みんなのミシマガミュージック

第3回 踊りださずにはいられない アフリカのポップス

2013.06.27更新

 こんにちは、アルテスパブリッシングの鈴木です。「みんなのミシマガミュージック」、最初の2回は心とからだに染みいる美しい歌をご紹介しました。今月は、腰がむずむずして踊りださずにはいられなくなるアフリカのポップスを聴いていただきましょう。

 なにしろ広い大陸ですから、アフリカのポップスと一口で言っても、地域や国、民族ごとに多種多様なスタイルやジャンルがあり、ナイジェリアのキング・サニー・アデやフェラ・クティ、マリのサリフ・ケイタ、コンゴ(旧ザイール)のパパ・ウェンバ、ジンバブウェのトーマス・マプフーモ、南アフリカのマハラティーニなどなど、長い歴史のなかで数多くの巨星が生まれてきました。なかでもアフリカ西岸の国セネガルのユッスー・ンドゥール(Youssou N'dourと綴ります)は、自ら「ンバラ」というスタイルを作りだして、80年代半ばから世界的に活躍するアフリカ最高のスーパースターです。



 僕は80年代に二度、大きな音楽イヴェントで来日したユッスーをライヴで体験して、まったく未知のサウンドと、ユッスーのよく伸びるハイトーンのヴォーカルに衝撃を受けました。その後全世界に向けて発表された『ザ・ライオン』『セット』という2枚のアルバムは、その衝撃をさらに上回る大傑作でしたから、90年に初めて実現した単独での来日公演には期待と緊張でどきどきしながら出かけました。

 五反田ゆうぽうとホールのステージに自身のバンド「スーペル・エトワール」と共にユッスーが登場すると、いきなりダンサブルな曲でガツンとかますのかと思いきや、最初に鳴り響いたのは静かなシンセサイザーのサウンドでした。その瞬間なぜか、このライヴはすごいことになる、と確信したのをよく覚えています。

 エレキ・ギター、ベース、シンセサイザー、ドラムセットに加えて、タマ(トーキング・ドラム)やサバール、ジャンベといった伝統的な打楽器を配したバンドは、すべてがリズム楽器と化し、それぞれが微妙に異なるビートを精妙に刻みながら、よくしなるムチのようにしなやかで強靱なグルーヴを叩きつけてきます。その前へ前へと突っ走るスピード感、疾走感には、世界最高! と叫びたくなる気持ちよさ。極上のアンサンブルが生み出すめくるめくリズムの奔流を浴びていると、腰というか尾てい骨の上あたりがむずむずしてきて、どうにもこうにもじっとしていられなくなります。

 といっても、ふだんから音楽を聴いて踊りまくることのない僕には、壊れた人形のようにギクシャクした女性ダンサーや、腰がカクカクと動く柔らかで楽しそうなダンスは、とうてい真似できないのですが。

 そして、どこまでもよく伸びて天空を突き抜けてしまいそうな、ユッスーのハイトーン・ボイス。セネガルでもっとも使われているウォロフ語の独特の響きもじつに魅力的です。歌詞対訳を読まないとわかりませんが、貧困や飢餓、独裁といったアフリカの厳しい現実を直視しながら、新しいアフリカを作り自立していこうと訴える歌声には、気高く誠実な知性がにじみ、胸を打たれます。

 ユッスーは1959年に首都ダカールで、西アフリカの語り部であるグリオの家系に生まれました。グリオとは、文字をもたなかったアフリカ文化のなかで、歴史を伝えたり、さまざまな儀式を司ったり、あるいは名家の誉れを讃えたり、といった重要な役割を果たす世襲の音楽家です。ユッスーはそんなグリオの伝統をモダンに蘇らせた希有なミュージシャンのひとりと言えるかもしれません。

 ユッスーに魅了された僕は、延べ10回以上のライヴを体験してきましたが、いちばん至福だったのは、90年代半ばにオーストラリアのアデレードで開かれた音楽フェスティヴァル「WOMAD」に出かけたときです。毎日メインのステージを務めるユッスーのライヴを、夜に昼に3日間連続で楽しめたのですから。ステージ下の至近距離で見ることのできた、ユッスーの躍動感や、アッサヌ・チァムをはじめとするバンド・メンバーたちの楽しそうな笑顔は忘れられません。

 最初に挙げた2枚のCDのほか、2002年の『NOTHING'S IN VAIN』もすばらしいアルバムです。また、手っ取り早く彼らの魅力を体験するには、なにしろライヴが一番。DVDも良いものが出ていますし、YouTubeには音質も画質も良いパリでのライヴ映像がアップされています。その中から、世界に一躍ユッスーの名を知らしめた名曲「Set」のパートをまずどうぞ。

 6分20秒あたりから始まる終盤、5人の打楽器奏者による怒濤のリズムのすさまじさといったら!


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鈴木茂(すずき・しげる)

同姓同名の名ギタリストとはもちろん別人です。吉田拓郎とビートルズで音楽にめざめ、中学生のときボブ・ディラン&ザ・バンドのライヴLPを聴いて、生まれて初めて音楽を聴いて鳥肌が立つという体験をする。人生でいちばん大切なミュージシャンはジョン・レノン。いちばん大事な曲はソウル・フラワー・ユニオンの「満月の夕」。とくに好きな楽器はギター(とくにエレクトリック)とドラムなどの太鼓類。高校から吹奏楽のパーカッションを始めたが、今はひたすら聴くだけ。1960年東京生まれ、吉祥寺在住。1984年、音楽之友社に入社。クラシック、ジャズ、ロック、ソウル、ボサノヴァ、アフリカ音楽、レゲエ、アイルランド音楽などなどの雑誌・ムック・書籍の編集に携わり、2006年に退社。同僚だった木村と共同で翌年に株式会社アルテスパブリッシングを創業し、現在に至る。

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