究極の文字をめざして

第4回 インド棒/デーヴァナーガリー文字

2013.07.24更新

 先日、この愚にもつかない連載を掲載していただいている「みんなのミシマガジン」の紙版の最新号(6月号)が送られてきました。
 「相変わらず奇抜な表紙だなぁ。素晴らしい」
 などとニヤニヤしながら改めて見て、驚きました。

第4回 インド棒/デーヴァナーガリー文字

 なんとカバーにヒンディー語(デーヴァナーガリー文字)が書いてあるではないですか!
 ついに文字ブームが来たか!
 ・・・と思ったら、別に文字うんぬんの話ではなく、単にこの号がインド特集だからでした。

 私が告知するのもどうかと思いますが、8月18日には城陽で、「みんなのミシマツリ――城陽に インドがやってきた!」というイベントも開かれるようです。
 インド人がよくやっている「ペットボトルに口をつけずに中身を飲む方法」を教えるワークショップなども開催されるそうで、他人事ながらちと斜め上を行き過ぎではないかと心配になりますが、近くに住んでいたら絶対に行きます。

 というわけで、今さらではありますが、「みんなのミシマツリ」へのオマージュとして、インドのヒンディー語、およびその文字であるデーヴァナーガリー文字について取り上げたいと思います。

 インドにはものすごい数の言語や文字がありますが、中でも最大勢力なのがヒンディー語であり、その文字でもあるデーヴァナーガリー文字です。
 「デーヴァ」=神の、「ナーガリー」都市の、という意味なので、神々しいまでにスタイリッシュで都会的な文字、といったところでしょうか。そんなこと言われるとかえってハードルが上がって使いにくそうなものですが、ヒンディー語だけでなく、インド国内の別の言語(マラーティー語など)にも用いられ、隣国ネパールのネパール語でも使われます。もちろん、都会でも田舎でも。
 日本でも、インド料理屋さんなどでよく見かけるはずです。日本ではメジャーなマニアック文字の一つでしょう。
 まぁ、ヒンディー語だけで5億の話者がいるわけですから、マニアックなんて言ったら怒られます。日本語のほうがよほどマニアックなのです。

 さて、その最大の特徴はやはり、「文字の上のほうに引いてある横棒」。
 この横棒があるだけで一気にインドっぽくなるので、私は「インド棒」と呼んでいます。

 このインド棒を使うことで、どのくらいインドっぽくなるか、ちと実験してみたのが、○ページの写真です。
おお、一気にインドっぽくなった!

第4回 インド棒/デーヴァナーガリー文字

 ちなみにこの棒、ちゃんと名前があって「シローレーカー」といいます。
 書き順としては、他の文字要素を書いてから、最後に一気にピーッと引いていきます。
 これはなかなか快感なのですが、後からきれいに棒を一本引くというのは意外と難しいもの。
 以前、インドに行ったとき子供が文字を書くのを横で見ていたことがあるのですが、シローレーカーのバランスを取るのがなかなか難しそうでした。

 なぜ、こんな七面倒なことをするのか、と思われそうですが、実は非常に大きな意味があります。
 このインド棒は「ひとつの単語ごと」に引くというルールになっています。
 つまり、これが単語ごとの切れ目を表すわけです。

 単語の切れ目を表すなんて当たり前、と思われそうですが、実は意外とこれが難しい。
 かつてのローマ帝国のラテン語の碑文などを見ると、切れ目を表すいわゆる「分かち書き」がほとんどされていないことに気づきます。英語にたとえれば「THISISAPEN」などと書いてあるわけです。
 タイ語など、いまだに分かち書きしない言語も多く、かくいう日本語もそうなわけです。
 単語の切れ目を示すというのは、自分の使っている言語をある程度客観的に把握しなくてはならないわけですから、意外と難しいのです。

 多くの言語では、ラテン・アルファベットをはじめとして、単語ごとに少しスペースを空けて区切りを示すか、英語の筆記体のようにひとつながりの単語をつなげて書いたりすることで、区別をつけるようにしています。
 それに対して、「ひとつの単語はインド棒でグサッと串刺しにしてしまえ」というのがデーヴァナーガリー文字。
 なかなかにダイナミック、かつ、そこはかとなくやけっぱちで、好感が持てます。

 この横棒があるとどれだけ読みやすくなるか、再び実験を敢行します。ひらがなだけの日本語の文章に、横棒の代わりに、下線を引いてみます。

第4回 インド棒/デーヴァナーガリー文字

 おお、むちゃくちゃ読みやすい。思わず盗んだバイクで走り出したくなるような読みやすさ。さすがインド棒、侮れません。響きが「フォン・ド・ボー」に似ているのも、おいしそうで好印象です。
 まぁ、なんか「下線部を漢字に直しなさい」っていう国語のテストみたいにも見えますが。

 このように、単語の切れ目を示すことができれば、文字は一気に読みやすくなります。
 究極の読みやすさを目指したければ、こうした工夫が不可欠です。それもできれば、スペースを空けるとかではなく、こうした粋でいなせな工夫がほしいところです。

 あなたの日常にインドをもたらし、なおかつ機能的なインド棒。ぜひ、使ってみてください。
 普通に生活している限り、使用機会は皆無ですが。


究極の文字の条件 その4
単語と単語の切れ目は、空けるなり刺すなりして区別せよ

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

松樟太郎(まつ・くすたろう)

「1975年、「ザ・ピーナッツ」解散と同じ年に生まれる。某大学ロシア語科を出たのち、生来の文字好き・活字好きが嵩じ出版社に入社。ロシアとは1ミリも関係のないビジネス書を主に手がける。現在は、ロシアのロの字も出てこないビジネススキル雑誌の編集長を務めつつ、ロシア発のすごいスキルがないかと非生産的なリサーチを続けている。そろばん3級。TOEIC受験経験なし。シリーズ「コーヒーと一冊」に初の単著『声に出して読みづらいロシア人』(ミシマ社)がある。

声に出して読みづらいロシア人

バックナンバー