い世界一の大阪」とはひと味もふた味もちがう江弘毅ワールドをお届けします!

第2回 「仕事は効率よく、コストは最小に」とタダめしの関係。

2013.07.10更新

 世の仕事はおもしろいもので、飲食業でも限りなく水商売に近い仕事がある。
 コンビニで買えば217円のアサヒ・スーパードライを5千円で売るような水商売的な飲食店は、あるところにはある。
 もうひとつ水商売の本質にあるのは、「客が喜ぶのをわたしの楽しみの第一とする」という精神だ。クラブやスナック、バーや居酒屋といった酒場、料亭・割烹、伊仏レストラン、うどん屋ラーメン屋といった業態を問わず、そういう「客の笑顔を見たいため」に生まれてきたような「水商売体質」をもっている人もいて、わたしはそういう店が好きだ。
 マクドナルドのスマイル0円はマニュアルであり、万人にスマイルを振りまいて「ついでにポテトはいかがですか」などとほほえむが、これは飲食業であって水商売ではない。
 真の水商売人は「やりたいことを水商売としてやっている」のだ。

 やりたいことや好きなことは、カネがかかるものだ。
 そして「身銭を切って」でも「とことんやる」から、やりたいことがおもしろいのだ。

 やりたいことをやって「身銭が稼げる」ことは確かにうれしいことだが、仕事になってしまうと話が別になってくる。
 最悪なのは、やりたいことを「儲けること」にしてしまった場合だ。
 そうなると、やりたいことは、もうとことんやらなくなる。
 「とことんやることは損だ」と思ってしまうからだ。
 とことんやることがコストになってくると、絶対とことんやるわけないのは、当然のことだ。
 
 水商売の場合は、ここが前景化すると「ぼったくり店」とか「えげつない人」とか言われるが、わたしたちの編集関係の仕事である、だれかやなにか取材をしたり調べたりすることにおいては、これは一種の手抜きになる。

 けれども世の書き手には、一本の評論を頼まれて、そのために本をたくさん買ってしまい、時間もそれを読むためにむちゃくちゃ使ってしまい、それでその仕事が800字の原稿で8,000円の稿料をもらっている人もまだまだ多い。

 というか、わたしが編集者として恵まれていたのは、そういう「良い仕事」をしていただける書き手が多かったことだ。
 彼らはそれがやりたいことだから、とことんやってくれる。
 そりゃ仕事だから「ギャラ、もうちょっとなんとかしてください」などと言われて、こちらも「すいません。編集部がビンボーでして、予算がないんですわ」などと、気の毒を承知でそう言わないとしょうがないことも多かった。

 たとえばもう20年も前のことであるが、京都特集の「酒場」ページの校了をした。
 ライターは京・錦市場の漬物屋にして「日本初の酒場ライター」のバッキー井上である。
 いや、井上はそのころまだ「酒場ライター」などという職種を確立していなかった(グルメライターなんてのもない)時代で、編集長のわたしは「経費精算、早くお願い」などと催促する。
 井上は「はい。ほな今度、領収書持ってくるわ」となって経費が請求された。原稿料の5倍であるその請求に、「なにい、むちゃくちゃ飲んだんやなあ。4ページで30万も飲み代の経費出せるかいな。アホか、井上」と突き返す。
 井上は「そうか、はははは」を例の調子で笑ってひっこめた。自腹を切ったのである。
 悪いことをしてしまったなあと思うが、これもしょうがない。

 グルメ系情報誌系の雑誌は、このところ肝心のメディアが左前になってきて、「経費節減」などと言われるし、ライターやカメラマンの外注のギャラも安くなってきている。
 ギャラが安いとライターは困る。
 編プロとかの経営者だったら、当然「儲けること」を目的として会社をやっているわけなので、「効率よく仕事をすること」が使命となる。だから取材の際、スタッフのライターが店で試食する料理の提供を店に求めたり、カメラマンに1日に10件取材を詰め込んだりもする。

 街に出てうまいものを食べることが好きで、それがほかの何を差し置いても「やりたいこと」にしている人は多い。
 そういう人が、「グルメライターK」などという肩書きの名刺を刷って、やりたいことを仕事にすることは別に悪いことではないが、つい手抜きをしてしまいがちな、きわどい仕事であることを、ここで指摘しておかなければならない。

 グルメライターは「おもろく書けなくても食える」、いや「書かなくても食える」からだ。
 実はこの「書か(け)なくても食える」手抜きの構造が、あかん雑誌の負のスパイラルを下支えしている。おもろく書けない→雑誌がおもろくない→部数が下がる→ギャラが下がる→手抜きする→おもろく書けない・・・、のスパイラルだ。
 とくに街に出てうまいもんを食べて書いたりすることを仕事にする人(それがグルメライターなのだろう)が、バッキー井上のような酒場ライターと比べて、まったくつまらん原稿を書いている(持ってくる)のを見ると、いたたまれなくなる。

 グルメライターにとって至高の手抜きは、メシだけをタダで食って「書かない」ことだ。それでもグルメライターは「食べていける」。
 音楽ライターはコンサートに行きまくったりプロモーターから試聴貸与盤としていくらCDをもらったところで、音楽をとことん聞いているだけでは食べていけないし、ファッションエディターがアパレルのプレスから、いくらコートやパンツのサンプルを提供してもらったところで、誌面をつくらないと食えない。
 酒場ライターともなれば食えるどころか、身体を壊すかアル中になる。当然、頭も悪くなるな(井上のことを言ってるのではない)。
 もちろんカネは儲からない(=食えない)。

 グルメライターK氏が、仏料理のグラン・メゾンに取材に行って、2万円のコースと銘醸ワインの撮影をして、せっかくだから試食試飲をする。
 はっきり言って、ベルーガのキャビアによく冷えたドンペリや、ランド産フォワグラのポワレの黒トリュフ風味をいいカトラリーやグラスで飲み食いするのは、おいしい仕事である。

 そして取材が終わる。
 店側は「お代は結構です」と言う。
 K氏がいつも人に奢られるような人格ゆえなのか、著名なK氏に書いてもらえれば客が増えて儲かるからか、それはわからない。
 「そうですか、それではご馳走になります」とK氏はそう言って、カネを払わず帰ってくる。
 きわどいシーンだ。

 さておき雑誌の編集をやっていると、取材経費が原稿料など制作費より、はるかに多くなる場合がある。
 会社からカネを任されているのは担当編集者である。
 編集者は担当する作家さんやライターなどスタッフと「飲み食い」することがある。それを「打合せ」などと言っている場合が多いが、その「飲み食い」こそがおもろいから、この仕事を「とことんやる」タイプの人間も多い。
 けれども近年、総じて出版社は「飲み食い代」をたくさん使うことが出来なくなった。
 その「打合せの飲み食い代」と、作家やライターが食べもののことを書くのに飲食店に「取材に行った際の飲み食い代」の伝票は明らかに性格が違うのだが、経理担当はいちいち見分けることをしない。同じグルメ誌やグルメ特集の取材費である。
 なので仕事をグルメライターK氏に出した担当の編集部員は、その取材費の3万円が助かるから、「Kさんまたお願いしますね」となる。

 K氏は仕事として、店を取材して雑誌に露出すると客が増えるという構造にどっぷりはまっている。
 だから「グルメライターか知らんけど、そんなん取材して貰うても、うち常連ばっかりで、客増えへんしええわ」というような街場の鮨屋や、「取材。それなんですか? お金取られるんちゃうの、ややこしいのイヤや」というようなおばちゃんがやってるお好み焼き屋には、そこがこの上なくうまい店であっても、仕事上どうしても足が遠のく。
 けれども新しい店を開拓しなければならない。
 片っ端から食べ歩いて痛い思いをするのではなく、効率よく知らない店を回るには「一度食べに来てください」という招待が一番だ。
 編集部やグルメライターに開店レセプションやプレス試食会のインビテーションを送ってメディアまわりの人間を集め、話題づくりという名でごちそうを振りまく飲食店も多い。
 別に試食会に行かなくても、その店の料理が好きで普段も食べに行ってる「やりたいこと」をやってるライターも多いが、人間さもしいもので、タダとなれば足が向いてしまう。
 いやちがう「仕事は効率よく、コストは最小に」の話であった。

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江弘毅(こう・ひろき)

1958年、大阪・岸和田生まれの岸和田育ち。

『ミーツ・リージョナル』(京阪神エルマガジン社)の創刊に携わり12年間編集長を務める。現在、編集集団「140B」取締役編集責任者、神戸女学院大学非常勤講師。

著書に『「街的」ということ』(講談社現代新書)、『岸和田だんじり祭り だんじり若頭日記』(晶文社)、『ミーツへの道』(本の雑誌社)、『街場の大阪論』(新潮文庫)、『「うまいもん屋」からの大阪論』(NHK出版新書)、『飲み食い世界一の大阪〜そして神戸。なのにあなたは京都へゆくの』(ミシマ社)など。

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