究極の文字をめざして

第21回 真理が自由にしてくれない/ギリシャ文字1

2014.12.25更新

 仕事柄、よく永田町にある国立国会図書館に行くのですが、行くたびに西野カナみたいに震えます。
 というのも、入ってすぐのカウンターの上に、
「Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ」
 というギリシャ語が彫り込まれているからです。
「真理がわれらを自由にする」という意味で、ヨハネによる福音書にある一節だそうです。

「おお、カッコいい! 俺も真理を追求したい!」
 などと思いながら、くだらないギャグ漫画を取り寄せたりしている自分に自殺願望を刺激されたりしています。
 真理はそう簡単に私を自由にしてくれません。

 ともあれ、これほど図書館に似合う文字はないでしょう。
 古代ローマ時代も「学問の言語はギリシャ語」として重宝され、あえてギリシャ語で文章を書くことがエリートの証となっていたそうですし、その後も長く、学術言語として君臨し続けました。
 あれですね、「そもそもこのコンセプトはデファクトスタンダードなんだよ」みたいなことを言う英語かぶれの日本人知識人みたいなものですか。
 おそらくギリシャかぶれのローマ人も、
「そもそも君のアガペーはパルテノン神殿なんだよ」
 みたいなキザなセリフを吐いていたと思われます。

 また、新約聖書ももともとはギリシャ語で書かれたため、キリスト教世界でも重要な言語であり続けました。
 そして、意外と見逃されがちなことですが、ギリシャ語はローマ帝国分裂後、東ローマ帝国の公用語として使われたため、学問のみならず政治の言語としても長らく(少なくとも東ローマ帝国が滅亡する15世紀まで)使われていたのです。

 そんなステキなギリシャ語およびギリシャ文字ですが、日本人は、どちらかといえばこれを毛嫌いする人が多いように思います。
 それは「ギリシャ文字、数学や化学に使われすぎ問題」が大きいと、私は考えています。
 長年学術用語として使われてきたから仕方がないとはいえ、ギリシャ文字をきちんと習わない日本人にとって、最初に出会うギリシャ文字が「数学や化学の記号」であることのデメリットは大きいと思うのです。
 そのことによるギリシャ文字嫌いが、今度は理系嫌いを生み出しているといっても過言ではないでしょう。
 以下、文系人間があやふやな知識と偏見のみで、恨みのたけを吐き出したいと思います。

 まずは「θ」(シータ)。これはギリシャ語では「th」の音を表わす文字です。
 こいつが三角関数にやたらと出てきて辟易しました。
 角度を表わす記号なのですが、「タンジェントシータ」「コサインシータ」などと、なんの必殺技の名前かと思ったものです。
 そもそも、シータって『天空の城ラピュタ』のヒロインじゃないのか?
 世界の宮崎駿はこれについてどう思っているのか、ぜひ見解を聞きたいところです。

 そしてΣ(シグマ)。
 微分・積分に出てくるあれですね。
 正直、今に至るまでしくみがよくわかってないのですが、何よりもイラつくのが、シグマの上と下のでっぱりの部分に小さな文字で式を書き連ねていくという、あの仕組みです。
 文字は一列に書け!

 他にもガンマとかデルタとかミューとか、聞きなれない記号で聞きなれない概念を説明されるというのは、スワヒリ語でパンジャーブ語を習うようなものではないでしょうか。
 ギリシャ文字がなければ、私の物理や化学の成績はあれほど悪くなかったはずです。

 以上、ほぼ誤解と偏見に基づく私怨だということは理解しつつ、でも結局ギリシャ文字を知らないのにいきなり記号として出てくるから、抵抗感があると思うのですね。
 そういう意味で私は、小学生から「ギリシャ文字を読ませる教育」をすることを提唱したいと思います。
「それより先にやることがあるだろう」と、教育委員会とPTAから袋叩きにあうこと必至ですが......。

究極の文字の条件
あまり学術用語に使われすぎないこと。

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松樟太郎(まつ・くすたろう)

「1975年、「ザ・ピーナッツ」解散と同じ年に生まれる。某大学ロシア語科を出たのち、生来の文字好き・活字好きが嵩じ出版社に入社。ロシアとは1ミリも関係のないビジネス書を主に手がける。現在は、ロシアのロの字も出てこないビジネススキル雑誌の編集長を務めつつ、ロシア発のすごいスキルがないかと非生産的なリサーチを続けている。そろばん3級。TOEIC受験経験なし。シリーズ「コーヒーと一冊」に初の単著『声に出して読みづらいロシア人』(ミシマ社)がある。

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