ローカルメディアのはなし。

第11回 ローカルメディアの弱さ

2017.03.15更新

 秋田のことを書こうと思ったのですが、ちょうど編集協力させてもらった『rakra(ラ・クラ)』というローカル雑誌が発売されたところなので、ここで少しローカルメディアのウィークポイントみたいなことについても書いておこうと思います。

 ミシマガジン読者の多くは、この雑誌をご存知ないと思うのですが、それもそのはず、『rakra』は北東北エリア限定の情報誌。つまり、青森、岩手、秋田の3県で販売されている雑誌です(一部、仙台と東京の書店にも)。しかし、北東北にお住まいのかたなら、コンビニや書店に並ぶ『rakra』を一度は手に取ったことがあるんじゃないでしょうか。

 『rakra』の創刊は先週までいろいろと書いてきた雑誌『Re:S』と同じ2006年。僕は3年で『Re:S』をやめてしまったけど、ひとつの雑誌をこれだけ長く続けられるなんてほんまにすごいなあと尊敬します。


 そんな『rakra』が、昨年より10周年イヤーとして過去の振り返り特集をしたり、別冊を出したりと、さまざまな記念企画を展開されてきたのですが、その最後として、特集30ページを丸っと藤本に任せてしまおうという、もはや真剣なのか、やけくそなのかわからない企画のオファーを受けました。昨年の秋頃のことです。

 そのこと自体はとても光栄で嬉しいことなのですが、『rakra』はいわゆる情報誌。一方僕は、連載7話目に書いたように、情報誌を作ることからずっと距離を置いてきた身なわけです。
 そんな僕が、1号だけとはいえ『rakra』の大事な特集記事の編集を引き受けてもええんやろか? と、一瞬は躊躇したのですが、それでも僕は、滝澤さんという同年代の編集長のオファーに応えてみたいと思いました。


 そもそも『rakra』は、盛岡にある川口印刷という印刷会社が発行している雑誌。
 今回のお話を受けてはじめて会社にうかがったとき、ロビーに古いサザエさんが置いてあるのを見つけた僕は、不思議に思ってその理由を聞いてみると、なんと、作者の長谷川町子さん姉妹が立ち上げた「姉妹社」から出版された『サザエさん』全68巻は、すべて川口印刷(東京支店)で印刷していたとのこと。なんだか妙に気が引き締まる思いがしたのを覚えています。

 そんな川口印刷に新卒で入った現rakra編集長の滝澤さん。
 出版部門があるという理由で就職したものの、すぐに希望の部署に配属されるわけではなく、10年以上印刷営業や制作の仕事をされてきたそうです。そしてようやく『rakra』編集部に異動したのは2012年7月でした。
 その2年後には5代目編集長となったものの、編集者としてまだ経験が浅かったことや、創刊メンバーのお姉さまがたの的確な意見を前に、なかなか思い切ったチェンジができないまま、3年が経ってしまったと言います。だからこそ、10周年というタイミングを前に、これを逃すともう後はない! と感じた滝澤さんは、一度よそ者の僕にすべてを任せてみることで、11年目からの『rakra』のヒントを得たいんだと、語ってくれました。

 それが本当に正しいのか? ということについては、当然のように編集部内で議論されたと思います。
 11年目に向けてあらたなrakra像を見出す。そのことをよそ者に任せるのが本当に答えなの? と。ごめんなさい。ちなみにこれはあくまでも僕の勝手な妄想なんですけど、だけどこの議論はとても正当で健全なものだし、絶対あったと思うんです。
 で、とにかくここで僕が言いたいのは、『rakra』はそんな議論を経つつも、最終的に滝澤編集長のディレクションにかけた、ということ。ローカルメディアは、ふつう、ここ、かけれないんです。


 読者のみなさんにとっては、なんだか他力本願な話だなあと思われるかもしれませんが、僕は違うと思っています。それは、編集者にとってもっとも重要な仕事はディレクションだからです。それはすなわち、采配といってもいいかもしれません。カメラマンは誰がよいか? ライターは誰にするべきか? イラストは誰に描いてもらうとよいのか? そのディレクションを持って編集者はクリエイションするんです。だからこそ、誰に頼むか? ということに、僕たちはとても神経をとがらせます。このもっとも大切といっていいディレクションを多くのローカルメディアは大切にしていません。身近な人、この町に住む人、知り合い、知り合いの知り合い......というふうに。

 今回、滝澤さんはいくら他力本願と思われようが、編集者としてのディレクションの肝に僕を据えたというだけの話だと思うのです。でもだからこそ、僕はそこにプロとしてきっちり応えなきゃいけない。
 何度も言いますが、このあまりに重要な緊張感から遠いのが、ローカルメディアの弱さで、それは元をただせば、本気のディレクションをしていないからです。そういう意味で、今回の『rakra』は、未来へのヒントとなっているかは別としても、とても強度のある特集になっていると思います。

 結果、30ページのはずが、最終的にはいくつかの連載を休載いただいて40ページにもわたる特集を任せてもらいました。ぜひ、読んでもらえたら嬉しいです。そしてちょっとこの勢いで、次回はメディアの「尺」というものについて言及したいと思います。

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藤本智士(ふじもと・さとし)

1974年兵庫県生まれ。編集者。有限会社りす代表。雑誌『Re:S』編集長を経て、秋田県発行フリーマガジン『のんびり』、webマガジン『なんも大学』の編集長に。編集・原稿執筆した『ニッポンの嵐』ほか、手がけた書籍多数。自著に『ほんとうのニッポンに出会う旅』(リトルモア)。編著として『池田修三木版画集 センチメンタルの青い旗』(ナナロク社)、近著にイラストレーターの福田利之氏との共著『いまからノート』(青幻舎)など。

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