今日の人生

第1回 今日の人生

2013.04.26更新

今日の人生

 人生でいちばんたくさんイチゴを食べたのは、間違いなく今日だった。
 雑誌にホテルのイチゴデザートブッフェの紹介が載っていて、それがめちゃくちゃおいしそうだったので、女友達とふたり出かけて行ったのである。
 ホテルまでは新宿駅から無料のシャトルバスが出ていた。乗り場に行ってみれば、ずら~り長蛇の列。

 「今日は、なにかイベントでもあるのかしら?」

 うしろに並んでいた年配のご夫婦が話している声が聞こえてきた。わたしも同じことを考えていた。若い女の子たちが大勢いるので、美容学校の講習? なんて思っていたところ、ホテルに到着すると、みなデザートブッフェのラウンジに一直線! ものすごい人気だったのである。

 ラウンジの前で待ち合わせしていた友達と合流する。お店に入るのにも行列である。ちゃんと予約しておいたから並ばなくてもいいもんね~。鼻高々に受付に行くと、予約の人を順番に案内している列だったのである。
 食べ物、なくなっちゃったらどうしよう。
 もう気が気じゃない。そわそわしつつ列に並び直す。案ずることはなく、イチゴのデザートはいっぱいあった。
 さ、今日は思う存分食べるぞ。朝ご飯は抜いてきたし、夜ご飯も抜く覚悟である。2時半から6時までの真剣勝負だ。
 イチゴロールケーキ、イチゴチーズケーキ、イチゴショートケーキ、イチゴのプディング。イチゴイチゴで大にぎわいである。
 デザートはどれも小さいサイズなので、真っ白なお皿にこちょこちょとのせると本当にかわいらしい。

 「ね、ね、写真に撮ってどれだけいちごを食べたか後で数えない?」
 「いいね、いいね、そうしよう」

 友とふたり、携帯で各自のお皿をパシャリ。食べては写真、食べては写真の繰り返しである。1時間ほど経過したあたりからだろうか。店内の雰囲気がまったりしてきた。ひととおりのものを食べてみたという安心感から、席を立つ人がぐっと少なくなる。お腹も膨れて動作もにぶい。それでも、「4200円もするんだからがんばろう!」というポジティブ・・・な気持ちで、女子たちは重たい胃袋を抱えてデザートコーナーへと立ち向かっていく。

 デザートの他にも、サンドイッチや点心などちょっとした辛いものコーナーもあり、後半はこちらのエリアに人気が出てくる。
 すれ違った女の子が話している声が聞こえてきた。

 「わたし、中華ちまき食べたら元気出てきた」

 わかるよ、わかる。甘辛いご飯って、食欲出るよね。胃の中がデザートでパンパンなところに餅米を追加するって普通なら考えられないけれど、もはや、ここは治外法権。不思議とお腹に入っちゃう。

 食べたイチゴを後で数えたら、生のイチゴだけで25個。デザートに使っていたイチゴでたぶん10個ほど。計35個となる。
  夜、メールでこの話を仕事先の男性にしたところ、

 「イチゴに対する女性の情熱は、男の想像できる域を超えています」

 返信に感嘆。軽いメールの文面であっても、キラッとしている人はキラッとしている。 冒頭の「イチゴ」の部分を、栗とか、パンケーキとか、クレープに変えることも可かもしれない。少なくともわたしの場合。


今日の人生

 ベランダに並べたプランター。秋に植えたチューリップの球根は、すべて無事に花開いた。白と黄色の球根だけを選んで買ったはずなのに、咲いてみれば赤や紫もまじっていた。店頭での球根の色分けはなんだったんだろう?

 チューリップの最期は気味が悪い。大きな花弁がバサバサと落ち、まるでこれ見よがし。当てつけのようでもある。
 ほら、きみ、早く片づけてくれたまえ。
 ベランダからチューリップの視線を感じるが、面倒くさいのと、ちょっと怖いのとで、どんどん後回しになる。

 そこへ春の嵐。見るも無惨。ベランダの隅までとっちらかった花びらを回収し、ゴミ袋にひとまとめ。かろうじて生き残っていた2本の紫のチューリップはまだ切らず、散ったらすぐ捨てようとゴミ袋の口は開けたまんま。散るもんか! 彼らも意地になっているようで、それを冷めた目で見ている自分の一面に驚くのだった。

第1回 今日の人生

左:買ったつもりのない紫色
右:ゴミ箱を洗って干す



今日の人生

 とある会のあと、銀座でご飯を食べようということになる。
 銀座。夜の銀座。夜の銀座のお店。わからない。男3人、女ひとり。女とはわたしのことで、わたしにとっては恵まれた配分であるではあるが、誰ひとり土地勘がわからず、4人でうろうろ。まったくオシャレじゃない。

 そういえば、前に編集者が連れて行ってくれた銀座の飲み屋さんがあったではないか。 銀座らしからぬ大衆居酒屋で、アジフライがすごくおいしかったお店。今日のメンバーにぴったりな気がする。でも、名前も場所もまったく覚えていない。編集者に電話で確認するも、彼もとっさで店名が出て来ない。思い出したらメールしますと電話が切れて5分後。小気味のよいメールが届く。

 「松屋渡って三本目くらいを右、かなり京橋より、高速までいったら行き過ぎ。オススメは鳥豆腐とあじフライ!」

 店名もわかり、携帯の地図を頼りに歩き始めた。
 ブランドショップが軒を並べ、夜の銀座はキラキラしていた。ディスプレイを横目に、 ひとりの男子がぽつり。

 「必要なものがなんにもない。なんにも」

 お店はすぐに見つかった。のれんをくぐるとほぼ満席。相席で4人なんとか座れ、お通しの〆さばからしておいしく、アジフライは今日も完璧だった。  

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

益田ミリ(ますだ・みり)

1969年大阪府生まれ。イラストレーター。

主な著書に『すーちゃん』『結婚しなくていいですか。すーちゃんの明日』『どうしても嫌いな人』『すーちゃんの恋』などのすーちゃんシリーズ(幻冬舎)、『ほしいものはなんですか?』『みちこさん英語をやりなおす~am・is・areでつまずいたあなたへ』(ミシマ社)などがある。作を手掛けた絵本『はやくはやくっていわないで』(平澤一平・絵、ミシマ社)は、第58回産経児童出版文化賞を受賞。『だいじなだいじなぼくのはこ』『ネコリンピック』『わたしのじてんしゃ』(平澤一平・絵、ミシマ社)も大人気。2016年8月には脚本に初挑戦。「コーヒーと一冊」シリーズより『脚本版 ほしいものはなんですか?』を上梓。

脚本版 ほしいものはなんですか?

バックナンバー