究極の文字をめざして

第14回 文字は転がる/カナダ先住民文字

2014.05.16更新

「ローマ字」が当たり前のように身近にある我々にはなかなか理解しにくいことではあるのですが、文字を使い始めた人たちにとって、「母音をどう表わすか」ということは、長らく懸案でありました。
念のため、「た」という音だとしたら、「t」に当たるのが子音、「a」に当たるのが母音です。

 そもそも最初は、母音を表わすという発想そのものがありませんでした。
 たとえばエジプトのヒエログリフも、ラテン・アルファベットの元になったフェニキア文字も、子音のみを表していたのです。
 今でも、アラビア文字などは基本、そうです。

 つまり、「バカ」も「ボケ」も、同じく「bk」と表記されるようなものです。
 まぁ、バカとボケならどっちでもいいですが、ほかにもっと深刻な読み間違いはいくらでもあったことでしょう。
「明日は部下(bk)を連れて行きます」を「明日はバカ(bk)を連れて行きます」と読み間違えたりとか。
 そんなの連れてくんな、という話です。

 そんな負の歴史を克服すべく、人類は、母音となる文字を子音の後ろに並べる(ラテン・アルファベット)、上下左右に何かをくっつける(インド系の諸文字)、点を振る(アラビア文字、ヘブライ文字など)、といった方法で母音を表すようになりました。
 どれが優れているかはともかく、「母音をどう表すか」のレパートリーはあらかた出そろった。
 誰もがそう思っていた19世紀、カナダからある文字が母音界に殴り込みをかけてきました。

 カナダにはヨーロッパからの移民だけでなく、アメリカ先住民族系の民族が住んでいますが、その多くは文字を持っていませんでした。
 こうした言語のひとつであったクリー語やオジブウェ語に関して、布教に来た宣教師たちが新たなる文字を開発したのです。

 その名も
カナダ先住民族文字
 です。

......。

 ネーミングはもう少し、何とかならなかったのか?

 ともあれ、その雑なネーミングとは裏腹に、この文字の母音表記法は斬新です。
 たとえば、∪のような文字は「t」の音を表し、これ一つで「te」の音になります。
 それが、横に倒れて⊂となると、「ta」になるのです。
 ⊃だと「to」に、∩だと「ti」に、つまり、「文字をひっくり返すと別の母音が付く」というシステムなのです。
 ちなみにVは「pe」で、<「pa」、>「po」、Λ「pi」などとなります(近い文字で代替しています)。

 たとえるなら「あ」という文字を右に90度回転させて

とすると「い」に、

とすると「う」になる、みたいなものです。
「ミシマ社」なら、

となるのです。

 「なぜ回転させる?」という気もしますが、どうやらある種の速記法に、このような表記法を取るものがあるようです。
 あと、印刷に活字を使っていた時代には、同じ活字をくるくる回転させればいいということで、節約になったのかもしれません。
 ちなみにこれらの言語は母音が四つしかないため、4方向に回転させることですべての母音を表わせるようです。

 この文字を知って私が最初に考えたのが、「これ、サイコロにできるな」ということ。
で、作ってみました。

 制作時間10分の力作です。
 6つの面に文字が一つずつ、それぞれが4方向に向く可能性があるため、このサイコロひとつで24文字を表現することができます。

 試しに5回振ってみましたが、
「イ」「ア」「ケ」「ポ」「ノ」
 とのことでした。

 もっとも、案外クリー族の女子中学生なんかは、こんなお遊びをしてるかもしれません。
 授業中にサイコロを振って、「イアケポノ君、私のこと好きかも」みたいな。
 いや、人名じゃないと思いますが、イアケポノ。

 ひっくり返すと母音が変わるというこの斬新なシステム、サイコロにする以外あまりメリットは感じられないのですが、まぁこんなお遊びができる文字というのも、一つくらいあってもいいように思います。


究極の文字の条件
転がすと別の文字になるというフレキシビリティを持つ

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松樟太郎(まつ・くすたろう)

「1975年、「ザ・ピーナッツ」解散と同じ年に生まれる。某大学ロシア語科を出たのち、生来の文字好き・活字好きが嵩じ出版社に入社。ロシアとは1ミリも関係のないビジネス書を主に手がける。現在は、ロシアのロの字も出てこないビジネススキル雑誌の編集長を務めつつ、ロシア発のすごいスキルがないかと非生産的なリサーチを続けている。そろばん3級。TOEIC受験経験なし。シリーズ「コーヒーと一冊」に初の単著『声に出して読みづらいロシア人』(ミシマ社)がある。

声に出して読みづらいロシア人

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