究極の文字をめざして

第11回 幻の文字を探せ!/ロシア文字

2014.02.14更新

 ソチ・オリンピックのおかげで、最近ロシア文字がテレビのそこかしこにあふれています。
 ロシア文字ファンとしては、ついにこの日が来たかと感無量。
 まぁ、オリンピックが終わるまでのごく一瞬の話ですが。

 さてこのロシア文字、一見ラテン・アルファベットに似ているのに微妙に違う、ということで、人をイラッとさせることで有名です。
 ヨーロッパ人もそうだったらしく、たとえばアガサ・クリスティの名作『オリエント急行殺人事件』では、「H」というイニシャルの入ったハンカチが、実はロシア文字の「N」だった、というオチが出てきて、名探偵ポワロがヒゲをかきむしりながら怒り狂います(嘘。でも別の理由で怒り狂いはします)。

 でも逆に言えば、似ている文字が多いので読みやすい、とも言えます。
 そもそも形も読みもまったく同じ文字も多いですし、さらに最近は女子高生が絵文字代わりに使ったりするため、「Rの反対(Я、ヤと読む)」「Nの反対(И、イと読む)」など、文字自体は「ああ、見たことある」というものが多いと思います。
 代表的なロシア文字を読めるようになるだけで、ソチ・オリンピックは1.25倍くらいは楽しめるはずです。

 ということで、今回はソチ・オリンピックの映像にはまず出てこないであろうロシア文字を厳選して紹介したいと思います。
 え、何か?

 まずはこれ「Ь」(小文字は「ь」)。
ミャッキー・ズナークと呼びます。日本語では軟音記号。文字というより、子音の後に付く「記号」なのですが、この文字をつけたら、その子音を発音するときに口をちょっと横に広げる(柔らかくする)というルールとなっております。ちょうど、母音の「i」を発音する際の口の形をして、でも「i」そのものは発音しない、という感じです。
 ・・・という説明ではわからないと思うので、わかりやすくたとえるなら、
「犯人は京本政樹だ」と告発しようとして、
「犯人はき」と言いかけたところで京本政樹にナイフで刺されたら、まぁ近い音になるかと思います。
 正直レアな文字ですが、目を皿のようにして探せば、ひょっとすると一つくらい見つかるかもしれません。
 ウォーリーを探せ的な気分でぜひ、探してみてください。

 そして、ウォーリーどころかツチノコ並みのレアキャラ、それがこれ「Ъ」(「ъ」)。
トヴョルディー・ズナークと呼びます。先ほどの反対で「硬音記号」。
 子音の後にこの記号が付くと、「その子音は軟音でなく、つまり普通に発音していいよ」という意味になります。

 普通に発音していいなら別につけなくていいじゃん、という疑問は当のロシア人自身が最も強く抱いていたらしく、ロシア革命後に行われた綴り字改革により廃止されました。
 というわけで、今は一冊の本に1カ所使われているかいないかくらいにレアな文字に成り果てているのです。

 ただ、実はこの文字には日本人にとって非常に有益な役割があります。
 たとえばアルファベットで「健一」と書こうとすると、普通は「kenichi」(ケニチ)となってしまいます。無理やり「ken'ichi」とすることもありますが、いかにも不自然です。
 それに対してこのロシア文字を使って「КЭНЪИЧИ」と書けば、ちゃんと「ケン」「イチ」と区切って読むことができるわけです。

 つまり、健一さんとか真一さんとかいう名前の選手がいれば、この文字を見れる可能性が一気に高まるわけなのです。
 そういう視点でオリンピック出場者一覧を見ると、いました。
「佐藤純一」さんが!

 ソチ・オリンピックの競技場ではラテン・アルファベットとロシア文字が併記されています。この幻の文字を見るためにも、ぜひこの佐藤純一さんに注目です。

 まぁ、ノルディックスキーの技術スタッフさんらしいので、名前が出るかははなはだ疑問ですが。


究極の文字の条件
「純一」さんをちゃんと「じゅんいち」さんと読むための文字がある

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松樟太郎(まつ・くすたろう)

「1975年、「ザ・ピーナッツ」解散と同じ年に生まれる。某大学ロシア語科を出たのち、生来の文字好き・活字好きが嵩じ出版社に入社。ロシアとは1ミリも関係のないビジネス書を主に手がける。現在は、ロシアのロの字も出てこないビジネススキル雑誌の編集長を務めつつ、ロシア発のすごいスキルがないかと非生産的なリサーチを続けている。そろばん3級。TOEIC受験経験なし。シリーズ「コーヒーと一冊」に初の単著『声に出して読みづらいロシア人』(ミシマ社)がある。

声に出して読みづらいロシア人

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