みんなのミシマガミュージック

第1回 からだが溶ける至福の体験 ブルガリアン・ヴォイス

2013.04.26更新

 はじめまして、鈴木茂といいます。ミシマ社の創業から半年ほどあとの2007年4月にアルテスパブリッシングという出版社を立ち上げ、おもに音楽をテーマにした書籍をこれまでに60冊ほど世に出してきました。ミシマ社の星野さんから「ミシマガジンの読者にすてきな音楽を紹介して下さい」というご依頼をいただき、最初の原稿を書き始めたところです。

 こういう仕事をしているとよく訊かれる、でもどうにも答えに窮するのが「どんな音楽が好きなんですか?」という質問です。「良い音楽です」では満足してもらえませんし、といって「10代はロックで育って、大学に入った頃からクラシックやモダン・ジャズやサンバや民族音楽を聴くようになって・・・」とイチから説明していたら時間がいくらあっても足りません。「なんでも聴きますけど、アイルランドや北欧の伝統音楽にはずいぶん入れ込みました。ブラジルや日本の新しい音楽もすごく面白いし、人が良いと言ってるものはミーハーになんでも聴きたくなるんです」なんて答えてすませています。

 いろいろな国のいろいろなジャンル/スタイルの音楽の、いちばん美味しいところだけをつまみ食いしているような軽薄なリスナーですが、それでも音楽はぼくにとってかけがえのない、生きていくのに欠かせない大切な養分です。胸が震える、アドレナリンが出る、涙があふれる、鳥肌が立つ(他に適切な表現が見つからないので、ここでは肯定的な意味合いで使っています)・・・自分のからだにそんな反応を引き起こすのは音楽だけです。


4AD版の『ブルガリアン・ヴォイス』

 CDの発売が1987年ですから、コンサートを高田馬場のグローブ座(現東京グローブ座)で観たのは翌年だったでしょうか。あとにも先にも、音楽を聴いてあれほどすさまじい、そして神秘的な体験はしたことがありません。そのとき初めて来日した「ブルガリアン・ヴォイス」は、東ヨーロッパの国、ブルガリアの民謡を歌う女性合唱団です。4ADというイギリスのロック系のレーベルから発売されたCD『ブルガリアン・ヴォイス(ブルガリアの声の神秘)』の曲が、日本のテレビCMに使われて、ブルガリアの民謡は当時ちょっとしたブームになっていました。

 強烈な不協和音に心を鷲づかみにされる1曲目「ピレンツェの唄」から、この世のものとは思えない美しさの「トドラは夢みる」まで13曲。その魔可不思議な合唱の魅力は、中村とうようさん(『ミュージック・マガジン』を創刊した偉大な音楽評論家ですが、惜しくも昨年亡くなりました)をして「人間にはブルガリアの声の神秘を知る人と知らない人の2種類が存在する」と言わしめたほどです。

 必ず合唱で歌われるブルガリアの民謡は、クラシック音楽のベルカント唱法とはまったくちがう、ビブラートをかけないまっすぐで力強く、そして優美な地声と、不協和音を多用する神秘的なハーモニー、それに日本の民謡に似たこぶしなどを特徴とします。1950年代にフィリップ・クーテフという音楽家が、農村で歌われていた曲を採集し、すぐれた声を持つ娘たちをスカウトして作り上げたスタイルです。

 ステージには美しい衣装を身に着けた女性たちが半円をつくって並んでいます。ぼくが座ったのはこじんまりした1階客席のほぼ中央でした。端っこのひとりが顎でちょこっと合図をすると、さりげなくスッと歌が始まりました。

 そこから先のことはよく覚えていません。気がつくと目から涙が溢れて止まらなくなっていました。泣いているわけではなくて、胸がジンとした覚えもないのに、ただ涙が流れてくるのです。その魔法にかかったような気持ちよさといったら、まるで空気をふるわせる音の一粒一粒が全身の皮膚を通りぬけて細胞の中を満たすと、その振動で全身の細胞が溶けだしてしまったかのようでした。

 ブルガリア語の歌詞は単語ひとつの意味すらわかりません。思わず腰が動く強烈なビートが炸裂するわけはありませんし、天才ミュージシャンのスーパープレイもありません。目の前の女性たちは、ときに顔を見合わせては笑みを交わし、楽しくてしかたがないという風情で歌っています。ソロをとる人はいますが、おおかたのパートは合唱ですから、人並み外れたものすごい声の持ち主がいたとしても判別がつきません。

 それなのに涙があふれて止まらないのです。ふと隣を見ると、一緒に来ていた同僚のI君もボロボロと涙を流しています。こんなにもふだん着の、自然体の音楽の、いったいぼくはどこに心を奪われているんだろう? この涙はいったいなんなんだろう? コンサートが終わり、会場をあとにして駅まで歩くあいだ、二人とも一言も言葉を発しませんでした。自分にも理解できない不思議な感動に包まれて、ほとんど呆然としていました。

 それから25年、ずいぶん沢山の音楽を生で聴いてきましたが、このときのような体験は二度としていません。今になって思えば、いくつかの曲の美しい旋律、ふんだんに含まれている倍音成分などが、琴線のどこかに作用したのかもしれません。座席の位置が良くて、女性たちの声を全身で浴びるように聞けたのもよかったのでしょう。それにしてもあの涙は特別です。一生忘れることのできない至福の体験でした。

「第1回 からだが溶ける至福の体験 ブルガリアン・ヴォイス」

『ブルガリアン・ポリフォニー1&2』(ビクター)

 「ブルガリアン・ヴォイス」と銘打ったCDは数多く出ていて、僕の手元には15種類もあります。このときの日本公演(会場は違います)を収めた『ブルガリアン・ポリフォニー1&2』(ビクター)も素晴らしい録音ですが、いちばんのお薦めはやはり、ご紹介した4AD版の『ブルガリアン・ヴォイス』です。今でもインターネットで探せば手に入れることができるので、ぜひ探しだして、ラストの名曲「トドラは夢みる」だけでも聴いてみて下さい。「美しい」という言葉がこれ以上ふさわしい音楽は地球上のどこにもありません。

トドラは夢みる

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鈴木茂(すずき・しげる)

同姓同名の名ギタリストとはもちろん別人です。吉田拓郎とビートルズで音楽にめざめ、中学生のときボブ・ディラン&ザ・バンドのライヴLPを聴いて、生まれて初めて音楽を聴いて鳥肌が立つという体験をする。人生でいちばん大切なミュージシャンはジョン・レノン。いちばん大事な曲はソウル・フラワー・ユニオンの「満月の夕」。とくに好きな楽器はギター(とくにエレクトリック)とドラムなどの太鼓類。高校から吹奏楽のパーカッションを始めたが、今はひたすら聴くだけ。1960年東京生まれ、吉祥寺在住。1984年、音楽之友社に入社。クラシック、ジャズ、ロック、ソウル、ボサノヴァ、アフリカ音楽、レゲエ、アイルランド音楽などなどの雑誌・ムック・書籍の編集に携わり、2006年に退社。同僚だった木村と共同で翌年に株式会社アルテスパブリッシングを創業し、現在に至る。

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