究極の文字をめざして

第17回 豚の鼻と火星人/ゲエズ文字

2014.08.11更新

 先日、知り合いのイラストレーターさんがエチオピアに旅行に行くというので、
「何でもいいから本を買ってきてください!」
 と思わずお願いしてしまいました。

 というのも、あるのですよ奥さん、エチオピアにいい文字が......。
 それが「ゲエズ文字」です。

 エチオピアは多民族国家なのですが、その中で公用語とされているアムハラ語などの表記に使われる文字で、「アムハラ文字」「エチオピア文字」などとも呼ばれます。

 どんな文字なのか。
 まずは買ってきてもらったその本の1ページをご覧ください。

 おそらく、多くの人がまず思うのが、
「お前ら、隠れているつもりだろうが、見え見えだよ!」
ということでしょうが、この味のありすぎるイラストのことは置いておいて、その下のほうにある文字をご覧ください。これがゲエズ文字です。

 最大の魅力はその「不揃い」感。
 たとえばこの豚の鼻のような文字。

「w」を表す文字なのですが、左右の鼻の大きさや位置が微妙に違っていますよね。
 このデジタルでクラウドでネオヒルズな時代に、なぜ左右の大きさがずれるんだ、と最初は印刷業者の問題かと思いましたが、この文字、実はコンピュータ上のフォントでも、

 と、やっぱり忠実に差がつけられているわけで、どうやら左右非対称であることがエチオピア人のアイデンティティであるようです。お前は金子千尋の髪型か。

 ところで私はなぜか、この文字を見るたびに「いもばん」という言葉を思い出します。
 ジャガイモを半分に切って、その断面を彫刻刀で彫ってぺたんと押す、あのいもばん。
不揃いな文字がポンポンポンとスタンプのように押されている様子は、まさにそんな感じではないでしょうか。

 ちなみにこの文字の仕組みは、基本となる子音字の上下左右に「ちょい足し」をすることで母音を表すというもので、たとえば「p」を表す「」という文字は、単独だとパ(pä)という音ですが、横にちょっと線が入って「」となると「プ(pu)」に、「」だと「ピ(pi)」、「」だと「ペ(pe)」という感じになります。
 インド系の諸文字などと同じ仕組みですが、このような仕組みの文字のことを専門用語で「アブギダ」と呼び、これはこのゲエズ文字の最初の4文字から取られています。

この組み合わせの妙によって、味のある文字が次々に生まれるのがゲエズ文字の魅力。
たとえばjを表す「」という文字があるのですが、連続して並べるとまるで阿波踊りのようです。

 ♪踊るあほうに
 ♪見るあほう
 ♪同じあほなら
 ♪踊らにゃ
 ♪損損

 以上を文字として読めば「ジャジェジャジュジョ」。あ、意外と躍動感あるな。

 ただ、必ずしもこの「付け加え」のルール通りというわけでもなく、たとえばc'(「チャ」の強い音)を表す「」という火星人の足のような文字があるのですが、これは右足を一歩前に踏み出して「」となると「チョ」という音になり、左足を出すと「」で「チャ」となります。
これらを並べると
 ニョーン
 ニョーン
 ニョーン
 ニョーン
と、火星人が謎の足音を立ててじわじわ迫ってくる感じになります。
しかも時に
 ニュッ!
と、足が増殖することも! ガクブル。

夏真っ盛りの今。
夏休みの自由研究に「ゲエズ語いもばん」を作ってみるのもオツではないでしょうか。
どうせ誰も読めないから、適当に彫っても気づかれないし。


究極の文字の条件
いもばんのような不揃い感も捨てがたい

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松樟太郎(まつ・くすたろう)

「1975年、「ザ・ピーナッツ」解散と同じ年に生まれる。某大学ロシア語科を出たのち、生来の文字好き・活字好きが嵩じ出版社に入社。ロシアとは1ミリも関係のないビジネス書を主に手がける。現在は、ロシアのロの字も出てこないビジネススキル雑誌の編集長を務めつつ、ロシア発のすごいスキルがないかと非生産的なリサーチを続けている。そろばん3級。TOEIC受験経験なし。シリーズ「コーヒーと一冊」に初の単著『声に出して読みづらいロシア人』(ミシマ社)がある。

声に出して読みづらいロシア人

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