究極の文字をめざして

第18回 ダイイングメッセージ/オガム文字

2014.09.09更新

 多くの健全な青少年が一度は憧れるシチュエーションとして、「無人島に女の子と2人きりで漂着する」というものがあると思います。
 2人で苦労して食物を探したり火をおこしたりして、やがて恋心が生まれ、というあれですね。

 ただ、私はあまり健全な青少年ではなかったため、まず、
「ペンも紙もない中で、字はどうやって書けばいいのだろう」
 などと思ってしまうわけです。

 参考になるのが、かのロビンソン・クルーソー(というより、そのモデルとなったセルカークという人物)がやったという「木に線を刻み付ける」という方法。
 彼は漂着してからの日数を記録するため、木にナイフで線を入れていったそうです。

 細かい文字となると大変ですが、単なる直線なら、ナイフや鋭い石などで簡単に刻み込めます。
 これを改良すれば、数字だけでなく音も表せそうです。
 うん、もし無人島に漂着したら、この方法で日々の記録を刻み付ければいい。
 ん、食糧? 女の子? 何のことですか?

 ただ実は、まさにそんな文字がすでに1500年以上前に開発されていたのでした。
 それが「オガム文字」。
 まずは百聞は一見に如かずということで、見てください。

 これが文字なのか、という感じですが、斜めの棒が「m」、五本並んだ横棒が「i」、同じく5本並んで右に突き出ているのが「s」、棒が一本だと「a」など、これで「ミシマ」と読みます。
 他の文字もおおむねこんな感じで、一本の縦の棒に対して横棒が書き加えられることで、その文字の読み方が決まります。
 本当に木に刻み込まれたような、「ロビンソン・クルーソー文字」とでもいいたくなるフォルムです。

 このオガム文字は古代のアイルランド語(ゲール語)などを表記するのに使われた文字で、4世紀ごろから使われ始めたようです。
 主な用途はその土地の所有権を示すためだったようで、木や石にこの文字で人の名前が刻まれました。
 だからこそ直線的なフォルムになったと思われますが、やっていることはまぁ、犬のマーキングと一緒ですね。

 この文字ですが、実はもうひとつ、珍しい特徴があります。
 それは、
「下から上への縦書き」
 であること。

......はい、「下から上」です。
 私も最初、目を疑ったのですが、英語の「オガム文字入門」みたいなマニアックなサイトにも、ちゃんと、
From bottom to top
 とありました。
 どん底から頂点へ......そう訳すとなんかかっこいいですが、冷静になって考えれば「どうしてこうなった」という話です。
 下から上へ棒を引いていくって、お前は夏休みに田舎のおじいちゃんの家に遊びに行って背が伸びたことを自慢する育ちざかりの子どもか。

 まぁ考えてみれば、垂直に立っている木や石に線を刻み込むにあたっては、上から下だろうが下から上だろうがそれほど影響はなく、意外と本人たちは不便に思っていなかったかもしれません。
 もっともこの文字は6世紀くらいになると徐々にラテン・アルファベットに置き換えられ、今では呪術などの象徴的な用途にしか使われることはありません。
 世にも珍しいフォルムと表記方法を持つ文字だけに、残念でなりません。

 そんな「オガム文字」の使い道を、ひとつ思いつきました。
 それは「ダイイングメッセージ」。
 推理ドラマなどで、死ぬ前に被害者が血文字などで犯人の名前を残す、あれですね。
 形が単純なので死の間際にも書きやすいですし、オガム文字を知っている犯人などいるわけもないので、ばれる心配もありません。
「オガム文字を知っている刑事もいないだろ」という突っ込みは、この際無視します。

 問題は、見ての通り結構スペースを使う文字だということ。
 たとえば「r」を表したかったら、横棒を斜めに5本も引かねばなりません。
 万一「りりこ」さんが犯人だと、

 となり、書いているうちに力尽きそうです。

 ただ、それもミステリーの味つけのひとつ。
「犯人の名前は、『も』『ひ』『ひ』『け』......くそ、ここで途切れている。もひひけって誰だ!」みたいに、謎が謎を呼ぶ展開が期待できます。

 オガム文字が読める探偵・その名も『男鹿武蔵の事件簿』。
 どなたか書いてくれないでしょうか。


究極の文字の条件
直線だけで表現できると、無人島に漂着した際にも安心

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松樟太郎(まつ・くすたろう)

「1975年、「ザ・ピーナッツ」解散と同じ年に生まれる。某大学ロシア語科を出たのち、生来の文字好き・活字好きが嵩じ出版社に入社。ロシアとは1ミリも関係のないビジネス書を主に手がける。現在は、ロシアのロの字も出てこないビジネススキル雑誌の編集長を務めつつ、ロシア発のすごいスキルがないかと非生産的なリサーチを続けている。そろばん3級。TOEIC受験経験なし。シリーズ「コーヒーと一冊」に初の単著『声に出して読みづらいロシア人』(ミシマ社)がある。

声に出して読みづらいロシア人

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