みんなのおむすび

第10回 アートと暮らす ギャラリストのおむすび

2016.02.16更新

 ほかほかごはんに好きな具材を合わせるだけ。シンプルで安くて、だれにでも作れるおむすび。なのに、口にすると不思議な満足感が――。そこに秘められた "おむすびの心" を探るべく、創作野菜料理家・宮本しばにが、日本中のおいしいおむすびを巡り、レポートをお届けしています。今回は、東京・六本木の自宅でギャラリーを営む大橋人士さんのおむすびです!


 大橋人士さんとボブ・トービンさんの自宅兼ギャラリーは地下鉄を降り、歩いてすぐのレジデンスにあります。玄関を入ると其処彼処に絵画やオブジェが飾られています。二人はこの贅沢な空間で愛犬のハナ&モモと共に暮らしています。

 大橋さんは長年メイクアップアーティストとして活躍された後、ギャラリーをオープン。日本橋など数カ所を転々としたのち、ここ六本木に自宅兼ギャラリーを構えました。
 パートナーのボブさんは慶應義塾大学の名誉教授であり、著述家としてもご活躍中です。
 そんなお二人が出会ったのは26年前。2年前にカリフォルニアで結婚した二人は 、忙しい日々の中でも「楽しむ時間」を忘れない生活を送っています。


 料理は大橋さんが担当。ボブさんは料理が苦手なのでカクテル担当です。
 「料理は行き当たりばったり。その場、そのときの感覚で作ります。食べることはアートやコミュニケーションと同じでとても大事。その瞬間を楽しむこと、そしておいしいと感じる心も大切ですね」と大橋さんは語ります。

 インタビューの中で実に面白かったのは、彼が日常を楽しむために柔軟な発想をしていることです。
 ストレスがたまったら夜中でも料理する。仕事から帰ってきたらまずボブさんの作るカクテルでリセットする。家の中は好きなモノしか置かない。
 そして目からうろこが落ちる思いだったのは、彼がストレスを回避するために行う思考の転換です。「こうでなきゃだめ」と思うことがストレスになるのを防ぐため、その発想を逆転させるのです。
 「おむすびのサイズは全部違うのがいいと思ってしまえば、ストレスがなくて楽」「食器も全部同じものを揃えなくていいと最初から決めてしまえば気が楽でしょ」。

 会話には何度も「楽」という言葉が出てきます。
 このような術(すべ)は、彼が直感と経験を積み重ねて得たものでしょうか。本当の「楽」とは何もしないことじゃなくて、柔軟な姿勢で積極的に人生を楽しむことである、ということを彼から教わった気がします。

 「地味だけどおむすびにはパワーがあります」と話す彼のおむすびをいただきながら、おむすびは難しく考えずに簡単に作れて、幸せ感のある食べ物だな、と改めて思いました。
 塩味、甘み、辛み、大きい、小さい、三角、丸、すべてひっくるめておむすびは楽しく、そしておいしい。大橋さんの人生観も一緒にカラダに取り入れた、そんな気持ちになりました。

思い出のおむすびは「化粧品の香り」


 大橋さんの思い出のおむすびは、お母さんの握る「化粧品がほのかに香るおむすび」です。
 お母さんは朝起きるとまず念入りに化粧をし、その手でおむすびを握ったそうです。大橋さんが東京に上京して初めて食べたコンビニのおむすびは、当然ながら化粧品の匂いはなく、「味気なくてがっかりだった!」と大橋さん。おむすびってどこまでもお母さんの味が基準なんだなぁ。


混ぜご飯をおむすびに


 具材は3種。かつお節+こんぶ+生姜のみじん切り(上段左)、 わかめ+アキアミ(上段中)、 カブの葉炒め+かつお節+昆布を自家製のだし醤油で味付けしたもの(上段右)。
 大橋さんの作るおむすびは基本的に混ぜご飯です。「具とごはんを別々にするよりも、味が均一になっておいしい」からだそうです。ごはんはいつも土鍋を使って炊きます。


 「やっと最近、三角おむすびの形になってきた」と言いながら、粘土細工を作るように四方から形をととのえていくと、丸のような三角のような、かわいいおむすびの出来上がり。何個も食べられるからと、おむすびは小さめです。

 作る人の気持ちってやっぱり食べる側に届くのですね。
 彼が楽しそうにおむすびを握る姿を見ていたら、私もワクワクした気分になり、試食タイムは一段と楽しく、おいしいものとなりました。
 味はもちろん、選びぬかれた器やギャラリーの絵画に囲まれて食べるおむすびは、ひと味もふた味も違っていました。大橋さん、ボブさん、ご馳走様でした。







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おむすびの心 その十

難しいことは考えず、まず自らが「楽」になること。それがおむすびをおいしくする。
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Tobin Ohashi Gallery
http://tobinohashi.com/

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文:宮本しばに 写真:野口さとこ

【文】宮本しばに(みやもと・しばに)
創作野菜料理家。20代前半にヨガを習い始めたのがきっかけでベジタリアンになる。結婚してから東京で児童英語教室「めだかの学校」を主宰。その後、長野県に移り住む。世界の国々を旅行しながら野菜料理を研究。1999年から各地で「ワールドベジタリアン料理教室」を開催。2014年10月には「studio482+」を立ち上げる。料理家の視点でセレクトしたキッチン道具&食卓道具のオンラインショップをスタートさせる。 著書に『焼き菓子レシピノート』『野菜料理 の365日』『野菜のごちそう』(以上、すべて旭屋出版) ほか。日本のソウルフードであるおむすびには日本独特の精神性があると感じている。売り物ではない「家庭のおむすびの心」の部分を、全国を歩きながら探索中。
studio482+

【写真】野口さとこ(のぐち・さとこ) 北海道小樽市生まれ。写真好きな両親の元、幼少期より写真に興味を持つ。 大学在学中にフジフォトサロン新人賞部門賞を受賞し、写真家活動を開始。出版・広告撮影などに携わる。 2011年、ライフワークのひとつである”日本文化・土着における色彩”をテーマとした写真集『地蔵が見た夢』(Zen Foto Gallery)の出版を機に、ART KYOTOやTOKYO PHOTOなどのアートフェアで展示される。2014年12月より、移動写真教室”キラク写真講座”を主宰している。
http://www.satokonoguchi.com/

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