みんなのミシマガミュージック

第2回 阪神・淡路大震災の記憶とともに 「満月の夕」

2013.05.28更新

 今月は、右のプロフィールにもタイトルを挙げている、ソウル・フラワー・ユニオン(以下SFU)の代表曲のひとつ、「満月の夕(ゆうべ)」をご紹介します。

 今から18年ほど前に、阪神・淡路大震災の体験から生まれたこの「満月の夕」は、初めて聴いて以来、ぼくの音楽体験の中でも特別な意味をもつ歌です。

 1995年当時、大阪や京都に住んでいたSFUのメンバーたちは、震災から4週間ほどが経った2月10日を皮切りに、被災者たちが避難生活を送っていた学校や公園などを回って、各地の民謡や戦前の流行歌などを歌う「出前ライヴ」を始めていました。

 まだ電気が通っていませんし、運搬もままなりませんから、エレキ・ギターもドラムセットも、マイクもアンプも使えません。そこで彼らは楽器を三線(さんしん・沖縄の三味線)やアコーディオン、ちんどん太鼓などに持ち替えました。

 演奏する曲目も、子どもからお年寄りまでだれもが楽しめるようにと、「竹田の子守歌」や「コキリコ節」、沖縄民謡の「安里屋ユンタ」、朝鮮民謡「アリラン」、戦前にはやった「カチューシャの唄」「東京節」「聞け万国の労働者」など、ふだん演奏している自作曲とはちがうレパートリーを用意しました。

『ゴースト・ヒッツ93~96』(キューンレコード)

 出前ライヴを始めて間もない2月14日の夜に向かった場所は、ベトナムや沖縄の人も多く暮らす神戸市長田区の南駒栄公園。厳しい冷え込みのなか焚き火を囲んで集まった人々の上空には、大震災の日と同じ満月が、ちょうどひと月の時を経て浮かんでいました。

 その翌日、大阪に戻ったSFUの中心メンバーである中川敬が、ヒートウェイヴの山口洋とともにメロディーを作り、あとからそれぞれに歌詞をつけてできあがったのが、「満月の夕」です。

 風、港、がれき、焚火、焼けあとといった、震災の情景を綴った歌詞。人々の痛みにそっと寄り添うような親しみやすい民謡調のメロディー。随所に挟まれる甲高いお囃子。三線やちんどん太鼓の人間くさい響き──この歌を聴くたびに、歌おうとするそのたびに、懐かしさに似た感情がこみ上げてきて、胸が熱くなります。その懐かしさはアイルランドの民謡やブラジルの老人たちが歌うサンバなどを聴いたときの感情にも似ていて、人間という生き物が生まれた遙か太古の昔の記憶に触れているような気さえするのです。

『満月の夕~90'sシングルズ』(ソニーミュージックダイレクト)

 いま僕らが耳にする音楽の多くは、ある特定の作者がいて、商品として世に出されるものですが、古来、歌は、人々の暮らしや生き死に、労働の中から、自然にしみ出すように生まれ、歌われてきました。

 神戸の公園で被災した人々とともに歌い笑った体験から生まれた「満月の夕」は、震災の記憶とともに地元・神戸の人々に歌い継がれています。だれが作ったのかを知らずに愛している人も数多いはずです。

 こういう歌のあり方を知ってしまうと、恋の悩みを訴えたり、人生を応援してばかりのJ-POPが、なんとも了見の狭いものに思えてきます。歌は、カラオケボックスから飛び出し、世代や国境を越えて歌われてなんぼ、です。

 阪神・淡路大震災から1年が過ぎた1996年1月21日(日)の朝、僕は新幹線で長田区の長田神社に向かいました。SFUの伊丹英子が言いだしっぺとなって開催されたライヴ・イヴェント『つづら折りの宴』に参加するためです。

ソウル・フラワー・モノノケ・サミット『レヴェラーズ・チンドン』(リスペクト・レコード)

 地元の人たちと、SFUファンをはじめ多くのボランティアが支えたこのイヴェントには、多くのミュージシャンが手弁当でかけつけました。SFUは出前ライヴ用の編成、ソウル・フラワー・モノノケ・サミット名義での出演です。

 延べ1万2千もの人が集まったこの日、もっとも胸にしみたのは、やはり中川敬の歌う「満月の夕」でした。

 ヤサホ~ヤ うたがきこえる 眠らずに朝まで踊る
 ヤサホ~ヤ 焚火を囲む 吐く息の白さが踊る
 解き放て いのちで笑え 満月の夕
             (作詞:中川敬)

 ひとつの歌が新たな命を得て世に生まれおちた、その土地でその歌を聴く。いまの日本では難しくなってしまった貴重な体験を、足もとから這い上がってくる強烈な冷気に震えながら、僕はかみしめていました。

 「満月の夕」には、勇壮なエイサー太鼓が加わったものや、アイルランドのミュージシャンとの共演など、数多くの録音がありますが、中川敬はどの録音でもいつのライヴでも、元のメロディーを崩さずに歌っています。そこに僕は、この歌はもはや自分の歌ではない、歌は本来だれのものでもない=だれのものでもあるのだ、という彼の意識を感じます。

 その最初のシングル・ヴァージョンは、生まれたてのみずみずしさが感じられて、いちばん好きな録音です。今は2種類のベスト盤で聴くことができますが、ライヴに足を運んで、生で体験していただけたら、なお言うことはありません。

満月の夕

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鈴木茂(すずき・しげる)

同姓同名の名ギタリストとはもちろん別人です。吉田拓郎とビートルズで音楽にめざめ、中学生のときボブ・ディラン&ザ・バンドのライヴLPを聴いて、生まれて初めて音楽を聴いて鳥肌が立つという体験をする。人生でいちばん大切なミュージシャンはジョン・レノン。いちばん大事な曲はソウル・フラワー・ユニオンの「満月の夕」。とくに好きな楽器はギター(とくにエレクトリック)とドラムなどの太鼓類。高校から吹奏楽のパーカッションを始めたが、今はひたすら聴くだけ。1960年東京生まれ、吉祥寺在住。1984年、音楽之友社に入社。クラシック、ジャズ、ロック、ソウル、ボサノヴァ、アフリカ音楽、レゲエ、アイルランド音楽などなどの雑誌・ムック・書籍の編集に携わり、2006年に退社。同僚だった木村と共同で翌年に株式会社アルテスパブリッシングを創業し、現在に至る。

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