みんなのミシマガミュージック

第18回 これは"日本の"アイリッシュ・ミュージックです

2015.03.18更新

 こんにちは、アルテスパブリッシングの鈴木です。先月は2冊の新刊と電子版雑誌の3月号をほぼ同時に校了〜入稿するはめになって(段取りがわるい!)、土日に0歳の息子を連れて奥さんと事務所にこもったり。そんな仕事以外なにもできない日々からようやく抜け出したところです。

 その2冊のうちの1冊が『アイルランド音楽 碧(みどり)の島から世界へ』という、アイルランドの伝統音楽の歩みをたどる本なので、このところずっとアイリッシュ・モードが続いています。本にはアイルランド音楽を演奏する日本のミュージシャンの皆さん8組から音源をご提供いただいて、コンピレーションCDを付けることができました。

 3月中旬はちょうどセント・パトリック・デイのお祭り。これは5世紀にアイルランドにキリスト教を広めた司教を記念したもので、東京もあちこちがシンボル・カラーの緑に染まりました。表参道でのパレードや代々木公園でのイヴェント、アイリッシュ・パブやライヴハウスなどで引っ張りだこだったのが、その日本の、とくに20代、30代の若いミュージシャンたちです。

 ぼくがアイルランド音楽にはまり始めた90年代初頭にはまったく想像できなかったのですが、ゲームの『ファイナルファンタジー』や映画『タイタニック』などでアイルランド音楽と出会い、本国にも出かけ、レッスンを受け、演奏活動を続けているすばらしいミュージシャンたちがこの10年ほどのあいだに急速に増えています。
 東京藝術大学の大学院生だった豊田耕三さんがケルト音楽同好会(現在はケルト音楽研究部)を立ち上げたのが2005年の4月。
「芸大生がアイリッシュ? そりゃたしかに技術はあるだろうけど・・・」
なんて戸惑いつつびっくりしたものです。いまや数多くの大学にアイリッシュ/ケルト音楽の同好会があり、横のつながりも生まれています。

 と、前置きが長くなりましたが、そんな中から、ではまずフルート/ティン・ホィッスルの豊田耕三さんが参加しているグループ、O'Jizo(おじぞう)のパブでの演奏を公式サイトの映像で聴いてもらいましょう。

♪O'Jizo/Three G

 メンバーはアコースティック・ギターの長尾晃司さんとブズーキ(ボディが丸っこいほう)の中村大史さん、それにゲストのフィドル(ヴァイオリンをこの世界ではこう呼びます)中藤有花さん。終盤にテンポが上がってくると思わずからだを動かし始めるお客さんたちが楽しそうです。

『旅にまつわる物語』tricolor

 ぼくの地元吉祥寺のアイリッシュ・パブ「サリヴァンズ」での様子もYoutubeにあがっていました。手前にはギネス・ビールのパイント・グラス、足をドンドンと踏みならしながら、楽器を持ち替えながらの演奏です。9分頃から豊田さんがソロで叩いているのは、アイルランド独特の片面太鼓「バウロン」です。

 その長尾さん、中村さん、中藤さんが3人で作ったグループがtricolor(トリコロール)。ちょうど今月、新しいアルバム『旅にまつわる物語』を発表したばかりの彼らは、NHK連続テレビ小説『マッサン』の音楽を担当したので、音を聞いている方も多いはずです。

♪tricolor/last autumn

 この曲では長尾さんはバンジョーを弾き、ゲストに梅田千晶さんのハープ(アイルランドの公式紋章にもなっている楽器です)、野口明生さんのイーリアン(イルン)・パイプ(バグパイプの一種)が加わっています。

 梅田さんはパイプ/ホィッスルの中原直生さんとのデュオ「生梅」を組んでいますし、ギターの中村さんはjohn john festivalやO'Phan(おーふぁん)にも参加、長尾晃司さんとO'Phanのフィドル大渕愛子さんはModern Irish Projectやハモニカクリームズのメンバーでもあり、という具合に、まるでジャズのセッションのように自在にメンバーを組み変えながらさまざまなプロジェクトを作って演奏できるのも、レパートリーの多くを共有しているアイルランド音楽ならではの楽しさです。ロック・ミュージシャンだったらこんなにたくさんのバンドを掛け持ちしたりしませんよね。

 いま名前を出したjohn john festival(ジョンジョン・フェスティヴァル)は、中村さんに加えて、フィドル/歌のjohn*(じょん)さん、(ハモニカクリームズにも参加している)バウロン奏者トシバウロンさんのトリオ。残念ながら昨夏から活動を休止していますが、本の付録CDにも収録した名演〈鳥の一生〉をライヴ映像でお楽しみいただきましょう。

♪john john festival/鳥の一生

 スリリングなスピード感と強烈なエネルギー、からだがふわっと持ち上がりそうな浮遊感が何度聴いてもたまりません。トシバウロンさんには、アルテスのサイトで「世界のケルト音楽を訪ねて」を連載してもらっていて、新しく〈オーストラリア編〉が始まったところです。よかったら読んでみてください。
世界のケルト音楽を訪ねて〈アトランティック・カナダ編〉

 こうして聴いてくると、本国アイルランドで長年培われてきた伝統音楽とはなにか違う、日本でしか、日本人にしかできない独自の音楽が育ちつつあることを実感します。海外の伝統音楽(日本の伝統音楽についても同じことは言えますが)を演奏するときには、ただの真似事にはとどまらないオリジナルな表現を作りたい、かといって伝統を壊しすぎてもいけない、という難しい問題がつきまといがちですが、いまや「これは"日本の"アイリッシュ・ミュージックです」と胸を張ってどこにでも出て行ける、そんな豊かな音楽が生まれていることに、ぼくはとても感銘を受けています。

 東京のほか札幌や京都、大阪などにも独自の歴史とシーンがありますし、ご紹介したいミュージシャンたちにはキリがないのですが、そうした日本オリジナルのアイルランド音楽を象徴するバンドのひとつとして、ハモニカクリームズを最後にご紹介します。

 ハーモニカの清野美土さんを核にフィドル、ギター、ドラムという編成で「ケルト×ブルース」という斬新なコンセプトを具現化している彼らの演奏には驚嘆するばかり。この映像でドラムを叩いている田中佑司さんは、ロック・バンドのくるりに在籍していたこともある人で、小気味よいパワフルなビートも見事です。

♪HARMONICA CREAMS/Dance of quadra



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鈴木茂(すずき・しげる)

同姓同名の名ギタリストとはもちろん別人です。吉田拓郎とビートルズで音楽にめざめ、中学生のときボブ・ディラン&ザ・バンドのライヴLPを聴いて、生まれて初めて音楽を聴いて鳥肌が立つという体験をする。人生でいちばん大切なミュージシャンはジョン・レノン。いちばん大事な曲はソウル・フラワー・ユニオンの「満月の夕」。とくに好きな楽器はギター(とくにエレクトリック)とドラムなどの太鼓類。高校から吹奏楽のパーカッションを始めたが、今はひたすら聴くだけ。1960年東京生まれ、吉祥寺在住。1984年、音楽之友社に入社。クラシック、ジャズ、ロック、ソウル、ボサノヴァ、アフリカ音楽、レゲエ、アイルランド音楽などなどの雑誌・ムック・書籍の編集に携わり、2006年に退社。同僚だった木村と共同で翌年に株式会社アルテスパブリッシングを創業し、現在に至る。

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