みんなのミシマガミュージック

第11回 沖縄に連れて行ってくれる音楽

2014.03.27更新

 こんにちは、アルテスパブリッシングの鈴木です。

 先月の北海道から一気に南に下って、今月は前々からリクエストされていた沖縄の音楽をいくつか紹介してみようと思います。

 安室奈美恵を筆頭にアイドルからパンク・バンドまで、沖縄からは数多くのスターが生まれていますが、ここで聴いていただくのは「島唄」と呼ばれる民謡とその系譜に連なる音楽です。

 まず最初に、とても美しいメロディーをもつ名曲「イラヨイ月夜浜」を、大島保克(やすかつ)さんの歌で聴いてください。

♪「イラヨイ月夜浜」


 月明かりに照らされる浜辺で歌や踊りに興じる光景を歌ったこの歌には、長いあいだ人々に歌い継がれてきたかのような風格がありますが、詞を書いたのは大島さん本人で(20年ほど前の発表当時、まだ20代の前半だったはず)、作曲したのは人気グループ、BEGINの比嘉栄昇です。
 初めて聴いたとき、きれいなメロディーと、「イラヨイマーヌ」という言葉が印象的な歌詞、凛とした清潔感のある歌声に一発で惚れ込んでしまいました。
 大島さんは1969年生まれ。沖縄本島ではなく、台湾に近い八重山諸島のひとつ、石垣島は白保(しらほ)で育ちました(比嘉栄昇も同じ白保の出身で、二人は高校の同級生です)。
 この「イラヨイ月夜浜」はデビュー・アルバム『北風(ニスィカジ)南風(ハイカジ)』のあとも何度か録音されていて、4回目にご紹介したアイルランドのアルタンのメンバーと共演したバージョンもあります(2005年のアルバム『島めぐり』に収録)。
 沖縄の人とアイルランドの人はどうもウマが合うようで、大島さんもダブリンを訪ねたときに土地にも人にもすぐになじんだそうですし、沖縄を訪れたアイルランドのミュージシャンからも似たような感想を聴いたことがあります。北と南という風土の違いこそありますが、時間にうるさくないこと、酒にめっぽう強いこと、伝統的な音楽が生活に根付いていること、音階が近いこと、などなど、確かに共通点が多いんですよね。片や大英帝国、片やヤマトから虐げられてきた長い歴史をもっていることも挙げられるでしょう。

 大島さんが弾いている三線(さんしん)という楽器は、その名の通り3本の弦をもつ、沖縄を象徴する楽器です。三味線とちがって蛇の皮を胴体に張るため「蛇味(皮)線=じゃびせん」とも呼ばれていたようです。
 三味線と同じく響きに雑味があって、聞き慣れないと音程がとりづらくて頼りなく感じられるかもしれませんが、一音鳴らしただけでとたんにその場の空気を一変させ、いきなり遠く沖縄に連れて行ってくれる、とてつもない力を秘めた楽器だと思います。
 昭和から平成にかけて活躍した三線の名人には、登川誠仁(のぼりかわ・せいじん)、嘉手苅林晶(かでかる・りんしょう)などがいて、この二人はぼくもかろうじて生の演奏に接することができました。
 Youtubeに登川さんの速弾きを堪能できる映像がありました。曲は「嘉手久(節)=かでぃくー(ぶし)」です。

♪「嘉手久(節)」

 後半スピードを増していく三線もすさまじい名人芸ですが、その上にゆったりと乗る節回しとの絶妙なコンビネーションも絶品ですね。登川さんのことは映画『ナビィの恋』でご覧になった方もいるかもしれません。琉球民謡協会の会長を務めたほどの重鎮ですが、この映像の最後にちらっと移る笑顔が親しみやすいお人柄を忍ばせます(これ、ご自宅での撮影じゃないでしょうか?)。戦後の沖縄音楽界の生き字引的存在で、耳で覚えたでたらめ英語で歌う「ペストパーキンママ」など軽妙な芸でも人気を博しました。

♪「ペストパーキンママ」

 ソウル・フラワー・ユニオンの中川敬(第2回をご覧下さい)とも交流があり、『スピリチュアル・ユニティ』というアルバムを一緒に作っています。名人芸をCDで聴くならまず『美ら弾き 沖縄島唄』(ビクター)をどうぞ。

 さて、沖縄の音楽はNHKの連続テレビ小説『ちゅらさん』でブームとなったようですが、ぼくがその魅力に目覚めたのはその10年以上前、90年代の初頭に「ウチナー・ポップ」(ウチナーは沖縄のこと)と呼ばれる新しいバンドやミュージシャンたちが続々と登場したときのことです。
 70年代に「ハイサイおじさん」をヒットさせ、「すべての人の心に花を」で広く知られるようになった正真正銘の天才・喜納昌吉(きな・しょうきち)も沖縄の音楽を知る上では欠かせない人ですが、ここでは90年代に沖縄の音楽界を牽引したグループ、りんけんバンドを聴いてください。

♪「ふなやれ」

 作詞は桑江良奎、作曲はバンドのリーダー、照屋林賢(てるや・りんけん)で、「イラヨイ月夜浜」と同じく現代に作られた新しい曲です。かつて500年以上続いた進貢船(琉球から中国皇帝への貢ぎ物を運んだ船)が波を切って大海原をゆく様と、家族と別れて船に乗り込んだ人々の切なさを雄大なスケールで描いた名曲。上原知子さんのキリッと引き締まった歌声にもただ聞き惚れるしかありません。
 もう1曲、彼らの最初のヒット曲で、打って変わってユーモラスな「ありがとう」もライヴ映像でお楽しみください。

♪「ありがとう」

 さきほどの「ペストパーキンママ」を登川さんと一緒に歌っていた照屋林助を父にもつ林賢さんは、演奏や作曲・編曲に優れた才を発揮しつつ、本島中部の北谷(ちゃたん)に自前のスタジオを建てたり、レーベルを立ち上げるなど、沖縄音楽界全体の振興を図ってビジネスマンとしても手腕を発揮しています。

 というわけで今月は、沖縄音楽のほんのごく一部をご紹介しました。沖縄には宮廷音楽の豊かな伝統もありますし、もっと広く深く知りたいという方は、金城厚『ウチナーンチュのための沖縄音楽入門』(音楽之友社)、松村洋『唄で聴く沖縄』(白水社)、藤田正『沖縄は歌の島』(晶文社)、同編『ウチナーのうた』(音楽之友社)といったガイドブックをぜひ紐解いてみてください(どの本も絶版ですが中古で入手できそうです)。

 では最後は、にぎやかなカチャーシーでお終いにしましょう。嘉手苅林晶さんの演奏と唄で、宴席やイヴェントの締めといえばこの曲、という定番「唐船(とうしん)ドーイ」。

♪「唐船ドーイ」

 もうひとつ、こちらは勇壮なエイサー太鼓による映像もどうぞ。

♪「唐船ドーイ」

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鈴木茂(すずき・しげる)

同姓同名の名ギタリストとはもちろん別人です。吉田拓郎とビートルズで音楽にめざめ、中学生のときボブ・ディラン&ザ・バンドのライヴLPを聴いて、生まれて初めて音楽を聴いて鳥肌が立つという体験をする。人生でいちばん大切なミュージシャンはジョン・レノン。いちばん大事な曲はソウル・フラワー・ユニオンの「満月の夕」。とくに好きな楽器はギター(とくにエレクトリック)とドラムなどの太鼓類。高校から吹奏楽のパーカッションを始めたが、今はひたすら聴くだけ。1960年東京生まれ、吉祥寺在住。1984年、音楽之友社に入社。クラシック、ジャズ、ロック、ソウル、ボサノヴァ、アフリカ音楽、レゲエ、アイルランド音楽などなどの雑誌・ムック・書籍の編集に携わり、2006年に退社。同僚だった木村と共同で翌年に株式会社アルテスパブリッシングを創業し、現在に至る。

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