究極の文字をめざして

第3回 究極の「あ」を求めて(マラヤーラム文字)

2013.06.14更新


 「究極の文字」を巡るこの連載、これまで「文字は流れるような美しさを持つほうがいい」「ヤシの葉にも書ける丸さを持つべし」などという科学的(?)結論を得てきたわけですが、そろそろ、これらの法則に従った文字を作ってみてもいい段階かもしれません。

 何事も「いろはのい」が大事、といいます。
 最初が重要だということですね。
 ということで、まさに「いろはのい」である「あ」の文字について考えていきたいと思います。

 「い」じゃないのかよ、という突っ込みはさておき、世の中の多くの文字において、文字を並べる際の最初の文字は「あ」というか「a」に当たる文字です。
 そもそも、「アルファベット」という言葉の語源自体、ギリシャ語のAに当たる「α(アルファ)」と、Bに当たる「β(ベータ)」の頭文字。つまり、文字を並べた際の最初の二つの文字を示しています。
 また、日本の「50音図」はインドからもたらされたものといわれていますが、これまた最初は「あ行」。
 アラビア文字も「a」を示す「アリフ」からスタートします。

 世界の文字の「あ」の特徴は、おおむねシンプルなこと。
 アラビア文字のアリフはほぼ一本の棒ですし、北アフリカのトゥアレグ族の間で使われる「ティフィナグ文字」においては、「○」で示されます。
 使用頻度の高い文字だけに、できるだけ書きやすいものに、というのが、グローバルスタンダードというものでしょう。

 ただ、その法則を全力でぶっちぎっている方々がいます。
 それがインド系文字の「あ」の皆様。
 「あ」を横を向いたハゲワシの絵で表すヒエログリフとか、謎の人物の横顔で表すマヤ文字など完全に別次元の文字をのぞけば、どれもこれも日本人的には「書きにくそう」という文字ばかりなのです。

 インド系文字は現在のインドで使われている文字だけでなく、タイ文字やミャンマー文字、インドネシアのジャワ文字やバリ文字まで、幅広い地域に広がっています。そのほぼすべての祖先となるのが古代インドで使われていた「ブラーフミー文字」なのですが、この文字では「a」は「K」をひっくり返した感じの文字で、それほど複雑でもありません。
 これが、インド西部グジャラート州で用いられるグジャラーティ文字では、
 「અ」
 となり、なんだかだいぶ画数が増えています。さらに、インドでもっとも使用人口の多いヒンディー語などで用いられるデーヴァナーガリー文字では、
 「अ」
 と、なんだかへんとつくりに分かれて漢字っぽくなっております。
 ただ、さらに独特の妖気を放っている文字があります。それが、インド南部ケーララ州で用いられるマラヤーラム文字の
 「അ」
 です。
 これで「あ」なのですから恐れ入ります。
 まずもって、どこからどう書けばいいのかがわからないのですが、それ以前に、「K」を逆さまにした文字だったはずが、どうしてこうなった、という疑問を抱かせます。

 このマラヤーラム文字、すべての文字が複雑かというと、さにあらず。
 実は「○」だけの文字とかも普通にあり、おそらくこの文字が一番複雑なのです。

 使用頻度の高い文字にあえて、もっとも複雑な文字を当てた男気。
 もちろん、「あ」を表す文字は書きやすさを重視すべきでしょうが、同時にこんな「妖しさ」が備わっていれば、文字の魅力はなお、増すことでしょう。


究極の文字の条件 その3
最初の文字は「書きやすく、妖気に満ちた」文字であるべき

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松樟太郎(まつ・くすたろう)

「1975年、「ザ・ピーナッツ」解散と同じ年に生まれる。某大学ロシア語科を出たのち、生来の文字好き・活字好きが嵩じ出版社に入社。ロシアとは1ミリも関係のないビジネス書を主に手がける。現在は、ロシアのロの字も出てこないビジネススキル雑誌の編集長を務めつつ、ロシア発のすごいスキルがないかと非生産的なリサーチを続けている。そろばん3級。TOEIC受験経験なし。シリーズ「コーヒーと一冊」に初の単著『声に出して読みづらいロシア人』(ミシマ社)がある。

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