究極の文字をめざして

第15回 実はその辺にある文字/ヒエログリフ

2014.06.18更新


「一番好きな古代文字は何ですか?」
と、渋谷のスクランブル交差点で10代の女性を中心にアンケートを取ったとしたら、おそらく1位に輝くのは「一つも知らない」だとは思いますが、話が進まないのでむりやりにでも聞き出したら、おそらく「ヒエログリフ」ではないかと思います。
 
 ヒエログリフとは古代エジプトで使われていた象形文字で、遺跡の壁にカラフルに描かれているのを、実物あるいは映像でご覧になったことのある人も多いはずです。
 漢字よりもずっと絵心があるので、知らない人でもなんとなく、その意味がわかるほどです。
 とはいえ、古代エジプトがローマに征服され、その後はギリシャ語、そしてアラビア語が流入するにつれ、この文字の読み方は完全に忘れ去られてしまいました。
 
 そして、あまりにビジュアル系すぎるそのフォルムのため、「これは文字ではなく、単なるイラストなのではないか?」とすら思われていたこともあるほど。
 ビジュアル系バンドが「どうせあいつらほんとは歌とか下手なんだろ」とか思われるのと同じです。ちがうか。

 ともあれ、当のエジプト人たちもさすがにビジュアル系すぎると思っていたらしく、普段はこの文字をもっと崩した形であるヒエラティックという書体を使っており、王家の墓とか本気を出すときにこの文字を使っていたようです。
 のちにさらに崩したデモティックという書体が生まれました。
 漢字でいうところの、楷書と行書と草書のようなものといえばいいでしょうか。

 そんなわけで、当のエジプト人すらあまり目にしなかったこのヒエログリフ、我々が日常で目にすることは、当たり前ですがほとんどありません。
 せいぜい某番組でスーパーひとしくんの背後にぼんやりと映り込んでいるか、古代エジプト展のポスターに、吉村作治の笑顔と並べて書いてあるか、くらいでしょうか。

 ですが、実はこのヒエログリフ、日常のそこかしこにあふれているのです。

 たとえば、アルファベットのAという文字があります。
 じつはこれ、牛を表すヒエログリフが元の形です。
 試しにAを180度ひっくり返してみてください。
 2本の角が現れて、あら不思議、牛が現れるという寸法です。
  

 牛じゃなくて鹿では、というクレームは受け付けません。

 ほかにも「O」はヒエログリフの目をあらわす文字を、「E」は喜んで手を挙げている人を表す文字がもとになっています。
  

 そんなふうに考えると、たとえば電車内の広告のアルファベットがすべて意味を持ち出し、心は一気に時を超え、古代エジプトへワープします。
 私は毎朝、こうして現実逃避することで、つらい会社勤めをなんとか乗り切っています。

 銀行の「BANK」という文字を見かけたら、それぞれ
 家、牛、蛇、手のひら
 を表す文字なので、
「ああ、家の中にある財産(牛)を、蛇のような狡猾な手段で手中に収めるんだろうな」などと想像するのも楽しいものです。
 銀行業界からクレームがつきそうですが。

 では、なぜ雄牛を表すヒエログリフが、はるか時空を超えて「A」という文字として使われているのか。
 そのあたりは話が長くなるので次回に触れたいと思います。

ともあれ、我々の日常には古代エジプトの叡智があふれているわけで、「古代文字など知らん」という渋谷の10代の女性も知らず知らずに使っているのですから、なかなか愉快なものです。


究極の文字の条件
一つの文字から古代のロマンが感じられること

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松樟太郎(まつ・くすたろう)

「1975年、「ザ・ピーナッツ」解散と同じ年に生まれる。某大学ロシア語科を出たのち、生来の文字好き・活字好きが嵩じ出版社に入社。ロシアとは1ミリも関係のないビジネス書を主に手がける。現在は、ロシアのロの字も出てこないビジネススキル雑誌の編集長を務めつつ、ロシア発のすごいスキルがないかと非生産的なリサーチを続けている。そろばん3級。TOEIC受験経験なし。シリーズ「コーヒーと一冊」に初の単著『声に出して読みづらいロシア人』(ミシマ社)がある。

声に出して読みづらいロシア人

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