タイトル、まだ決まってません。

第7回 点としての人と時間

2013.12.14更新

 K氏は30代のときには「40歳になったら○×○」と思っていたし、40代のときは「50歳になったら×○×」などと考えていた。
 ○×○は「会社には9時前に出社する」「北新地には月2回以上行かない」「月に5万円積立預金する」とかである。「背広やジャケットを毎日着よう」とかもあったな。
 思い出すと、○×○は、日常のだらだらとした欲望みたいなものについて、「ぴしっといこう」「大人らしく」ということであった。

 そのK氏はもう50代に突入しているが、「60代になったら...」ということは思わなくなっている。むしろ「うそ、もう50ン歳やんけ」というアセリのような意識が、年々強くなってきた。
 そういうことが「年を取る」ことなんだろうと思ったりもしている。

 そして30代、40代のときの「50歳になったら○×○」は、ことごとく実現しなかった。かわりに、元来の近視に加え老眼が入って遠近両用眼鏡をかけるようになり、おにぎりが頬張れずスルメが噛めない顎関節症が持病になってしまった。また甲南麻雀連盟のメンバーになり麻雀を30年ぶりにやるようになったし、コンガやカバサといったラテン・パーカッションを揃えて、ラテン歌謡バンドを結成してライブハウスで演ったりするようになった(「ビルボード大阪にも出たぞ。へへへh」とK氏はよく自慢している)。
 50代に突入して、まったくこれぽっちも思いもしなかったことが、K氏のうえに起こっているのである。

 そのK氏が長い間生きてきてわかったこと(つもり)はいくつかあるけど、時間というものは存在しないということが、先日「演歌ボサノヴァ」の始祖・カオリーニョ藤原さんの神戸でのライブ聞いてわかった。
 かれは「カッコー カッコー」と聴衆にコーラスさせる愉快で哀愁感あふれる持ち歌の『カッコウのうた』で、
「過去を捨てましょ過去を捨てて 今を生きましょこの今を 過去は存在しないから〜」
 とカオリーニョさんが唄う。この歌詞は、40代にヘビーローテンションでアルバム『演歌 BOSSA』を聴いてた時期があって、口ずさめるほど覚えていたが、「過去は存在しないから」というのは、そのとき初めて「ほんまにそうだ」と思ったからだ。カラダでわかったと言ってもよろしいか。

 「過去は存在しないから」というずばりの歌詞と、ボサノヴァの特徴あるクラーベの繰り返しのリズムを聴いていて、K氏は、あっ、と思った。
 さっき聴いたはずの音は「もうない」し、次の繰り返すはずのリズムは「まだない」ということを実感したのだ。人は時間をうまく刻むリズムに同期し、人は時間で繋がるように音楽を共有する。
 当たり前のことだけど、なかなか昔の人間が天体の法則とか振り子で、こうと勝手に決めた「時間の概念」というのは、ぼさっとしていたらわからない。

 ほんとに過去なんかない。
 というのも、40代で思った「50歳になったら背広を毎日着て仕事に行こう」ということは、30代に背広を着ていなかった過去であるが、それは記憶に「ある」もののひとつである。それらの記憶はK氏の脳の中にだけ「ある」ものだが、それは存在しない。というか、そもそも背広を着てなかった30代の頃のK氏が「ある」というのはおかしい。

 また、「今」50代になったK氏が、背広を毎日着て仕事に行くことは、そんなものは思い立ったらスグできる。いくら背広をあまり着ないK氏といえど、スーツぐらい2〜3着は「ある」。

 「50歳になったら」と思ったり考えたりすることは、そのときにK氏が思った(はずの)記憶であり、確かなことは「明日から着よう」という未来への決意表明ではなく、そんなん今すぐ着たらええやんけ、というような状況に自分持っていくことである。
 「今を生きましょこの今を」というのはこのことだ。

 今を基点とするしかない「時間」というものは、K氏の目には見えない。
 80年代初め頃か、TDKのカセットテープの広告で、スティーヴィー・ワンダーが出るすごいCFがあって、そのコピーが「キミは恋人が見える。僕はあふれる愛が見える。キミは僕が見える。僕には音楽が見える」というのがあって、音楽好きのK氏は鮮明に覚えている。
 けれどもK氏がいくら音楽が好きだといえども、音楽が見えないのは時間と同じだ。

 人が本来見ることができない時間は、砂時計や時計の針の動きや0,1,2,3...というデジタルの数字の移り変わりによって、空間表象的に見るしかない。
 それを古代の中国人は、雨だれすなわち「点」で時間というものを表象するということで、このやっかいなものを感じたのだろうと、K氏は思うのだった。

 水滴は点滴の音であるが、雨滴は湧き水になり大河になって海になる。
 あるいは一定のリズムが刻む小さな水滴が岩を穿つ。
  漏刻という「水」時計はもう唐代には使われていて、中大兄皇子は飛鳥でそれをつくって官吏の時間を縛った。「天子が時を司る」である。
 漏刻は階段状のプールで、上から1滴ずつ流れる水で時間を計ったそうだ。
 古代から中国人は時間を「点」で数える。
 「滴水穿孔」という言葉は、大きな石に水滴があたって穴があくことで、ことわざ辞典には載ってないけど、K氏がなぜか覚えている四字熟語である。滴は点であるのと同時に音だ。
 だから一定のリズムを刻み音をたてるものは、自然と人間に時間の概念と水の関係性を呼び起こすのだろう。
 人が心音に合わせて歩いたりすると、それだけのぶん、家や街から離れたりするので、距離の感覚もリンクしてくる。
 遠いところの人に会いに行くのに、徒歩では3カ月かかってしまうが、舟をつかって中国の大河や瀬戸内を行けば、なんとなく気分も楽な感じだ。
 
 人も家も店も「点在」している。人はその一番小さな「点」であり、地理的な距離や地勢から感じるそれぞれの時間感覚を有している。ありとあらゆるところに点在している人(ほんとうに点としか見えなくて、そこには戸口も窓もない)は、その時間を内蔵しているのだ。
  その人のうえに、太陽が昇ったり月が光を照らしたりすると、並行するおのおのの時間が、おのおのの宇宙をなすことになる。だからこそ、遠く離れている二人が、同時に月の光を見えるとしたら、それは一つの同時体験だから、何らかの繋がりをもたらしてくれるような気がする。
 
 同じようにだれかと一緒に音楽を聞くことは、もっとそれを感じることになるし、同じ音楽、同じリズムで、酒を飲んで唄ったり踊ったりしていることは、思想やイデオロギー的な連帯よりももっと繋がれる感じがする。
 K氏がとりわけ好きなラテン系のリズムの「刻み」は、人ひとりひとりにはおよびがつかないような大きな作用になりえる。「音楽(サルサ)に国境はない」というやつだ。
 そしてサウダージ。思いあふれて。ボサノヴァにはそんな曲が多い。


 若い頃にサーフィンにはまっていたK氏は船旅が好きだ。
 なんだか同じ感覚だと思っている。
 太平洋でもマラッカ海峡でも瀬戸内海でもどんな海でもいい、船に乗って移動していると、それは遠い遠い旅行であるものの、これから会う人や行く店や街が確かに水によって繋がっている気がする。
 海を見てはるか離れた恋人を思う気持ちだ。
 しかしそんな時代は過ぎ去って、飛んでいける時代になったし、逆に時間とカネがそれを許さないようになった。

 人は一人一人「点在」して生きているのだから、どんなに思っていても愛していても、時は人を離ればなれにする。たしかに、阪神大震災を経験したとき、K氏が書いた「かなしみの種類は二種類しかなくて、それは何かをあきらめること、誰かと別れることである」のそれだ。

 が、その時間の共有は人間の思い入れがないと成立しないのではないだろうか。
 同じ土地にいても思い入れがないと成立しない。だからこそ耳をすまして二人して同じ雨滴の音やリズムを聞くということは、愛し合っていることの証になるのだろう。
 人間の目や視線が力をもっていることと似ているな。

 小津安次郎の映画に出て来る人物が、肩を並べて横向きに、ぼそぼそと話しているとき、二人して、時の流れと目に映るものを共有している。その繋がる二点の人は時間を霊魂化している。時の流れを霊魂と化させるのは、音楽であったり、雨滴に穿たれた石であったり、詩的な言葉であったりする。
 目に見えない時間の共有性。点在する人々よ、点は時間ということなのだ。

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江弘毅(こう・ひろき)

1958年、大阪・岸和田生まれの岸和田育ち。

『ミーツ・リージョナル』(京阪神エルマガジン社)の創刊に携わり12年間編集長を務める。現在、編集集団「140B」取締役編集責任者、神戸女学院大学非常勤講師。

著書に『「街的」ということ』(講談社現代新書)、『岸和田だんじり祭り だんじり若頭日記』(晶文社)、『ミーツへの道』(本の雑誌社)、『街場の大阪論』(新潮文庫)、『「うまいもん屋」からの大阪論』(NHK出版新書)、『飲み食い世界一の大阪〜そして神戸。なのにあなたは京都へゆくの』(ミシマ社)など。

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