究極の文字をめざして

第29回 文字は踊る/クメール文字

2015.09.21更新

 カンボジアというのは複雑な国で、東南アジアの中でも最初に華やかな王宮文化を生み出したにもかかわらず、その後衰退。しかも、内戦により国内が大混乱に陥り、今でも「内戦の国」「貧しい国」というイメージが強いかと思います。

 でも、私はカンボジアの文字である「クメール文字」を見るたびに思うのです。
 こんなゴテゴテとした飾りのある文字を使う国が貧しいわけがない、と。

 こんな感じの文字です。



 なんというか、塔が乱立する装飾過多な寺院のような感じがしませんか?
 アンコールワットのイメージに引きずられているかもしれませんが。

 なかでも特に、公共施設などで使われる「ムール体」という書体がすごいです。
 この画像の上です。



 なんというか、全体にうねりまくっているような文字。
 私はこの文字を見るたび、おつまみコーナーに置いてあるホタテの貝ひもを思い出します。
 これもまた、「ムール貝」のイメージに引きずられているかもしれませんが......。

 さて、もう一度クメール文字を見ていただくと、



 一つの特徴に気付かれるかと思います。
 それが、文字の上のギザギザした屋根のような部分です。

 たとえば



はKを表す文字ですが、上にギザギザが二つ、入っています。
 この文字も含め、最初の文字から数えて7つ連続でこのギザギザが律儀に続いています。
 ギザギザがカッコいいとかいうブームでもあったのでしょうか?
 そういえば、日本でも『ギザギザハートの子守歌』なんて曲がブームになったこともありました。

 なかでも特に、



が私のお気に入り。まるで洗濯物が物干し台につるされているように見えませんか。
 灼熱の国・カンボジアだけに、洗濯物もよく乾きそうです。

 ちなみにこれが、「プノンペン」を表す文字ですが、



これも見事にギザギザしています。

 ちなみにクメール文字、文字の作り方もなかなかユニーク。
 子音字を上下から母音記号や補助記号で挟み込んでさまざまに変化させ、複雑な音を書き表すことができ、この



 一語で「プノン」を表わします。
 なんという省エネっぷり。
 東〇電力にもぜひ、見習ってほしいところです。

 歴史的に言えば、このギザギザ、インド系の文字に特有な棒(シローレーカー、いわゆるインド棒)が変化したもの。
 しかし、インドでは単なる横棒だったものが、なぜこんなにギザギザになってしまったのか。

 雪国の屋根は雪が積もらないよう、わざと傾斜をつけていると言います。
 なるほどこれは雪国の知恵か、と思ったのですが、先ほど灼熱の国カンボジアとか書いたばかりでした。健忘症か自分は。

 そんなこんなでこのギザギザの由来は長年の謎だったのですが、先日カンボジア関係のテレビ番組を見ていて、ふと気づきました。



 これだ!
 この手の動きだ!

 カンボジアの宮廷の踊りを忠実に再現していたのですね。
 これで、クメール文字を見るたびになぜか華やかな印象を受けていた理由もわかりました。

 宮廷の踊りの繊細な手の動きを表すため、あえてギザギザを入れる。
 まさにアンコールワットにふさわしい、高貴な文字。
 それがクメール文字なのです。

 あ、途中からすべて嘘です。念のため。


究極の文字の条件
その国の文化をそこはかとなく匂わせる

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松樟太郎(まつ・くすたろう)

「1975年、「ザ・ピーナッツ」解散と同じ年に生まれる。某大学ロシア語科を出たのち、生来の文字好き・活字好きが嵩じ出版社に入社。ロシアとは1ミリも関係のないビジネス書を主に手がける。現在は、ロシアのロの字も出てこないビジネススキル雑誌の編集長を務めつつ、ロシア発のすごいスキルがないかと非生産的なリサーチを続けている。そろばん3級。TOEIC受験経験なし。シリーズ「コーヒーと一冊」に初の単著『声に出して読みづらいロシア人』(ミシマ社)がある。

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