みんなのおむすび

第13回 蕎麦屋さん夫婦のおむすび

2016.08.03更新

 ほかほかご飯に好きな具材を合わせるだけ。シンプルで安くて、だれにでも作れるおむすび。なのに、 口にすると不思議な満足感が――。そこに秘められた "おむすびの心" を探るべく、創作野菜料理家・宮本しばにが、日本中のおいしいおむすびを巡り、レポートをお届けしています。今回は、長野県安曇野にある蕎麦屋「とりい」さんご夫婦のおむすびです。


 


 蕎麦屋「とりい」は長野県安曇野にある穂高神社の脇にあります。白壁と木造りの清楚なお店の引き戸を開けるとジャズがかかっていて、思い描いていた蕎麦屋とは違う、シックな雰囲気。店主である中村健太さんと、奥様のマキアヤコさんが笑顔で出迎えてくれました。

 お話を聞くなかで面白かったのは、二人の「なりゆき」的な生き方です。
中村さんは道楽で蕎麦打ちを楽しんでいましたが、たまたま見つけたこの物件を借りたあとに蕎麦屋をやろうと決めました。
 マキさんも何気なく始めた焼き菓子作りがきっかけで、今では自分のブランド菓子としてお店に置くようになりました。ともに目標があって進んでいったわけではなく、流れに任せてたどり着いたのがこのお店でした。



 以前は畑を借りて野菜を育て、自給自足的な生活をしたこともありましたが、それは食べていくために必要だったからで、思想を持って始めたわけではありません。「無一文でしかたなく」と笑いながら話す中村さん。

 はじめから「これをやりたい」と道を決めるのではなく、限られた環境や条件のなかで、いかに気もちよく暮らしていくか。それが結果的になりゆき的な生き方につながったのでしょう。
 頭でっかちにならず、理由づけもしない。ただ目の前のことを一生懸命やる。そんな彼らの生き方はどこか軽やかで、伸び伸びとしているように思えました。

 中学生のときにお母さんを亡くしたマキさんは、その頃からもうおむすびを握っていたそうです。
「おむすびは共にあるもの。とにかくおむすびが大好き!」と話すマキさん。おむすびはお母さんの思い出の味だから、おむすびを握るときはぎゅっとではなくて、ふんわりと握りたいと語ります。
 それに対して中村さんは、ご飯茶碗でご飯を食べたい派。昔はおむすびが好きではなかったそうです。マキさんと出会い、いつもマキさんが作ってくれるおむすびを食べているうちに、いつしかおむすびが好きになりました。
 おむすびに対する気もちがまったく違う二人が、風に吹かれるように、川の流れに身を任せるように生活を共にし、おむすびを食べ、仕事をする。おむすびのように尖っても、丸くても、どんな風でもいいのです。決められた道を行くのではなく、柔軟に、臨機応変に進んでいく。こういう生き方もいいなぁと清々しい気もちになりました。
 若い二人がこれからどんな「なりゆき」と出会い、人生を歩んでいくか、とても楽しみです。


土鍋で炊いたごはんを梅むすびに



 ご飯は「あまぐり君」という名が付いている土鍋で炊きます。メーカーによると化学物質などを入れない安全性の高い、超耐熱の土鍋だそうです。
 中村さんはご飯茶碗に入ったふかふかご飯が好き。だからおむすびもそんな風に食べたいと、握るのは4回と決めているそうです。自家製梅干しをちぎってご飯に混ぜておむすびに。


手の甲を使って器用に結ぶ



 マキさんは、おむすびを握りながら、お父さんのおむすびの話をしてくれました。
 お父さんが握ってくれていたおむすびは、米1合もあるかと思うほど大きく、平たく、丸いおむすび。白いご飯が見えなくなるまで海苔を貼りつけ、新聞に入っている広告紙で包んでいたそうです。昔は身近にあるものを何でも利用していましたよね。たしか私の母はお弁当を新聞紙で包んでいましたっけ。

 マキさんのおむすびの握り方が面白い。ご飯をおおざっぱに丸く形をととのえたら、一方の手の甲でおむすびを押しながら握ります。指ではなく手の甲で形をととのえるのです。この握り方は意外と難しくて、私も真似して握ってみたらうまくできなかった......。


おむすびは休日のお供



 外出するときに持っていく定番おむすびの具材は、梅+胡麻、きゃらぶき、味噌などを、その日の気分でなりゆきで。近くの温泉や山登りなど、休みになると二人で好きなところに出かけておむすびを食べます。
 二人で山登りに行くと、自家製味噌を入れたおむすびに湯をかけて「お茶漬け」にして食べることもあるそう。素敵なアイディアですね。



「行き当たりばったりなんです」と言いながら、二人はとても幸せそう。余計な力を入れずに生きる姿勢が、二人のおむすびにも表れていますね。



「とりい」の蕎麦と玄米おむすび。
 蕎麦はコシがしっかりあって香りもよく、あとを引くおいしさ。玄米いなりはマキさん作。食べると油揚げの甘辛い汁がジュワッと出てきます。圧力鍋で炊いた玄米がやわらかく、絶品です。

 気張らずに生きるってこんな感じなんだろうなぁと、しみじみ思う取材でした。
それは努力をしないということではなく、一生懸命に生きながら、変な力を出さないということ。すーっと生きる。清々と生きる。物事に引っかからずに生きる。彼らのそんな気もちのよい生き方を垣間見ることができ、こちらも晴れ晴れとした気もちになりました。
 中村さんとマキさんが握るおむすびは、二人のまっすぐで温かい気もちが伝わってきて、とてもおいしかったです。ごちそうさまでした。



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おむすびの心 その十三

おむすびを作るときは変な力を出さず、流れに任せて、今日は今日なりのおむすびを握る。そして明日は明日の風が吹くのだー。
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蕎麦屋「とりい」
長野県安曇野市穂高6079
Tel. 0263-82-3039

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文:宮本しばに 写真:野口さとこ

【文】宮本しばに(みやもと・しばに)
創作野菜料理家。20代前半にヨガを習い始めたのがきっかけでベジタリアンになる。結婚してから東京で児童英語教室「めだかの学校」を主宰。その後、長野県に移り住む。世界の国々を旅行しながら野菜料理を研究。1999年から各地で「ワールドベジタリアン料理教室」を開催。2014年10月には「studio482+」を立ち上げる。料理家の視点でセレクトしたキッチン道具&食卓道具のオンラインショップをスタートさせる。 著書に『焼き菓子レシピノート』『野菜料理 の365日』『野菜のごちそう』(以上、すべて旭屋出版) ほか。日本のソウルフードであるおむすびには日本独特の精神性があると感じている。売り物ではない「家庭のおむすびの心」の部分を、全国を歩きながら探索中。
studio482+

【写真】野口さとこ(のぐち・さとこ) 北海道小樽市生まれ。写真好きな両親の元、幼少期より写真に興味を持つ。 大学在学中にフジフォトサロン新人賞部門賞を受賞し、写真家活動を開始。出版・広告撮影などに携わる。 2011年、ライフワークのひとつである”日本文化・土着における色彩”をテーマとした写真集『地蔵が見た夢』(Zen Foto Gallery)の出版を機に、ART KYOTOやTOKYO PHOTOなどのアートフェアで展示される。2014年12月より、移動写真教室”キラク写真講座”を主宰している。
http://www.satokonoguchi.com/

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