究極の文字をめざして

第34回 省略はきちんと示そう/タイ文字その2

2016.02.01更新

 前回同様、タイ文字の話をしたいと思います。
 文字のかわいらしさとは裏腹に、結構マニアックな仕組みがいろいろとあるのです。
 マニアックというか、「どうしてこうなった!?」という感じで、まぁ一言でいえば「覚えにくい」のです。悪意が感じられるほどに。

 たとえば、一つの文字を表すのに複数の文字があったりします。
 前回、「丸が多すぎるのではないか」と問題提起した(大きなお世話ですが)




の文字は、同じ「TH」の音を表し、息を強く吐きながら発音する「タ」という音を表します。
 どちらを使うかは、単語ごとに決められていて、覚えるしかありません。
 「田村」さんと「多村」さんみたいなものでしょう。間違えると怒られます。

 また、英語の「thought」のghのように、読まない文字(黙字)が結構あります。
 タイはインドの影響を強く受けているのですが、インドの言語とタイ語は系統がまったく違います。
 インド由来の単語に関して、発音はタイ語っぽく変化したのに、綴りはもとのまま、ということで音と表記が乖離することが多いようです。
 中には、


 この「黙示符号」という、「この文字は読まなくていいよ」ということを示す記号さえあります。
 「書いたけど読まなくていいことを示すための文字を書く」というのは、人類が到達した無駄の極致だと思わなくもありません。

 さらに、子音が「高中低」の3つのグループに分かれています。
 タイ語は俗にいう「声調言語」で、中国語をやったことがある方ならおわかりかと思いますが、同じ「マ」という音でも、高いトーンか低いトーンか、あるいは途中で上がるか下がるかなどによって意味が変わってきます。
 タイ語には5つの声調があり、「高子音とこの記号が合わさったらこの声調」みたいな独特のルールがあるのです。
 しかも、「高子音だから高い」かと思いきや、まったく関連性がないという凶悪さです。

 そんなタイ文字ですが、一つだけ「これは便利だ」という文字があります。
 それが


で、パイヤーンノーイ(省略記号)と言います。

 これは、長い単語を途中で省略することを表す文字。
 たとえば、タイの首都バンコクの正式名称は「クルンテープマハナコーン・アモーンラッタナコーシン......サッカタットティヤウィサヌカムプラスィット」と、やたらと長いことで有名ですが、タイ人は普通「クルンテープ」と略して読んでいます(バンコクのバの字も出てこない)。
 で、この「クルンテープ」を表す語は、


なのですが、しっかりと最後に出てきていることがわかります。
 つまり、日本語で書けば「クルンテープ(略)」みたいなものです。
 変なところで律儀です、タイ人。

 我々日本人もいろいろと言葉を略しがちです。
 例えば「チャゲ&飛鳥」を「チャゲアス」と呼んだり、「ゲスの極み乙女」を「ゲス乙女」と言ったり。
 でも、考えてみたらこれって失礼に当たりますよね。
 今後は、このタイ語の文字を借用して、
「チャゲアス
とか、
「ゲス乙女」
と書くようにするのはどうでしょう。

 なんだか急に「」が意味深に思えてくるのは、なぜでしょうか。


究極の文字の条件
省略したところはちゃんと示す

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松樟太郎(まつ・くすたろう)

「1975年、「ザ・ピーナッツ」解散と同じ年に生まれる。某大学ロシア語科を出たのち、生来の文字好き・活字好きが嵩じ出版社に入社。ロシアとは1ミリも関係のないビジネス書を主に手がける。現在は、ロシアのロの字も出てこないビジネススキル雑誌の編集長を務めつつ、ロシア発のすごいスキルがないかと非生産的なリサーチを続けている。そろばん3級。TOEIC受験経験なし。シリーズ「コーヒーと一冊」に初の単著『声に出して読みづらいロシア人』(ミシマ社)がある。

声に出して読みづらいロシア人

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