ローカルメディアのはなし。

第7回 雑誌Re:Sのこと。その3「情報誌にしない」

2017.02.15更新

 そんな『Re:S(りす)』ですから、どうやって売ればよいのか? 版元であるリトルモアの営業さんや、各地の書店さんをずいぶん悩ませてしまったと思います。

 実は『Re:S』創刊を前に不安で仕方なかった僕は、当時、書店といえばジュンク堂書店だ! と、社長の工藤恭孝さん(ちなみにお父さんの名前が工藤淳でJUNKUDO)にアポイントをいただき、初対面ながらRe:Sの企画書を持参してご相談しにいったことがあるのですが、企画書を見るなり「これは売れへんわ」と即答で言われてしまいました。「なんでもええけど、たとえば金魚マガジン! とか、明確なこういう雑誌です、っていうのがないと売るのは難しい」そう工藤さんは見知らぬ若造にハッキリと言ってくださって、僕は「そらそうやな〜」というがっかり感を味わったと同時に、だからこそ「これでええねん!」と気持ちがより固まりました。だから僕は工藤さんのことをいまでもとても感謝しています。

 Re:S=Re:Standard あたらしいふつうを提案する。工藤さんの言うとおり、そんなぼんやりしたコンセプトの雑誌が売れるわけはないと思いつつも、それでも譲れないものが僕にはありました。
 それは『Re:S』という雑誌を、情報誌にしない、という強い思いでした。大阪という、いち地方から発信していた『Re:S』は、単なる大阪の地元情報誌ではありません。かといって、書店に並ぶ雑誌のように、東京を中心とした情報が載っているわけでもありません。ましてやテレビ情報誌でもカメラ情報誌でも田舎暮らしの情報誌でもない。『Re:S』はいわゆる情報というものからできるだけ離れることを大切にしていました。


 いまではメイドインジャパンなものづくりの代表として、国外でも愛されているスニーカー、広島県福山市発の「スピングルムーブ」。そのものづくりの背景を特集したときも、ではそのシューズがどこで買えるのか? ホームページはあるのか? 住所は? 電話番号は? といった、ふつうあるべきとなっている情報をRe:Sは一切掲載しませんでした。『Re:S』という雑誌がローカルメディアのスタンダードになるためにそれはとても重要なことだったのです。

 実際、電話番号一つ載ってないなんてどういうつもりだ? 的なお叱りのメールをいただいたりしましたが、それらに僕はいちいち全力で返信しました。僕はバカみたく本気であたらしいスタンダードを作りたかった。世の中にある雑誌を見るように『Re:S』を見てもらっては困るのだと。既存の雑誌では当たり前にあるようなものが『Re:S』にはありませんでしたし、その逆もしかりです。それは言ってみれば、都会の仕組みやルールに沿うのではなく、地方からもう一度雑誌を作り直してみるという行為でした。


 いわゆる情報を載せてしまうことで、伝えたいことの本意を、単なるその土地の事例にしてしまいたくなかった僕は、それが広島のことであれどこのことであれ、それはあなた自身の物語であるということが表現したかった。だからこそ僕は意図的に情報から離れたのでした。
 しかしながら、雑誌が売れなくては本末転倒です。こんな『Re:S』でもなんとか書店で健闘できたのは全国の書店員さんのおかげでした。

 少し話が変わるようですが、みなさんがふだん、書店の雑誌コーナーに行かれると、平台の上に何冊も雑誌が積み上げられている姿を見ると思うのですが、次から次へと発行される雑誌たちのなかで、一つの雑誌が平積みされる期間はそう長くありません。

 それぞれがきれいに売り切れては、あたらしい雑誌がやってくるというサイクルであればいいのですが、当然のごとく売り切れる前にあたらしい雑誌はやってくるので、そのほとんどが返本されます。その返本率は、公にされているものでも約4割。実際は6割とも7割とも言われたりします。
 そんなに返本になるなら、どうしてそんなにたくさん刷るのか? その理由の一つは、まさにそうやって平積みしてもらうため。それにはそれなりの物量が必要です。実売部数が3万部の雑誌でも10万部刷らないと平積みしてもらえない。でも3万部売るためにはより目に届くように10万部刷って平積みしてもらわなきゃいけない。この鶏が先か卵が先かという仕組みに、僕は当時ひたすら違和感を感じていました。


 そこで当然のごとく『Re:S』は、まず1万部売りたいのであれば、1万部だけ刷ればいいという選択肢を選ぶわけですが、するとどうなるか? 全国に数多ある書店さんの書棚にまるで家の本棚のごとく背表紙だけが見えるかたちでスッと収められてしまうわけです。なるほどこれでは売れないわけだと、よーーーくわかりました。華やかな雑誌たちが、なんとか平積みしてもらえるように部数を発行するのも、その印刷費を確保するためにしっかりと広告をとるのもよくわかる、と。ところがです......。

 『Re:S』の取材をとおして全国各地を旅していると、ふらり青森に行けば老舗書店の「成田本店」さんがRe:Sの表紙をしっかり面出しして展開してくれているし、新潟のいまはなき「北光社」さんにふらり立ち寄ったときもびっくりするような展開をしてくださっているし、鳥取の大型書店、「今井書店」さんもそう。各地方の書店員さんが、僕たちの雑誌を売ろうとしてくださっていることがわかりました。
 それを見て僕は、無謀なチャレンジでしかなかった、あたらしいローカルメディアとしての『Re:S』に、ようやく手応えのようなものを感じはじめました。

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藤本智士(ふじもと・さとし)

1974年兵庫県生まれ。編集者。有限会社りす代表。雑誌『Re:S』編集長を経て、秋田県発行フリーマガジン『のんびり』、webマガジン『なんも大学』の編集長に。編集・原稿執筆した『ニッポンの嵐』ほか、手がけた書籍多数。自著に『ほんとうのニッポンに出会う旅』(リトルモア)。編著として『池田修三木版画集 センチメンタルの青い旗』(ナナロク社)、近著にイラストレーターの福田利之氏との共著『いまからノート』(青幻舎)など。

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