みんなのミシマガミュージック

第16回 土地に根ざして歌い継がれる歌 ヴェーセンと松田美緒

2014.11.21更新

 こんにちは、アルテスパブリッシングの鈴木です。先月は和田誠さんの装丁集を作るのに手一杯でお休みしてしまいました。今月は今月で、僕らにとって初めての音楽CDを出すのでテンパっていたのですが、そのCDをどうぞ紹介してくださいと担当の星野さんから優しいお言葉をいただいたので、自分で手がけたものを自分で褒めて薦めるという厚かましいことになりますが、どうぞおつきあいください。

 その前に、我らがヴェーセンが、今月というか今まさにスウェーデンから日本にやってきてるんです! といってもなじみのない方が多いでしょうけど、ヴェーセンというのは北欧の伝統音楽界を代表するトップ・グループで、10年前の初来日以来、日本ツアーも今度ですでに8回目を数えます。日本での人気のほどがわかりますよね。
 グループ名は「Väsen」と綴ります。英語のspiritやessenceにあたるスウェーデン語です。第一人者ウーロフ・ヨハンソンの弾くニッケルハルパ、ミカエル・マリーンのヴィオラ、そしてローゲル・タルロートの12弦ギター。この3人の織りなすアンサンブルのかっこいいことといったら。
 ニッケルハルパはスカンジナビア半島だけで古くから演奏されているとてもユニークな擦弦楽器で、見るからにややこしげな作りですが、大きな特徴は左手で操作するバーの先に付いた突起で弦を押さえて音程を変えることと、まったく触ることのない共鳴弦が常に響いていること。
 まあとにかく動画をご覧いただきましょう。好きな曲がいっぱいありすぎて迷いますが、スピード感あふれる〈Hasse A's〉のライヴ演奏をどうぞ。

https://www.youtube.com/watch?v=wRDzdOy_hCk

 もう1曲、ローゲルが書いた子守唄で、多くの人に演奏されている名曲〈Josefin's Waltz〉。イントロの和音をギターが鳴らしたとたんに涙腺がゆるみます。

https://www.youtube.com/watch?v=-NtrWc8esKY

 演奏の前にウーロフが「この楽器の名前は"ニッケルハルパ"。覚えましたね? もう二度と僕に訊かないでね」と会場を笑わせてますね。
 残る公演は今晩の福岡だけとなってしまいましたが、新しいライヴ/アルバム(DVDとセット)も発売されますし、詳しくお知りになりたい方は詳しくはミュージックプラントのサイトをご覧になってください。

 会社を辞めてぶらぶらしていた8年前には、ヴェーセンの3人が住む街ウプサラまで訪ねて、一緒にサッカーのワールドカップ観戦を楽しんだり、お寿司をごちそうになったりして楽しく過ごしたりもしたのですが、あるとき東京でのライヴ後の打ち上げの席で、おもむろにスウェーデンの「Drinking Song」を3人で歌ってくれたことがあります。お返しに日本の酒呑み歌を歌わなくちゃ! でも何を歌えば? と数人で思いついたのは〈黒田節〉。とはいえ歌詞が出てこない......と四苦八苦。

 といった具合に、海外の人から「日本の歌を歌ってくれ、教えてくれ」と言われるとほんと困るんですよね。サザンとか宇多田ヒカルとかPerfumeとかAKBとかじゃなくて、音楽産業とは無縁の、もっと生活に根付いた、庶民が長く歌い継いできた歌......でも東京で生まれ育った僕には童謡や唱歌、あるいは「ずいずいずっころばし」のような遊び歌ぐらいしか思いつきません。
 たとえば4回目でご紹介したアイルランドのトラッドのような、あるいは11回目の沖縄の島唄のような、そんな歌がどうして僕らにはないんだろう? 「ワールド・ミュージック」という言葉とともに入ってきた世界各地の民衆の歌、庶民の歌を知れば知るほど、そういう問いは強くなるいっぽうなのでした。

『クレオール・ニッポン うたの記憶を旅する』松田美緒(アルテスパブリッシング)

 それはミュージシャンにしても同じことで、自分の暮らす土地に根ざし、その土地の人々に歌い継がれる歌、なおかつ同時代の人々が楽しめる歌を作りだそうと、じつに多くの試みや挑戦がなされてきました。今回ご縁あって僕らがCDを制作・発売することになった歌手・松田美緒さんは、その問いにひとつの答えを見つけた歌い手です。

 彼女の新しいアルバム『クレオール・ニッポン うたの記憶を旅する』は──CDと書籍を併せたCDブック形式です──その土地の人以外には知られていなかった日本各地の民謡や古謡を集めて、ピアノ、パーカッション、ウッドベース、サックスとともに歌った14曲を収めたものです。

 まずはとにかく1曲聴いていただきましょうか。太平洋はミクロネシアの島から小笠原の父島に伝わった「レモングラス」という美しく愛らしい歌のプロモーション・ビデオを公開していますので、それをどうぞ。

 どうでしょう? いわゆる民謡とはずいぶん趣のちがう、美しく愛らしい曲と歌と演奏ですよね。

 もうひとつ、アルバムをダイジェストしつつ、各地での取材の様子などを交えたドキュメンタリー・ビデオがこちらです。

 彼女はこれまでポルトガル語やスペイン語、あるいはカーボヴェルデのクレオール語などラテン圏の歌を中心に歌ってきました。ボサノヴァのアントニオ・カルロス・ジョビンの作品集も発表していますし(『カンタ・ジョビン』)、ウルグアイやアルゼンチンなどのミュージシャンとも数多く共演を重ねています。

 アフリカ大陸の西側、太平洋に散らばる島国カーボヴェルデのテレビ番組に出演したときの映像や、

 リスボンのカーボヴェルデ協会で「サイコー」(日本の漁師が伝えた「最高」という言葉が入った現地の歌)を歌ったときの映像

 で、そうした活動の一端を知ることができます。

 そうやって世界を歩くなかで、ポルトガル語圏の歌のみならず、アメリカのネイティヴ・インディアンや南米のインディオの歌にも共通して感じる懐かしさ──ブラジルでいう「サウダーヂ」を感じさせる日本の歌はないのだろうか? と考えるようになったのが、今回のプロジェクトを始めるきっかけとなりました。

『クレオール・ニッポン』で歌っているのは、長崎県の伊王島に伝わるキリシタンの歌や、四国は徳島の山深い里で歌い継がれている木樵の歌などなど、わずかに残されている録音や資料で出会い、探し求めた歌ばかり。現地でも90歳を超えるようなお年寄りたちしか覚えていない歌を口伝えで教わった例も少なくありません。また、ブラジルやハワイに移民した日本人が作り歌っていた歌には、古来より海を越えて自在に行き来してきた日本人たちの歴史がつまっています。


 美緒さんが丹精を込めて書き下ろした本のほうには、彼女が歌を探して訪ね歩いた旅と出会いの記録と、歌の歴史や背景を調べた研究の成果がたっぷり綴られています。

 雄大な景色がサーッと目の前に開けるような清々しい「山子歌」に始まって、ラスト「祖谷の草刈り節」まで、編集作業を続けながら何十回聴いたかわかりませんが、そのたびに惚れ惚れしながら聴き入ってしまう──そんな音楽を自分たちの手で世に送り出せることに、本作りとはまた違った喜びと手応えを感じています。音楽だけでなく、文章もイラストも写真も、そしてデザインも、すべてが素晴らしい作品になりましたので、一人でも多くの方に耳を傾けページをめくっていただけたら嬉しいです。

「祖先の生活を受け継ぐ人たちの日本、海のむこうの文化と融合する日本、世界に出て行った人たちの日本......その風景はさまざまだが、これらの歌のどれをとっても、日本の人びとが自然と共にある暮らしのなかで歌をうたっていた時代を憶えている。歌をめぐる物語から、多様な日本がみえてくる。『クレオール・ニッポン』の旅へ、ようこそ。」(「はじめに」より)

 そして、12月4日(木)には杉並区永福町のsonoriumというホールで発売記念コンサートも開催しますので、よかったらぜひ足をお運び下さい。

『クレオール・ニッポン──うたの記憶を旅する』の曲目や参加ミュージシャンなど詳細はアルテスのブログでどうぞ!

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鈴木茂(すずき・しげる)

同姓同名の名ギタリストとはもちろん別人です。吉田拓郎とビートルズで音楽にめざめ、中学生のときボブ・ディラン&ザ・バンドのライヴLPを聴いて、生まれて初めて音楽を聴いて鳥肌が立つという体験をする。人生でいちばん大切なミュージシャンはジョン・レノン。いちばん大事な曲はソウル・フラワー・ユニオンの「満月の夕」。とくに好きな楽器はギター(とくにエレクトリック)とドラムなどの太鼓類。高校から吹奏楽のパーカッションを始めたが、今はひたすら聴くだけ。1960年東京生まれ、吉祥寺在住。1984年、音楽之友社に入社。クラシック、ジャズ、ロック、ソウル、ボサノヴァ、アフリカ音楽、レゲエ、アイルランド音楽などなどの雑誌・ムック・書籍の編集に携わり、2006年に退社。同僚だった木村と共同で翌年に株式会社アルテスパブリッシングを創業し、現在に至る。

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