タイトル、まだ決まってません。

第4回 「タイトル、まだ決まってません。」的な禁煙の話

2013.09.09更新

 K氏は毎日、酒を飲んでいる。
 休日には普段の日より朝早く起きて、音楽を聞いたりDVDを見ながら酒を飲んでいるような、相当な酒吞みである。いや本当は逆で、朝からラムのソーダ割りを飲みたいがためにサルサを聞いたりしているのだ。
 ただ毎日朝から晩まで浴びるほど飲むと、カラダも仕事も人生も台無しになることぐらいはわかっている。そこまでアホと違うからわかるというか、実際に長い飲酒生活で経験値を持つように酒の怖さを学習しているのが救いだけれども、仕事以外の時間はだいたいのところ飲んでいる。
 外では酒場に限らず、うどん屋でも駅のベンチでも、もちろん家でもどこでも飲んでいる。好む酒の種類は日本酒から焼酎、ワイン、ウイスキーまで、何でもこいだ。
 その飲み方は、灰皿があるところに座るとつい煙草をくわえてしまう、といった喫煙者の癖のようなものかもしれない。

 煙草については、社会ではこのところ喫煙者=犯罪者みたいな捉えられ方をしているが、酒に比べて害がないと自分では思っている。
 「自分では」は「自分にとって」かもしれないが、とくにアタマとココロ、そしてフトコロには酒のほうが絶対悪い。
 K氏が本格的に酒を飲み始めて三〇余年、警察沙汰を含めてこれまで酒の上で失敗したことはそれこそ枚挙にいとまがないが、煙草ではそのようなことは皆無、あるはずがないと思っている。これは正解だろう。

 むしろ煙草のそういうところに、「喫煙は、あなたにとって肺がんの原因の一つとなります。疫学的な推計によると、喫煙者は肺がんにより死亡する危険性が非喫煙者に比べて約2倍から4倍高くなります」「あなたにとって脳卒中の危険性を高めます。疫学的な推計によると、喫煙者は脳卒中により死亡する危険性が非喫煙者に比べて約1.7倍高くなります」というパッケージの警告にある怖さがある。

 K氏の回りには実際、煙草のせいで肺がんや脳卒中になったと名指しされる人がいるし、医者にはことあるたびに「即刻やめなさい」と言われている。
 これはいわゆるドクターストップのはずだ。
 それでも「なんとなくやめられない」ところに、ニコチン中毒のもうひとつ上のやっかいさがある。この「なんとなく」は、医者の話を聞いてよく理解しているつもりだ。「肺ガンや喉頭ガンになって、まだ煙草を吸う人はいない」ということであり、そうなれば絶対やめるくせにやめない。そこが煙草というドラッグの一癖も二癖もあるところだ。

 K氏がなぜ煙草を吸うかというと、それはもちろんうまいからである。
 鮨屋でネギトロで締めてアガリを飲みながら吸うピース・スーパーライトの味は、これ以上のものがないと思っている。

 また煙草は仕事をしながらも吸える。
 K氏が生まれて育った下町では、不動産屋の商談コーナーや土建事務所の応接室ではまだガラス灰皿特大サイズが健在だし、魚屋はくわえ煙草でトロ箱を運んでいるし、大工は鉋がけの台の横には一斗缶を赤く塗った灰皿がある。
 喫茶店はホッといっぷくして煙草を吸うとこであり、漁港エリアの再開発商業施設に入ったスターバックスは、世界でここの店舗だけ喫煙可能だという噂も流れたことがある。

 K氏が煙草を吸いながらやっている仕事は編集だが、ここ数年執筆が増えてきた。
 1600字という規定の字数をまさに書き終えて、煙草に火を付けて読み直す時のうまさは格別だ。脳みそが「今日も元気だ煙草がうまい」と唸るのだそうだ。

 たしかに古い映画を見ていると、仕事中に煙草を吸っているシーンが頻発する。
 内閣総理大臣も閣僚も、銀行頭取も大学医学部教授も、会議室や応接室、執務室、社長室で目を細めてうまそうに吸っている。かっこよく渋い大人のシーンだ。
 実際、昭和40年代の日本の成人男性の喫煙率は80%を越えていた(現在は32%)。

 しかし酒は違う。酒を飲みながら仕事は出来ない。
 酒を飲んだらクルマが運転できないのは、飲酒運転で捕まれば、社会的に葬り去られて人生を台無しにしてしまう、ということもあるが、酒に酔うと運転が危なくなるからに決まっている。煙草を吸って運転しても危なくなることはないが、酒の場合は良い感じなごきげん状態でも、ハンドルを握れば危ないということを普通の大人は知っている。
 同様に酒を飲みながらの会議は、さぞかし楽しいのだろうけれどNGである。

 なぜK氏が今回、煙草のことをひつこく書いているのかというと、真剣に禁煙を考えているからだ。現にこれを書くためにキーボード叩いているのだが、横に煙草もライターも灰皿もない。
 20回以上の禁煙経験者であるK氏は、「今回は本気だ」と思っている。前回も本気だったので、3日間の禁煙ができた。
「禁煙みたいなもんは、いつでも出来るわい」と思っているK氏の禁煙方法は、いわゆる「根性禁煙」である。ニコチンパッチやニコレットを使ったりするのはへタレのやることだと思っている。医者に行って「禁煙外来」だと? 小児科じゃあるまいし冗談じゃない。それなら中学生の時に「大人ぶりたいから」などと、はじめから煙草などに手を付けへんわ。そういうところにK氏の莫迦さ加減が表出している。
 
 今回K氏はエアコンで鼻の奥と喉をやられて夏風邪をひいてしまって、耳鼻咽喉科に行くはめになった。そこで医者に「禁煙しないと、もう知らないぞ」と言われてしまった。
 「どれどれ」とファイバースコープを咽喉に突っ込んだ医者は、「うわー、煙草やなあ。これはひどい。真っ赤っかに炎症起こしているうえに、白いにまだらと書く、白斑まで出来ている。典型的に5年以内に喉頭ガンになる体質です」などと言われたのである。
 白斑てカネボウの化粧品じゃあるまいし、などと思ったが、「こんにちは。今日は雨が降りますね。降水確率70%と出ています」みたいな口調で、「ガンになります」と医者に言われたK氏は、「はい、やめます」などと言う。

 嘘に決まっている。
 K氏は(煙草をまだ吸っていない)子どもの頃から鼻の奥の粘膜や扁桃腺や声帯のあたりによく炎症を起こす体質があり、それは風邪のウイルスや細菌が悪いんやないかなどと思いはすれ、煙草のせいだと思っていないからだ。
 たかだか1日20本の煙草。オレとこは家系がガン体質ちゃう、どっちゅうことあるかい、などと思っている。
 
 酒が原因で、カラダをいわしてしまう場合は違う。
 ずっと飲み続けて肝硬変になったり高血圧がらみで脳卒中を起こしたりするのは、体質うんぬんではない。体質うんぬんがあったとしても、それは別の意味であり、酒の魔力があまりにも強烈だからだ。
 酒のうまさ、酔う楽しさは、カラダとアタマとココロとフトコロの全部をまんべんなく攻撃してくる。そしてまずいちばん弱いところを目に見えるかたちで壊してしまう。
 たまたまアタマやココロがカラダよりも弱かった場合は、酒乱で人格破綻したり、精神障害になったりするし、抑鬱が原因で自殺したりもする。喧嘩で人を刺したりするのは最悪の部類だ(煙草が原因で喧嘩はしない)。
 遊びは昔から「飲む、打つ、買う」の順番通りであり、「打つ」も「買う」も「飲む」とワンセットであるから、古今東西に放蕩、遊冶郎、穀潰しの話は掃いて捨てるほどある。

 アル中はありふれているがゆえに怖い。ありふれているからこそ、その人がいかに壊れていくか、いかに惨めになっていくかさえも、街での検閲対象になる。
 「酒さえ飲まなかったら、どんなにええ人か」という下町的常套句は、「煙草さえ吸わなかったら、ガンにならなかったのに」というのと比べると深すぎる。

 酒とタバコと男と女、いや違った、酒と泪と男と女だったか。
 江夏豊は医者に「酒、煙草、女、麻雀」のうち一つをやめろ、でないと死ぬぞ、と言われて「酒」を断った。
 さすが覚醒剤で実刑をくらってた江夏。なかなか考えさせられる選択だなあ。

 そういう言い訳を考えながら、コンビニへ煙草を買いに行こうか、いいやタスポをハサミで切って捨てようか、などとK氏は悩んでいる。

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江弘毅(こう・ひろき)

1958年、大阪・岸和田生まれの岸和田育ち。

『ミーツ・リージョナル』(京阪神エルマガジン社)の創刊に携わり12年間編集長を務める。現在、編集集団「140B」取締役編集責任者、神戸女学院大学非常勤講師。

著書に『「街的」ということ』(講談社現代新書)、『岸和田だんじり祭り だんじり若頭日記』(晶文社)、『ミーツへの道』(本の雑誌社)、『街場の大阪論』(新潮文庫)、『「うまいもん屋」からの大阪論』(NHK出版新書)、『飲み食い世界一の大阪〜そして神戸。なのにあなたは京都へゆくの』(ミシマ社)など。

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