タイトル、まだ決まってません。

第12回 街の掟破り

2015.07.28更新

 K氏はこのところ、家でごはんを食べることが多くなった。簡単な料理もしているようだ。
 街や店好きのK氏なので相変わらず食べたり飲んだりで店へ行ってるが、限られた店しか行かない。新しく出来た店など、まったく興味がないようだ。
 大阪や神戸や京都の飲食店について書いたり編集したりの仕事をしているので、それはあかんやないか、と自分でも思っているが、もっとあかんのはこのところの飲食店のスタンスや。
 そうK氏は鼻をふくらまし、ツバを飛ばして語るのだった。 
 食べもん屋というのは、服屋や家電屋、ガソリンスタンドと違うでホンマ、ということらしい。

 「オムライスは手もかかるし材料もエエのを使てる。ほんまはやめたいんやけど昔からの常連が『これだけはやめんといてくれ』と言うし、商売度外視ですわ」
 「トロは鮨屋の命ですからね。原価計算なんかしていたら出せませんよ。はい。まあ、おかげさまでおやじの代からの鮪卸が、いつも良いのを回してもらって、なんとかやっていけてます」

 交換経済ではないのだ。贈与、町内会、街的なのである。
 だからこそそこではグルメ情報誌に「裏メニューのオムライスがコストパフォーマンス抜群」と掲載され、食べログに「トロは必食」と書かれても、フライもの主体の老舗洋食店へ一見で行ってオムライスだけを注文するとか、いきなりのトロ連打とかそういうのはダメである。
 これは極めて行儀が悪い態度であると同時に「街の掟破り」というもので、それには相応の落とし前がつけられてしかるべきなのだ。

 K氏の友人がやっている、注文を聞いてから餃子を巻く餃子専門店はよくメディアに露出する人気店だ。とある情報誌に掲載されたときのこと、若い男女3人客がやって来て、2種類の餃子を1人前ずつ注文した。
「ひとりあたり、ちっこい餃子5つずつ、250円通しですわ」
 トホホ状態になった友人は、しかたなく「お一人2人前以上で」と表記する。

 ネタは違うが同様にK氏の瞼を閉じさせたのは、「料理会の東大」と云われる大阪の某調理師専門学校の先生が嘆いていた「このごろの専門学校生の気質」のことであった。

 どういうことか。
 調理師専門学校は2年制だ。1年間カリキュラム通り履修すれば調理師免許がもらえるが、その1年間に自分がどういうジャンルの料理人になるのかの重要な進路を決める。
 フレンチなのかイタリアンなのか、中華なのか。和食ならさらに細かく、料理旅館の料理人や仕出し屋に行くのか鮨や天ぷらの専門職人になるのか。
 「どんな仕事をするのか」を決定する2年次に進む際に、近頃の料理人志望の若者は、先生にこのように訊くのが増えたというのだ。

 「一番儲かるジャンルはなんですか」

 まるで悪性の商社マンみたいだ。
 その調理師専門学校に長年務める看板教授であるAさんは「アホらしなってきますわ」という顔をしている。
 K氏はそれを聞いて「ああ、これは完全に終わってしまうな」と思ったのである。こういう若者のなれの果てが、「外食産業」のブラック企業化を促進しているのか。

 「夢は一人で見るもんじゃない、みんなで見るものなんだ! 人は夢を持つから熱く! 熱く生きれるんだ!」
「今の自分は嫌だ!みんなから愛される店長になりたい!」

「居酒屋甲子園」おいての愛だの希望だの感動だの絆だの仲間だのと、ポエムの絶叫はそのB面だ。確かに「毎日16時間、労働年収250万円」では、夢はみんなで見るものなんだ!などと叫ばないとやってられないのかも知れない。
 そして経営者になって「一番儲かるジャンル」を突き進むと、夢はあっさり実現されるのかも知れないのだ。
 
 「それにしてもなあ」と思いながら、久しぶりにK氏は日本を代表する伊料理シェフを訪問した。インタビューの仕事のためである。
 内容は「大阪流、食のおもてなし。イタリア料理編」とでもいうものだ。その旧知のシェフはイタリア政府よりカヴァリエーレ賞を受勲している。

 以前はといっても10年以上前のことだがしょっちゅう彼の店に行って食べていた。仕事で取材したり記事を書いたりだけの関係性ではなかった。がK氏は、客としてそのレストランにはあまり行かなくなった。

 確かにこの店の猪のラグーソースの太麺パスタは抜群にうまい。どんな赤ワインに合うし絶品だと思う。が、休みの昼に家でつくって食べるウインナーソーセージと玉ネギとピーマンを具にしたナポリタンも、時代をひとまわりふたまわりして、うまい。
 ソーセージも玉ネギもピーマンも3センチ縦切りにして炒めてそこへ茹でたスパゲッティを入れてケチャップで味をつけて、食べるときに粉チーズをどばーと振りタバスコを少々。これはビールに合う。
 ワインをくるくる回してテイスティングしたり、給仕長からうやうやしく料理の説明を受けて...、というのが億劫になってきたのはいつ頃からだろうか。

「久しぶりやなあ」と思いながら、インタビューのまくらでK氏がそんなことを旧知のグランシェフに訊く。グルメブームの90年代後半から、何が変わり何が変わらなかったのか。フランクにそういうことを訊ける街の仲間同士なのだ。

 四半世紀以上も最前線を突っ走り続ける同世代のシェフは「この頃のレストランの料理人は、客も市場も自分以外はみんな『敵』やと思てる節がある」と象徴的なことを言う。
 
 大阪の割烹の板前やレストランのシェフは毎日市場に行く。それはいち早くええネタを仕入れるということでもあるが、魚屋や青果店を覗いてそこの連中とわいわいとやる。
 その日の食材を仕入れに来る料理人たちは客であり、市場の人々は買ってもらう側だ。けれどもそれは単に店と客という関係ではなく、往々にして市場の人の側がなんだかエラそうで「今日は最高の鯛とヒラメやからどっちもいっとき、高いけど」みたいなことがある。
 「ほなそうするわ」と素直に買って帰る料理人は、若い駆け出しの頃から「これはよかった」「あれは失敗だった」をずっと繰り返し今があるのだ。

 きょうびのデパートのように例え一見の子ども客にも「こちらはいかがですか」「またお越し下さい」の関係性ではないのだ。
 なるほど敵か。そうか今の飲食業界の若い奴は、そこのところがわからないのだ、とK氏は深く頷くのであった。
 
 商人は消費者を上手に騙して利益を上げる。客は騙されることのないように産地を問いただしたりし、値段を疑う。
 そんなのはシティホテルとかチェーン店の居酒屋行けば、はじめからメニューに書いてある。バナメイエビを芝エビとして売って、社会問題になった過去もあるシティホテルの支配人料理人や「○×漁港」みたいな名前の居酒屋の店長は市場には行くことはないから、そういうことに躍起になる。
 が、街場の料理人と市場の関係は、玄人と玄人のそれであって、どちらも消費者と企業マインドでは困るのだ、とK氏は嘆くのだ。

 いずれにしてもとくに飲食店に関して言えば、流行らせて儲けるためにつくった店は、儲けたらハイ、言うてやめてもらわなあかんのとちゃうやろか。
 やけくそになったK氏は、反してこういう時は何故か料理をしない。家でアテをつくれるような心境ではないわいとばかりに、コンビニで缶ビールと黒霧島のパックと水、からあげクンと皮付きピーナッツを家に買って帰り、まずいまずいといいながらも、それでもアルコールの効果でほっこりしてしまうのであった。
 
 

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江弘毅(こう・ひろき)

1958年、大阪・岸和田生まれの岸和田育ち。

『ミーツ・リージョナル』(京阪神エルマガジン社)の創刊に携わり12年間編集長を務める。現在、編集集団「140B」取締役編集責任者、神戸女学院大学非常勤講師。

著書に『「街的」ということ』(講談社現代新書)、『岸和田だんじり祭り だんじり若頭日記』(晶文社)、『ミーツへの道』(本の雑誌社)、『街場の大阪論』(新潮文庫)、『「うまいもん屋」からの大阪論』(NHK出版新書)、『飲み食い世界一の大阪〜そして神戸。なのにあなたは京都へゆくの』(ミシマ社)など。

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