究極の文字をめざして

第25回 イライラする文字/アルメニア文字

2015.04.17更新

 コーカサス地方にある「アルメニア」という国のことを初めて意識したのは、以前、エルサレムに行った際のことでした。
 城壁に囲まれたエルサレムの旧市街は、「ユダヤ人街」「アラブ人街」、そして「アルメニア人街」の三つに分けられています。
 旧市街はまるで中世のままの雰囲気で、迷路のように入り組んでいます。
 道に迷ってさまよっていると、突然、見知らぬ文字が並ぶ一角に。そこがアルメニア人街だったわけです。

 なぜこんなところにアルメニア人が、と少し不思議に思いましたが、考えてみればアルメニア人は古い歴史を持つ民族で、かつキリスト教徒。しかも直線距離では意外とエルサレムに近いのです。
 ということで、キリスト教の聖地であるエルサレムには、ずっと以前から多くのアルメニア人が住んでいたようです。

 彼らの使う「アルメニア文字」は、3世紀にキリスト教の宣教師である「メシロプ・マシュトツ」という人がギリシャ文字を基に作ったと言われています。
 こんな感じです。

 多分、多くの人がまず思うことは、
読めそうで読めないのでイライラする
ということではないでしょうか。
 全体にフォントもラテン文字に似ており、文字の形も同じようなものが多いのに、よく見ると読めない。

 などは「間違い探しか?」というレベルですし、とかとかとかとか、もう思いっきり形が同じ文字すらあります。
なのに、読み方は全然違います。
 が「s」、が「ts」、が「a」、が「v」なので、「gun」と書いて「ツスヴ」と読むという始末。
 かと思ったら、hはそのままhと読むというような巧妙なハニートラップを仕掛けてきたりするので、気が休まりません。
 まぁ、読み方さえ覚えればルールはラテン文字などと同じなので、比較的読みやすい文字とは言えます。

 そしてもう一つ、
なんかuっぽい文字が多すぎる
と思いませんでしたでしょうか。
 そのものずばり「」という文字もありますし、他も「」「」「」「」「」などいろいろ。
 そう、これがアルメニア文字の特徴の一つ。
 出現頻度の高い「a」を表す文字が「」ということもあり、全体的に「u」感が強いのです。

 たとえるなら、ワープロを打っている途中で睡魔に襲われ、キーボードの「u」に突っ伏したまま意識を失ったような感じです。キュート(cute)と書こうとして
cuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuute
とか打ってしまうという、あれですね。
 お前はgreeeeeeeeeeeeenか。

 ではなぜ、マシュトツさんはこんなフォルムの文字を作ったのか。
 私は「雨水を溜めたかったから」という説を提唱したいと思います。

 「」や「」といった文字は、上から降ってくる水をいかにも効率的に受け止められそうじゃないですか。
 さらに、そういう視点で見てみると、「」や「」といった文字は、路上に置いておいて雨水をため、そこから市民が自由に水を汲んでいく「フリー雨水スタンド」に見えますし、「」はきっと、フックを窓に引っ掛けて雨水をためる装置でしょう。

 文字にはその国の文化が反映される――そのことを改めて、アルメニア文字は教えてくれます。

 まぁ、アルメニアという国は別に砂漠の国ということもなく、むしろ水資源は豊富らしいですが。あれ?


究極の文字の条件
雨水を効率的に溜められる

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松樟太郎(まつ・くすたろう)

「1975年、「ザ・ピーナッツ」解散と同じ年に生まれる。某大学ロシア語科を出たのち、生来の文字好き・活字好きが嵩じ出版社に入社。ロシアとは1ミリも関係のないビジネス書を主に手がける。現在は、ロシアのロの字も出てこないビジネススキル雑誌の編集長を務めつつ、ロシア発のすごいスキルがないかと非生産的なリサーチを続けている。そろばん3級。TOEIC受験経験なし。シリーズ「コーヒーと一冊」に初の単著『声に出して読みづらいロシア人』(ミシマ社)がある。

声に出して読みづらいロシア人

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