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参 英語落語も面白い

2015.01.04更新

 落語には様々な分類軸がある。「古典落語」と「新作落語」の時代軸や、「上方落語」と「江戸落語」の地域軸、あるいは「滑稽噺」「人情噺」「芝居噺」「怪談噺」のプロット軸、「武士」「町人」「僧侶」「子ども」などの人物軸、というように挙げ出せばきりがない。
 しかし、そのいずれにも属さない分類項として「英語落語」がある。古典落語の英訳もあれば、新作の英語落語もあるという具合に、どこにも属さない第三の分類項だ。笑福亭銀瓶さんの「韓国語落語」も視野に入れれば「外国語落語」というべきだが、いまは英語落語について述べる。
英語落語は、桂枝雀師匠(1999年没)と英会話学校代表の山本正昭氏(2005年没)によって始められたが、いまや国内外で公演が重ねられ、天満天神繁昌亭でも英語落語だけの会が開かれるほどに定着している。

 日頃の繁昌亭の客席は、高齢化社会をそのまま投影しているが、英語落語の日には、平均年齢は下がり、女性客の率は上がる傾向がある。これこそ、繁昌亭にとって最も有難い風景だ。若い女性客の明るく甲高い笑い声は、噺家のテンションを高めるとともに、客席の笑いを誘発するのだから、こんなに有難い客はない。繁昌亭の英語落語会に中高生を勧誘しない手はない(できれば女子中高生がいい)。繁昌亭の土地は、隣接する大阪天満宮が無償提供しており、学問の神、受験の神のお膝元だから、ご利益は大きい(はずだ)。学問の神様の地で英語の勉強に行くといえば、親も反対しない(にちがいない)。中高生の皆さん、英語落語で英語を学べるのだ!

 ここで英語落語なんて知らないという方のために、先日の繁昌亭で、桂あさ吉さんがマクラでふっていた小噺《Speaking Flower》を紹介しておこう。
 とある花屋を訪れた客が"Speaking Flower"はあるかと問う。店主は、あるから花に名前を聞けという。客が花に聞くと、次々に"tulip""carnation""rose"と答えるが、答えない花があった。店主に尋ねると"Oh, it's a dry flower"と答えてオチとなる。
 実はこの噺、日本語のオチは「あぁ、それはクチナシの花ですから」というものだ(蛇足ですが「口無し」ですよ!)。それを直訳して"Oh, it's a gardenia"と答えたのでは噺がオチない。" a dry flower"に訳したのは山本正昭氏だが、英語落語を聞けばこのような機知をも楽しむことになる。

 この機知に刺激を受けて私も落語の英訳を試みた。とはいっても、英語は大の苦手で、海外とのメールもネットの翻訳機能を頼っている。それでも翻訳用の原作文のコツをつかまえれば、簡単な定型文の翻訳に不自由はない。「簡単な定型文なら自力で書け!」という心ないツッコミは聞こえません。
 まずは、子どもに人気のネタ『寿限無』から試してみた。この噺には、異常に長い子どもの名前が頻出する。それは、「寿限無、寿限無、五劫の擦り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末、食う寝る処に住む処、藪ら柑子の藪柑子、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助」という名だ。これは名前だから訳さなくてもいいとして、その目出度い由来については説明したいのだが、ネット翻訳では歯が立たなかった。

 次に「高津の富」に挑戦したが、紆余曲折を経て最後につまずいた。それは「布団をめくりますと」というオチ前の台詞だ。ネット翻訳では「布団」は"futon"と訳すので、果たして英語圏で通じるのかと調べると、どうやら"mattress"のことらしい。「敷き布団をめくります」では意味が異なる。なるほど欧米ではブランケットを被るので、掛け布団にあたる単語がないのだ。中高生の皆さん、英語落語で異文化についても学べるのだ!

 私たちの文化に根差した表現は布団のような名詞だけではなく、翻訳不能な表現が多く、それは落語に頻出する。例えば「・・・のお蔭」や「お蔭様で・・・」という表現は何と訳せばいいのだろうか。
 試しに「お蔭様で息子は合格しました」という例文をネット翻訳してみた。するとExcite翻訳は、"The son passed luckily"と訳す。「お蔭で」と"luckil(幸運にも)"では似て非なるものだ。Google翻訳は、"Son has passed with backing"という訳だ。"Backing(支援者)"への感謝が含まれていそうだから"luckily"よりはましか。Yahoo翻訳では"The son passed it with a grace state"となる。"a grace state"とは「神の恩恵を受けて」ということらしいから、かなり近づいたようだ。

 しかし、私たちが(落語の人物も含めて)「お蔭様で」というとき、その感謝の対象は、直接に間接に私たちと関わる世間の人々であり、その世間を包み込んでいる豊かな自然であり、それを見守っていう神々であるはずだ。自然のなかに神も人も位置付ける神祇信仰の世界観から生まれた独特の表現だから、神が万物の創造主という世界観の言葉には馴染まない。
 そこで、中学の英語教科書にも紹介されている桂かい枝さんに『蛇含草』の台詞「お蔭で好きな餅が腹いっぱい」はどのように演じますかと尋ねたら、「お蔭で」の部分は"Thanks to that ・・・"だという。「そのお蔭で」の意味らしいから正しい訳なのだろう。それでも彼我の世界観の違いは超えることは難しいようだ。中高生の皆さん、英語落語で世界観についても学べるのだ!

 文科省は、2020年から小学校5・6年において英語を教科化するという。すでに、いくつかの企業で実施されている英語公用語化に迎合するものでないことを願いたい。母語による思考力を身に付けてから、外語を学ぶべきである(決して、私が英語を苦手にしているからではないのですよ)。言葉は思考の源泉なのだから、小学生には、母語による思考力を鍛えてほしい。「お蔭さまで」の世界観を身につけてから、英語を学んでも遅くはないし、そのほうが自らの思考を相対化する力も備わる。
 もし、英語で思考するような子どもに育ってしまったら、その子は受験に合格したとき、天満宮の御礼絵馬に"I passed luckily"と書き兼ねない。真のバイリンガルとは、母語で考える力と、外語を自在に話す力を備えた人のことだ。小中学生の皆さん、繁昌亭に通って母語で考える力と、外語を自在に話す力を身につけよう。

《締めの謎掛け》
 落語とかけて、受験と解く。その心は・・・、どちらも「落ち」を気にします。
 チャン、チャン。

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高島幸次たかしま・こうじ

1949年大阪生まれ。大阪大学招聘教授、大阪天満宮文化研究所研究員などを兼務。日本近世史を専攻し、地方誌史への執筆や、各種セミナーの企画なども多く行う。NPO法人「上方落語支援の会」理事や天満天神繁昌亭大賞選考委員として落語にも関わっている。

著書に『奇想天外だから史実ー天神伝承を読み解くー』(大阪大学出版会)、『大阪の神さん仏さん』(釈徹宗との共著、140B)などがある。

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