究極の文字をめざして

第19回 文字兄弟/タミル文字

2014.10.25更新

 日本語はどこから来たのかという「日本語系統論」は、多くの人が若いころにだいたい一度ははまるテーマです。
 私も高校時代をこれでつぶし、おかげでスポーツも恋愛も友情も、まったく無縁の青春を送る羽目になりました。
 いや、それが原因だということにしておいてください、後生ですから

 学生時代、「日本語はウラル・アルタイ語族に属している」ということを習った人もいると思います。
 ただ、この説は現在ではほぼ否定されていて、というか、そもそも「ウラル・アルタイ語族なんてものはない」という話になっています。ドラスティックにもほどがあります。
 一方で、「ぽたぽた」とか「てくてく」とか音を繰り返す特徴など、南方系の言語との共通点が多く指摘されていますが、だからといってどこか特定の言語とのつながりが実証されているわけでもありません。
 今ではなんとなく、「南方系の言語がベースにあったところに、北方系の言語がまじりあって今に至るのではないか」みたいなことを言う人が多いようです。

 そんなこんなで「答えがない」だけに、この問題は素人が参入しやすいわけです。
 たとえば日本語の「名前」とドイツ語の「ナーメ」は似ているから、日本語とドイツ語が同系統だ! なんてことも、まぁ言えなくはないでしょう。
 私が読んだ一番トンデモな例は、「聖書に出てくるヘブライ語の人名『サイモン』が、日本語の『左衛門』(ざえもん)の由来だ、というもの。
 そういえば、青森には「キリストの墓」もありますもんね。
 じゃあ、来たのはサイモンじゃなくてイエスだろ、と言いたくなりますが、それ以前にこの説には抜本的な問題が多すぎ、突っ込んだら負けのような気もします。

 そんなこんなで今まで多くの言語との兄弟関係が取りざたされてきましたが、かつて、特に話題になったのが、ある国語学者が唱えた「日本語の先祖はタミル語だ」という説。
 タミル語とは、インド南部の言語の一つ。
 普通に考えれば「インド人もびっくりだよ、はっはっは」と笑い話で済みそうなところ、なにしろ唱えたのが著名な学者だっただけに、大いに話題になりました。

 インド南部のタミル・ナードゥ州を中心に、全世界で七千万人以上によって話されているタミル語。
 下手なヨーロッパの言語よりよほど多くの話者がいる大言語です。

 このタミル人の使っている「タミル文字」がなかなかキュートなんですよ奥さん。
 言ってみれば、「地面からツタがにょろにょろと生えている文字」という風情。

கட்டற்ற கலைக்களஞ்சியமான விக்கிப்பீடியாவில் இருந்து.

 どうでしょう、このにょろにょろ具合。
 デーヴァナーガリー文字などと同じインド系文字なのですが、どうしてこうなった、というくらい違います。

 文字としても(というか、言語としても)なかなかユニークで、たとえば、有声音と無声音の区別がない、つまり「カ」も「ガ」も同じ文字で表される一方、「ラ行」、専門的にいうと流音を表す文字が以下の5つもあるのです。
ர ல ழ ள ற

 つまりタミル語には4つのラがあるわけです。LとRすら区別できない日本人にとってはびっくりです。

 また、「ナ」行に当たる音も5つ。
 なかでもおすすめなのは

 の文字。
 3回転半ジャンプのようにクルクル回ってます。

 うーん、こういうところからも、どう見ても日本語と同じとは思えないのですが......。

 実際、その方の本を読んでも、私のような素人から見ても「そりゃちょっと無理やりでは?」という論が多く、ロマンはあっていいのですが、実際には......という感じです。

 それでも、よく見たら、なんか日本語の仮名に似ている文字を発見!

 の文字、「あ」になんとなくそっくりじゃないですか?

 と、思ったら、この文字「イー」と読むそうです。
 惜しい。

 もしこの文字が「ア」という音だったら、ひょっとして今頃「日本語とタミル語は兄弟だ」などということになっていたかもしれません。

 私は以前、このタミル・ナードゥ州に行ったことがあるのですが、人は穏やかで旅行もしやすく、油断も隙もない北インドとは、本当に同じインドなのかと思うほど、とてもいいところでした。
 まぁ、日本語と兄弟ってことになっていたら、それはそれで悪くなかったのかもしれません。

究極の文字の条件
なんとなく似ている文字があるとうれしい

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松樟太郎(まつ・くすたろう)

「1975年、「ザ・ピーナッツ」解散と同じ年に生まれる。某大学ロシア語科を出たのち、生来の文字好き・活字好きが嵩じ出版社に入社。ロシアとは1ミリも関係のないビジネス書を主に手がける。現在は、ロシアのロの字も出てこないビジネススキル雑誌の編集長を務めつつ、ロシア発のすごいスキルがないかと非生産的なリサーチを続けている。そろばん3級。TOEIC受験経験なし。シリーズ「コーヒーと一冊」に初の単著『声に出して読みづらいロシア人』(ミシマ社)がある。

声に出して読みづらいロシア人

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