究極の文字をめざして

第39回 笑う牛/ビストロフェドン

2016.08.29更新


 「ブストロフェドン」(ビストロフェドン)という言葉をご存じでしょうか。

 いえ、あの解散しかけのグループが料理を作る番組ではございません。
この連載で出てくるくらいですから当然、文字関係の用語。
 具体的には「文字の読み方」に関するルールです。

 文字には大きく分けて、「左から右に向かって読む→」「右から左に向かって読む←」「上から下に向かって読む↓」という三つがあります。
左から右と言うのはいわゆるラテン・アルファベットの読み順で、逆の右から左と言うのはアラビア文字などがそうです。
 上から下と言うのは、日本語がそうですね。あと、モンゴル文字もそうです。
 広い世界にはオガム文字という「下から上に読む」という最強のひねくれ者がおりますが、それを除けばほとんどすべての文字がこの3つのどれかに当たるわけです。

 ただ、古代ギリシャでは、一種独特の文字の読まれ方がなされていました。
 それがこの「ビストロフェドン」で、ギリシャ語で「牛が耕すような」という意味になります。日本語では「牛耕式」と訳されます

 といっても、牛が焼肉を前にして「モォーたまらん」「おいしさギュウギュウ」「ウッシッシ」などと言っている、焼肉屋の看板で見かけるあの読み方ではありません。
 そもそもあれは共食いで、動物虐待以外の何物でもありません。

 「牛耕」というのは、重い農具をつけた牛を日がな一日歩き回らせ、畑を耕すという農作業のことを指します。うん、これも立派な動物虐待ですね。

 牛の牛権問題はとりあえず置いておくとして、牛は畑の隅まで耕したら、今度は向きを変えてまた戻ってこなくてはなりません。
 つまり、文字もこのように読むということで、具体的には

 あるグループが解散するという騒ぎになったが結
 たっなにやふやあは度一てっあも情事の人大、局

 というように、1行目は左から右に読み、1行目を読み終わったらそこで牛が華麗なターンを決め、今度は右から左に読むわけです。

 応用技として、こんなものもできます。

 長年貢献してきた女性マネージ
 が襲世とるぎすち持を力がーャ
 やい
 りい
 にが
 くう
 いほ
 のた
 でし
 排除

 1行目は左から右、2行目は右から左に、そして今度は上から下に読み、最後に下から上に戻っていくというわけです。
推理小説のトリックに使えそうな読み方でもあります。

 現代人は文字を一字一句読むというより、語の単位で一つの固まった要素として読みます。
 それに対して文字にまだ慣れていない人は、文字を「音」に翻訳し、その後に意味を解釈します。
 我々は「SMAP」と書いてあれば瞬時に、「ああ、あの渦中のグループだな」とイメージが湧いてきますが、古代の人は「ス・マ・ッ・プ......、ああ、途中で一人バイクレーサーになると言って辞めたグループだな」と、一度音に直してから意味を認識したことでしょう。
 そういう意味では、この牛耕式という読み方が効率的だったのかもしれません。
事実、古代ギリシャだけでなく、いくつかの古代文字でこの読み方が確認されています。

 なお、今回出てきた例文に関しては、特に他意がないことを付け加えておきます。

 究極の文字の条件:読み方に無限の自由を

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松樟太郎(まつ・くすたろう)

「1975年、「ザ・ピーナッツ」解散と同じ年に生まれる。某大学ロシア語科を出たのち、生来の文字好き・活字好きが嵩じ出版社に入社。ロシアとは1ミリも関係のないビジネス書を主に手がける。現在は、ロシアのロの字も出てこないビジネススキル雑誌の編集長を務めつつ、ロシア発のすごいスキルがないかと非生産的なリサーチを続けている。そろばん3級。TOEIC受験経験なし。シリーズ「コーヒーと一冊」に初の単著『声に出して読みづらいロシア人』(ミシマ社)がある。

声に出して読みづらいロシア人

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