みんなのミシマガミュージック

第14回 ユーミンとホーミー 倍音の歌い手

2014.08.15更新

 音楽にかぎらず小説や映画でも、大ヒットして売れれば売れるほど興味をなくすという天の邪鬼なもので、たとえば宇多田ヒカルのように、あとになってその恐るべき才能を知って慌てることも珍しくないのですが、井上陽水、サザンオールスターズ、中島みゆき、山下達郎、玉置浩二、あるいは佐野元春、布袋寅泰などなど、国民的なスターとなっている「ニューミュージック」以降のポップ・ミュージシャンは、ひととおり生で体験しています。「ニューミュージック」の代名詞とも言えるユーミン=松任谷由実(デビュー当時は荒井由実)のライヴも代々木のオリンピックプールでのライヴを90年代のはじめに観ました。

 そのときちょっとした衝撃を受けたのは、ユーミンの「声」の力でした。ご存じのとおりいわゆる美声とはほど遠い、ちょっとビブラートがかかった独特の声はデビュー当時も衝撃を与えたようですが、生で聴くとじつに心地よくからだに響いてくるのです。メロディーや歌詞の魅力はCDでも充分に理解できますが、あの声が生で聴くとこんなに気持ちの良いものだったとは! とびっくりさせられたのでした。

 その数年後、彼女のモンゴルへの旅を追ったNHKのドキュメンタリー番組を見て、自分の体感が裏付けられました。
 ユーミンはこの番組で(検索してみると、1996年11月23日に放映された「松任谷由実モンゴルをゆく〜神秘の歌声『ホーミー』への旅〜」とわかります)、中央アジアのモンゴルやトゥバ共和国などアルタイ山脈周辺に伝わる伝統的な歌唱法=ホーミー(ホーメイ、フーメイなど地域によって呼び名が違います)の名人を訪ねます。現地で録ったホーミーの音響を専門家が測定・分析してユーミンの声と比べてみると、なんと両者の倍音の分布具合がじつにそっくりだったのです。「ああ、なるほど!」と僕は強く膝を打ったのですが、ホーミーを知らないとなんのことやらですよね。

 ネットを探してみたところ、トゥバ共和国を代表するグループで世界的に活躍しているフーン・フール・トゥ(Huun Huur Tu。なんと先月4度目の来日を果たしたばかりでした)のホーメイが見事でしたのが、なにはともあれ、このカリフォルニアでのライヴ演奏を聴いて下さい。
 6分24秒からのソロ・パートで、低い唸り声とともにホーメイならではのヒュルヒュルと鳴る笛のような高い音を発しているのがはっきり聞き取れます(歌い手はちょっと朝青龍に似てませんか?)。

♪Huun Huur Tu - Ancient Shamanic Rock 1

 もうひとつ、こちらもトゥバ共和国のホーメイ。1:23:34から静止画像とともに「Kyrgyraa」という曲が聴けます。

♪1 Hour OF Tremendous 呼麦 Tuvan Throat Singing

 フーン・フール・トゥの演奏は一度だけ渋谷で見ることができましたが、一人の喉からふたつの音が聞こえてくるこのホーメイ(ホーミー)を聴いていると、天空の星を眺めながら宇宙の途方もない宏大さに思いを馳せているうちに気が遠くなってくるのと似た、なんとも厳かな、神秘的な感動に襲われます。

 倍音(基音の整数倍の周波数の音のこと)を精妙に操るこの神秘の歌声については、内田樹さんも村上春樹を論じたブログ「倍音的エクリチュール」で「天から降ってくる声」と形容しています(このテキストはアルテスの創業1冊目となる『村上春樹にご用心』にも採録しました)。

 倍音の不思議は、それが「天から降ってくるように聞こえる」という点にある。
 どうしてかというと、同一音源から二つ以上の音が同時で聞こえてくるからである。
 ところが、私たちの脳は「同一音源は一つしか音を出さない」ということをルールに聴覚情報を編制している。
(中略)
 だから、脳は倍音を「ここではない他の場所」から到来した音であると判断する。でも、「ここではない他の場所」なんて現実には存在しない。
 倍音はそれゆえ原理的に「天使の声」として聴き取られることになるのである。
(中略)
 私は音楽に限らず、あらゆる芸術的感動は倍音経験がもたらすのではないかと考えている。

 ユーミンがホーミーと同じように2つの音を同時に発しているわけではありませんが、彼女の歌声がもつ倍音成分のある種の構成がホーミーと同質の快感を脳にもたらしていることは間違いありません。また、あくまで感覚的なものですが、ユーミンにかぎらず、中島みゆきや井上陽水の声も似たような性質を持っているように思います。さらに言えば、いま現在テレビで活躍している歌い手には、豊かな倍音成分を含んだ声をもつ人がとても少ないように感じるのですが、いかがでしょうか?

 となると、倍音がどのように構成されれば最も強く人間の脳とからだが喜ぶように作用するのかが知りたくなりますが、そもそもそういう研究がなされているのかどうか、まずはNHKの番組で活躍した大橋力(つとむ)さんの著書をあたってみたいと思います。

 ホーミー(ホーメイ)は目の前で聴いた体験が強烈すぎて(日時も歌い手の名前も覚えていませんが、下北沢のジャズ・バー「レディ・ジェーン」で至近距離で聴いたソロ・パフォーマンスも強烈でした)、録音で聴こうという気になれないものですから、良いCDを知らないのですが、フーン・フール・トゥ(Huun Huur Tu)のアルバムはAmazon.comでも何枚か入手可能ですし、キングビクターから発売されている民族音楽シリーズのCDも良さそうです。ネット上で試聴もできますので、ぜひトライしてみて下さい。


PS:
この原稿を書くために検索していたら、ユーミンの番組はもちろん、倍音の説明や大橋力の名前も出てくる「ボーカリストの声について」という卒業論文に行き当たりました。書き手はなんと内田樹ゼミの学生さんでした!^^

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鈴木茂(すずき・しげる)

同姓同名の名ギタリストとはもちろん別人です。吉田拓郎とビートルズで音楽にめざめ、中学生のときボブ・ディラン&ザ・バンドのライヴLPを聴いて、生まれて初めて音楽を聴いて鳥肌が立つという体験をする。人生でいちばん大切なミュージシャンはジョン・レノン。いちばん大事な曲はソウル・フラワー・ユニオンの「満月の夕」。とくに好きな楽器はギター(とくにエレクトリック)とドラムなどの太鼓類。高校から吹奏楽のパーカッションを始めたが、今はひたすら聴くだけ。1960年東京生まれ、吉祥寺在住。1984年、音楽之友社に入社。クラシック、ジャズ、ロック、ソウル、ボサノヴァ、アフリカ音楽、レゲエ、アイルランド音楽などなどの雑誌・ムック・書籍の編集に携わり、2006年に退社。同僚だった木村と共同で翌年に株式会社アルテスパブリッシングを創業し、現在に至る。

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