究極の文字をめざして

第12回 ゴマ粒ほどの違い/キリル文字(ウクライナ語)

2014.03.05更新

 エロシェンコという、20世紀初頭に活躍した盲目の作家がいます。

 ・・・あ、いえ、違います。
 今回のテーマは佐〇河内氏ではありません。
 タイミング的にアレですが、まったく他意はありません。
 今、問題になっているウクライナおよびウクライナで使われているキリル文字の話です。

 このエロシェンコ氏、日本に生まれたら確実にいじめられそうな名前ですが、幸いウクライナ生まれ(当時はロシア帝国領)でした。
 病気によって幼いころに失明し、一時は荒れた生活を送っていましたが、当時、世界共通言語として流行していたエスペラント語を学ぶなどして徐々に更生。
 そのうち、「盲人が按摩の仕事などをしてきちんと自立している素晴らしい国がある」ということを聞き、憧れるように。
 実は、その国こそが日本でした。

「いや君、その名前だとちょっと・・・」という知人の制止(推定)も聞かず、1914年に日本を訪れます。
 まぁ、名前のことでからかうような小学生レベルの人はいなかったようで、日本で多くの知識人たちと交流し、有名になりました。ロシア語を教えたり、新宿の中村屋にロシア料理のボルシチを教えたのも彼だという説もあるそうです。

 前置きが長くなりましたが、言いたいのは「当時、ウクライナもロシアもあまり区別されていなかった」ということであり、実際、ウクライナ語とロシア語はとても似ており、文字も同じキリル文字を使っているのです。
 東京弁と関西弁の違いくらい、いや、おすぎとピーコの違いくらいのものです。

 にもかかわらず、実は文章を見れば違いは一目瞭然。
 それは、ロシア語では使わない「i」(あるいはї)という文字がウクライナ語では多用されており、そのためパッと見ただけで「あ、これはウクライナ語だ」とわかるのです。

 たとえば「ウクライナ」という語は、ロシア語では、
Украина
なのですが、ウクライナ語ではこの「и」のところが「ї」になり、
Україна
となります。

 また、「フィリピン」なら、
Філіппіни(ウクライナ語)
Филиппины(ロシア語)
です。

 ロシアっぽい文字にゴマ粒が振ってあればウクライナ語、と覚えておくと便利です。

 とまぁ、どう考えても実用的でないはずのこの文字知識ですが、最近、ちょっとだけ役立つようになっています。
 それは、ウクライナが親欧派と親ロシア派に分かれて対立しており、プラカードを持ったウクライナ人たちの姿が毎日のようにテレビに映し出されているから。
 親ロ派の人の多くはロシア語を使います。
 つまり、この「ゴマ粒」があるかどうかで、その人が親欧派か親ロシア派かがわかってしまうわけです。

 たった「i」と「и」だけの違いで、これだけの対立になってしまうのはなんとも残念なこと。
 ちなみにウクライナ語、ロシア語ともにこの「イ」という語の意味は「~と」という意味。
 ウクライナとロシアの関係が元通りになることを祈るばかりです。


究極の文字の条件
ほんのちょっとの違いで個性を発揮できるが、
それによって対立が引き起こされないこと

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松樟太郎(まつ・くすたろう)

「1975年、「ザ・ピーナッツ」解散と同じ年に生まれる。某大学ロシア語科を出たのち、生来の文字好き・活字好きが嵩じ出版社に入社。ロシアとは1ミリも関係のないビジネス書を主に手がける。現在は、ロシアのロの字も出てこないビジネススキル雑誌の編集長を務めつつ、ロシア発のすごいスキルがないかと非生産的なリサーチを続けている。そろばん3級。TOEIC受験経験なし。シリーズ「コーヒーと一冊」に初の単著『声に出して読みづらいロシア人』(ミシマ社)がある。

声に出して読みづらいロシア人

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