究極の文字をめざして

第22回 細川たかしを表記できるか?/ギリシャ文字2

2015.01.06更新

 前回、私怨に任せてギリシャ文字のことをディスってしまいましたが、実際にはとても素晴らしい文字であるということを今回は語らせてください。
 あ、ディスるなんていう今どきの言葉を使ってしまいましたが、この言葉はもとをたどればラテン語の否定の接頭辞「dis」から来ている、由緒正しき言葉なのです。
 はい、ギリシャじゃなくてローマです。
 うまいこと言ったつもりでうまいこと言ってなくてすいません。

 さて、前回も取り上げた、国立国会図書館の標語、
「Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ」(真理がわれらを自由にする)
ですが、このギリシャ語、「ヘー・アレーテイア・エレウテローセイ・ヒュマース」と読みます。
 ためしにギリシャ文字をまったく読めない人にインスピレーションで読んでもらったところ、
「ハー・ホエイア・エアエイオエポゼイ・イマズ」
と読んでくれました。
 まぁ、当たらずと言えども遠からず、といったところでしょうか。
 Λ(L)はAに、Θ(th)はOと読みがちなようですが、なんとなく読めるのが面白いところです。

 ギリシャ文字はラテン文字の基礎の一つとなったのですから、当然と言えば当然ですが、このことは、ある意味ギリシャ文字のすごさを表わしています。
 それは、「母音を表記することにした」という発明です。

 以前、アラビア文字について書いた際にもちょっと触れましたが、古代の文字というのは基本「子音」しか表わしませんでした。
 つまり、「たけし」も「たかし」も「TKS」と表記されるわけで、「細川たかしのコンサートに行ったら細川たけしだった」という悲劇も生まれかねないのです。
 他にも、五木ひろし(ITKHRS)のコンサートにいったら、一木ひろしだった、という悲劇すら起こりかねません。
 あ、一木ひろしさんは実在するものまねタレントです。

 各地に劇場を建てるなど、ライブエンターテインメント好きだったギリシャ人が、細川たかしと細川たけしの違いを許すわけがありません
 実際、ギリシャ語には母音が多く(といっても英語ほどではないですが)、これを区別しないのは不便だったのでしょう。
 ということで子音の間に母音を挟んで、「TAKASI」としたわけです。

 こうなると何がいいかというと、その言語のことを知らなくても文字を知っていれば読めてしまう、ということ。
 日本人なら人の名前として「TKS」と書いてあれば、「ああ、まぁ"たかし"か"たけし"だろうな」と想像もできますが、日本語を知らない人は、「テケス」とか「タクシー」とか、あり得ない発音をしてしまう可能性もあるのです。
 母音が入っていれば、(意味はわからなくても)そのまま読めばまぁ、近い音になる。
 それこそがギリシャ文字の偉大なる「発見」です。

 この発見があったからこそ、我々は古代ギリシャやローマの人名を(比較的)正確に発音することができるわけです。
 そうでなければ、プラトンのことを「パルたん」というアニメキャラのような名前で呼んでいたかもしれません。

 ちなみに私が一番好きなギリシャ文字はこの
Ξ(クサイ)
 です。
 まず、名前で笑いが取れる稀有な文字ということと、「ks」という二つの音を表わすという意外性、そして漢数字の三みたいなフォルムが刺激的。
 ぜひ皆さんも、
「このチーズ、ちょっとΞ(クサイ)よ!」
 なんて使ってみてください。


究極の文字の条件
細川たかしと細川たけしを間違えない

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松樟太郎(まつ・くすたろう)

「1975年、「ザ・ピーナッツ」解散と同じ年に生まれる。某大学ロシア語科を出たのち、生来の文字好き・活字好きが嵩じ出版社に入社。ロシアとは1ミリも関係のないビジネス書を主に手がける。現在は、ロシアのロの字も出てこないビジネススキル雑誌の編集長を務めつつ、ロシア発のすごいスキルがないかと非生産的なリサーチを続けている。そろばん3級。TOEIC受験経験なし。シリーズ「コーヒーと一冊」に初の単著『声に出して読みづらいロシア人』(ミシマ社)がある。

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