みんなのおむすび

 ほかほかごはんに好きな具材を合わせるだけ。シンプルで安くて、だれにでも作れるおむすび。 なのに、口にすると不思議な満足感が――。そこに秘められた "おむすびの心" を探るべく、創作野菜料理家・宮本しばにが、日本中のおいしいおむすびを巡り、レポートをお届けします。
 今回は、長野県、日本酒の蔵元で働く田中勝巳さんを訪ねました。もろみを育む手で結ばれる男らしいおむすびに注目です!

第2回 田中勝巳さんの「梅むすび」

2015.06.07更新

 長野県にある日本酒の蔵元「大信州」にお邪魔しました。この蔵元の日本酒は、米、水、製法にこだわり、毎年「インターナショナルワインチャレンジ」という国際ワインコンテストの純米酒部門と純米吟醸・純米大吟醸部門で数々の賞を受賞しています。
 取材させていただいた田中勝巳さんは、先代の次男として生まれました。一時はワイン会社に勤めていましたが、今は故郷に戻り、大信州の酒造りの責任者として活躍されています。本社は長野県松本市にありますが、田中さんは毎年10月〜4月までの7カ月間、長野市豊野町の蔵に泊まり込み、杜氏ら7人で酒造りに没頭します。取材したのは1月。豊野町の蔵で酒造りに奮闘している真っ最中でした。

「日本酒の元となるもろみは、人間の気もちや行動を把握しています。従業員以外の人が熟成室に入っただけでも、熟成状態が変わってしまいます。正月に従業員を休ませただけで、もろみの熟成が止まってしまったほどです。もろみはごまかしがきかないのです」と田中さんは語ります。

「もろみの熟成室を厳しく管理し、一定温度にしていても、外気温が1℃でも違うともろみに気づかれて、熟成の状態が変化してしまいます。不思議ですが、もろみは身の回りの環境をすべて把握してしまうのです。ですから、人間を含めたすべての環境をととのえることに全力を注ぎます。機械に頼る他力本願ではダメ。自分たちにできる『もろみにプラスになること』を何でもやってみます。ときにはもろみに音楽を聴かせることもあるんですよ」

 蔵のあちこちの壁に、「愛・感謝」と書かれた張り紙が貼ってあります。毎年、従業員全員でその張り紙を手書きするそうです。どんなに忙しくても、この気もちを忘れて仕事をしてはいけないという、もろみに対する愛情と敬意です。人の心の持ち方ひとつで日本酒の味が変わってしまうことを体感している人間だからこその行動です。お客様には見えない部分ですが、これこそがモノ作りをする上で一番大切にしなければならないことだと思いました。
 さて、そんな田中さんが作ってくれたおむすびは、シンプルな「梅むすび」です。


ぶこつに、やさしさを込めて握る

 炊きたてのあつあつごはんを、手のひらいっぱいにのせる田中さん。そこに梅干しをのせ、あとはとにかく豪快に、手早く握り上げた。力強いが、決して乱雑ではない。やさしく、それでいて大胆な手の動きに思わず見入る。


自家製の漬物を添えて「いただきます!」

 少し不恰好、でもそんなところが何とも美味しそうな田中さんのおむすび。使っているのは米と塩、梅だけなのに、とても味わいがある。もろみを育て、ずっと接している田中さんの手には、美味しくなる菌が宿っているのだろうか。田中さんがもろみに心を配るように、おむすびを作る人の心が、そのまま「美味しさ」に反映されるのだろう。しみじみ美味しいと感じるおむすびだった。付け合わせの漬物は右から、蔵で漬けた野沢菜、酒粕に漬けた瓜、野沢菜を粕で煮たもの。


みんなで握ったら、いつもの3倍食べた

 じつは取材の前夜、田中さんはおむすびを握る練習をしたそうだ。
 それを見ていたほかの従業員も「面白そうだ」とみんなが握り始め、楽しくて止まらなくなって、炊いたご飯は残らずおむすびに。結局、おむすびは全部、みんなのお腹に入ったそう。
 「いつもご飯を炊くと3分の2は残ってしまうのに、昨晩はその3倍は食べました!」と嬉しそうに話す田中さん。


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おむすびの心 その二

おむすびは日本人の心の奥底にある、何か大切なものを呼び起こすもの。
たかがおむすび、されどおむすびはどこまでも奥が深い......。
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大信州酒造株式会社
http://www.daishinsyu.com/

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文:宮本しばに 写真:野口さとこ

【文】宮本しばに(みやもと・しばに)
創作野菜料理家。20代前半にヨガを習い始めたのがきっかけでベジタリアンになる。結婚してから東京で児童英語教室「めだかの学校」を主宰。その後、長野県に移り住む。世界の国々を旅行しながら野菜料理を研究。1999年から各地で「ワールドベジタリアン料理教室」を開催。2014年10月には「studio482+」を立ち上げる。料理家の視点でセレクトしたキッチン道具&食卓道具のオンラインショップをスタートさせる。 著書に『焼き菓子レシピノート』『野菜料理 の365日』『野菜のごちそう』(以上、すべて旭屋出版) ほか。日本のソウルフードであるおむすびには日本独特の精神性があると感じている。売り物ではない「家庭のおむすびの心」の部分を、全国を歩きながら探索中。
studio482+

【写真】野口さとこ(のぐち・さとこ) 北海道小樽市生まれ。写真好きな両親の元、幼少期より写真に興味を持つ。 大学在学中にフジフォトサロン新人賞部門賞を受賞し、写真家活動を開始。出版・広告撮影などに携わる。 2011年、ライフワークのひとつである”日本文化・土着における色彩”をテーマとした写真集『地蔵が見た夢』(Zen Foto Gallery)の出版を機に、ART KYOTOやTOKYO PHOTOなどのアートフェアで展示される。2014年12月より、移動写真教室”キラク写真講座”を主宰している。
http://www.satokonoguchi.com/

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