究極の文字をめざして

第35回 中二文字(ベンガル文字)

2016.03.26更新

 「中二病」という言葉、ご存知の方が多いと思います。
 「俺は他の人とは違う特別な人間だ」「こんな腐った社会に流されてたまるか」といった気張りから、妙に尖った発言をしてみたり、誰からも理解されないファッションをしてみたりする、あれです。
 この病気をこじらせると、自作ポエムを書きはじめるので注意が必要です。
 数年後、「こんな世界を愛するために......」といったエグ○イル風のポエムを机の奥から見つけた日には、自殺願望を強く掻き立てられます。
 この中二病、たまに社会人になっても治っていない人がいて困ります。
 いや、エグザ○ルのことを言っているわけではありません。

 さて、中二病を生暖かく見守るのが大好きな私が「文字界の中二病」と呼んでいる文字があります。
 それがベンガル文字です。

 バングラデシュおよびインドの西ベンガル州を中心に使われる「ベンガル語」の表記に用いられる文字。ベンガル語はバングラデシュでは公用語になっており、使用人口は二億人と、日本語を優に上回る大言語です。

 こんな感じです。



 「なんだか妙にひらひらしている」という意外、それほど中二病っぽさは感じられないかもしれません。
 ですが、この文字を兄弟文字ともいえるデーヴァナーガリー文字(ヒンディー語など)と比べてみると、その違いがよく見えてきます。
 そもそもこの二つの文字は形自体がものすごく似ており、丸の形や線の角度などがちょっと違うくらい。なのに、全体の印象が結構違うのです。

 ためしに「ウィキペディア」のロゴを比べてみましょう。



 これが、デーヴァナーガリー文字で書かれた「ウィキペディア」です。横に一本引かれた棒(私はインド棒と呼んでいる)と、丸まっこいフォルムが特徴ですね。
 これが、ベンガル文字だとこうなります。



 どうでしょう? 全体的に切れ味が増した気がしませんか?
 右から2つめ文字が典型ですが、ムーミンの横顔のようなフォルムの文字が、イナズマのようになっています。
 左上の二つの文字の上では、線がヨン様のマフラーのようにひらひらと舞っています。
 なんというか全体に、「中学生が考えた自作サインの書体」風なのです。

 こんな感じでいろいろな文字が「ちょっとずつ尖っている」のがベンガル文字の特徴。
 たとえば、「b(ba)」を表わす文字が、デーヴァナーガリー文字では



 なのに対し、ベンガル文字では、



 と、出刃包丁のように尖ってしまっています。

 もっとも、この特徴さえつかめば、ヒンディー語とベンガル語の区別がつかなくて困ることはありません。
 謎の組織に連れ去られ、「さぁ、この文字はヒンディー語かベンガル語か。答えられたら解放してやろう」などという事態に陥ったとき、ぜひ思い出してみてください。

 さて、形だけかと思われがちですが、実はベンガル文字と言うのは実際、結構「尖った」文字なのです。
 バングラデシュという国はイスラム教徒が多数派を占める国ですが、イスラム教徒の多い国では、固有の文字があったとしても、アラビア文字へと表記を変えることが多いのです。
 ペルシャ(イラン)しかり、ウイグルしかり。トルコもかつてはアラビア文字を使っていました。
 バングラデシュに近いところでは、パキスタンがそうです。言語的にほぼヒンディー語と同じなのですが、表記にアラビア文字を使っており、言語的にも「ウルドゥー語」と、別言語として扱われます。

それに対してバングラデシュでは、今も昔もベンガル文字一本。
俺は決して変わらない、いや変われない」というこだわりが感じられます。

 バングラデシュはかつて、現在のパキスタンと一緒に独立を果たし、「東パキスタン」と呼ばれていた時代がありました。
 その後分裂し、今のパキスタンとバングラデシュに分かれたのですが、分裂の原因の一つに、ウルドゥー語を強制しようとした西パキスタンへの反発があったと言われます。
 長い歴史を持つ言語と文字への誇りが、それだけ強かったということでしょう。

 あの詩人タゴールも使ったというベンガル語とベンガル文字、ぜひ学んでみてほしいと思います。

究極の文字の条件
ナイフみたいに尖っている

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松樟太郎(まつ・くすたろう)

「1975年、「ザ・ピーナッツ」解散と同じ年に生まれる。某大学ロシア語科を出たのち、生来の文字好き・活字好きが嵩じ出版社に入社。ロシアとは1ミリも関係のないビジネス書を主に手がける。現在は、ロシアのロの字も出てこないビジネススキル雑誌の編集長を務めつつ、ロシア発のすごいスキルがないかと非生産的なリサーチを続けている。そろばん3級。TOEIC受験経験なし。シリーズ「コーヒーと一冊」に初の単著『声に出して読みづらいロシア人』(ミシマ社)がある。

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