究極の文字をめざして

第47回 あいつ、四角くなっちまったよな/パスパ文字

2017.10.10更新

 以前、「文字が書かれている国旗」についての話を書いたことがあります(第32回)。
ハイチの国旗に書かれているラテン・アルファベットや、イラン国旗のアラビア文字のことなどを書いたのですが、なぜか結論は、
「中国の国旗はこんなのでどうでしょう」

 というラーメンマン的な提案だったと思います。
 どうしてこうなった。

 さて、その際に一つ、取り上げるのを忘れていた国旗がありました。
 それがモンゴルの国旗です。

 こちらがモンゴル国旗なのですが、

 国旗の左側に今にも崩れそうなジェンガのような物体がありますよね。
 これ、実は文字なのです。

 といっても、現在のモンゴルで使われているキリル文字とも違えば、その流麗なフォルムで文字ファンの間で人気が高い(当社比)モンゴル文字とも違います。
 実はこれ「ソヨンボ文字」という文字で、その中でも「文章が始まる際につけるマーク」なのです。

 なんとなく珍妙な響きの(失礼)この「ソヨンボ文字」とは何かを説明する前に、ここでモンゴルにおける文字事情をさかのぼることをお許しください。
 なかなか味わい深い歴史があるのですよ。

 元々、モンゴル高原には数多くの遊牧民族たちが暮らしていましたが、固有の文字はありませんでした。
 騎馬民族の彼らにとっては、「文字なんて必要ねえ! ヒャッハー!」という感じだったのでしょう。

 流れが変わったのはモンゴルの英雄である白鵬、じゃなかったチンギス・ハーンが現われ、周辺の諸民族を次々と征服し、大帝国を作り上げてから。
 やはり国の統治には文字が不可欠ということで、当時、周辺で最も文化的に進んでいたウイグル人のウイグル文字をベースに、モンゴル文字を作り上げました。
 というより、モンゴル語をウイグル文字で書き表わした、というのが正確なところです。

 このような流麗なフォルムが特徴で、その姿は草原をかける駿馬のようです。

 さて、それから時は過ぎ、第70代横綱に日馬富士が、じゃなかった第5代皇帝にフビライ・ハーンが就任。すると、彼は遊牧民族的なものが残っていた帝国の組織を、巨大帝国にふさわしいものに改革。国号を「元」と中国風に変えるとともに、独自の文字を制定しました。
 それがこちら、パスパ文字です。

文字一覧(wikipediaより)

 チベット人の僧侶であるパスパ氏が作った文字ですが......第一印象はとにかく「四角い」のひと言。

 昔はナイフみたいに尖っていたのに、今ではすっかりおとなしくなってしまった人のことを、「あいつも丸くなったよな」なんていいますが、モンゴル高原に残り、中国化していくフビライを苦々しく思っていたモンゴル人たちは、この文字を見てきっと、こう言ったに違いありません。
「あいつも四角くなったよな......」

 もっとも、円滑な統治のためには、四角いほうがよかったのかもしれません。
ほら、四角い仁鶴がまーるく治めまっせ、ともいいますし。

 ただ、そんな仁鶴師匠の思いも届かず、この文字はモンゴル人からも中国人からも「四角くて書きにくいわ!」と不評で、すぐに廃れることに。
ただ、四角いだけあって印章と相性がよかったので、ほぼ印章専用の文字として生き残りました。

 『世界の文字の図典』(吉川弘文館)にすごいのが載ってました。
 17世紀にこのパスパ文字で書かれたダライ・ラマの印章とのことですが、



『世界の文字の図典』(吉川弘文館)より

 もはや文字というより迷路です。

 とまぁ、そんな迷路に迷い込んだモンゴル文字の世界に、新たなキャラが登場するのは17世紀のこと。それがソヨンボ文字だったのです。
 紙幅が、というより根気が尽きましたので、以下次号。

究極の文字の条件
四角いほうが収まりがいい

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松樟太郎(まつ・くすたろう)

「1975年、「ザ・ピーナッツ」解散と同じ年に生まれる。某大学ロシア語科を出たのち、生来の文字好き・活字好きが嵩じ出版社に入社。ロシアとは1ミリも関係のないビジネス書を主に手がける。現在は、ロシアのロの字も出てこないビジネススキル雑誌の編集長を務めつつ、ロシア発のすごいスキルがないかと非生産的なリサーチを続けている。そろばん3級。TOEIC受験経験なし。シリーズ「コーヒーと一冊」に初の単著『声に出して読みづらいロシア人』(ミシマ社)がある。

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