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伍 落語のなかの史実を詮索

2015.02.14更新

 私は、落語は好きだが、良い落語ファンだとはいえない。なぜなら、歴史学徒の末席を汚しているために、古典落語を聴くときにも、気がつくと時代考証をしてしまっているからだ。素直に噺を楽しまず、思案顔をしていたのでは、落語家さんは話しにくかろうと思う。

 たとえば、『佐々木裁き』や『次の御用日』を聞きながら、西町奉行・佐々木信濃守が登場すると、史実では東町奉行なのに、なぜ落語では西町奉行なのかと考えてしまうのだ。念のために言うと、東西の奉行所は管轄地域を分担したのではなく、月番で交互に職務を果たしていたから、噺の舞台によって東西が決まる訳ではない。
 東町奉行所が大坂城の京橋口(中央区大手前1・大阪合同庁舎1号館)にあったのに対し、西町奉行所は内本町橋詰町(中央区本町橋2・マイドームおおさか)にあったため、大坂町人たちは船場に近い西町奉行所が親しみやすかったからなのか、などと考えてしまう。
 しかし、それなら東町奉行・佐々木信濃守顕発と同期の西町奉行・川村対馬守修就を登場させればいいじゃないか。修就は、あの勝海舟が「三河武士の美風を受けた正直なよい侍」と評価したほどの優れた人材だったから(『氷川清話』)、奉行ごっこをしていた四郎吉の才能を見抜く奉行役には打って付けなのに、と思ってしまう。

 その意味で『はてなの茶碗』は、時代考証の虫が大騒ぎするネタだ。清水寺・音羽の滝の茶店で、茶道具屋の金兵衛(茶金)は、水漏れする茶碗に「はてな?」と首を傾げる。たまたま、それを目撃した行商の油屋は、高価な茶碗だと勘違いし、その茶碗を手に入れて、茶金の店に買い取りを求める。
 この油屋に実在のモデルがいるとは思えないが、茶金はどうだろう。住まいが京・衣棚というので探してみたが見つからなかった。では、茶金から茶碗の話を聞いた「関白・鷹司公」のモデルはどうか。数ある公家の中でも、摂政・関白に任官されるのは、近衛・九条・二条・一条・鷹司の五摂家だけだ。架空の関白として登場させるのなら、五摂家筆頭で、鷹司の本家筋にあたる近衛でいいのに、なぜ分家筋の鷹司なのだろう。

 これには思い当たることがある。江戸時代に関白となった38名の在任年数は平均5年くらいだが、江戸後期の鷹司政通だけは、文政6年(1823)3月から安政3年(1856)8月の33年余もの長期にわたって関白を務めているのだ。そのため幕末において関白といえば政通の印象が定着していたのだ。落語に登場する「関白・鷹司公」は政通で間違いない。

 では、政通から茶碗の評判を聞いた「時の帝」はというと、仁孝天皇(在位:1817~46)と、孝明天皇(在位:1846~66)の両帝に可能性があるが、おそらくは、仁孝天皇のことだろう。政通の妹2人が仁孝天皇の女御になっているから、政通を連想しやすかったから。

 次に、茶金から評判の茶碗を千両で買い取った鴻池善右衛門はというと、あまりにも有名な両替商だ。この場合は、鴻池九代目の幸実(1806~51)のことだ。幸実は、表千家の十代・十一代家元に師事した茶人として数々の名品を収集しているから、帝までが賞した茶碗を千両で買い取るくらいは朝飯前だ。

 噺のオチでは、油屋が「今度は十万八千両の金儲け」といいながら水壺を茶金に持ち込むのだが、この「108000両」についてもなにか意味があるのだろうか。すぐに思いつくのは煩悩の「108」にかけているということだ。たしかに、油屋は煩悩の塊だ。
 しかし、それだけではなさそうだ。天保8年(1837)2月に前年からの飢饉による世情不安を受けて大塩の乱が起こるが、その一党は鴻池邸を襲っている。同時代の世相・風俗書『浮世の有様』には、「小塩貞八」が「山中屋善右衛門」宅を襲って「十万八千両」を奪ったと記録している。いうまでもなく、「小塩」は「大塩」のもじりで、「貞八」は「テイハチ」と読んで「ヘイハチロウ」に響かせ、「山中屋」は鴻池家の祖先の山中鹿之助を思い起こさせる仕掛けだ。史実を踏まえた記録だが、落語はこの金額を踏まえているのだろう。

 それにしても、一見すると中途半端なこの金額は他にも例がある。時代は遡って天明三年(1783)浅間山大噴火と霖雨・低温によって東北・関東地方が大飢饉に襲われたため、大坂の豪商にも御用金が課せられたが、このとき加嶋屋久右衛門が「千八十貫目」を出銀している(鴻池は「千五百貫目」)。「108」の語呂合わせで課銀される訳ではないだろうが、興味深い符合だ。

 ちなみに、この大塩一党の強奪も、幕府の御用金賦課も、その背景には「有徳思想」が横たわっている。有徳人(富裕な人)は貧者に喜捨(施し)をしなければならないという思想だ。人徳の「徳」と、所得の「得」は同義語であり、金持ちは道徳的にも優れていなければならないという考え方があった。そういえば、茶金が鴻池から千両を受け取った後に、油屋に五百両を渡そうとするのは実に有徳人らしい振る舞いなのだ。

 さて、オチの話で小文を締めくくろう。『はてなの茶碗』のオチは、油屋が水壺を茶金に持ち込んで、「今度は十万八千両の金儲け」といいながら水壺を茶金に持ち込むのだが、これを聞いた江戸時代の町人たちは、鴻池がこの水壺をも買い取り、「千両」に続いて「十万八千両」を支払う場面を思い浮かべたのだろう。もちろん、そんなことは気にせず「十万八千両」って「なんと法外な高額をふっかけるんだよ!」と笑ってもいいし、「煩悩の百八つか」とほくそ笑んでもいい。
 優れた古典落語には、このように重層的な笑いが散りばめられているのだ。いや、そのような仕掛けに富んだ噺こそが、現代に語り伝えられていると考えるべきか。

《締めの謎掛け》
 関白・鷹司政通とかけて、両替商・鴻池善右衛門と解く。
 その心は・・・、どちらも「きんり(禁裏・金利)」を大切にしています。チャン、チャン。

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高島幸次たかしま・こうじ

1949年大阪生まれ。大阪大学招聘教授、大阪天満宮文化研究所研究員などを兼務。日本近世史を専攻し、地方誌史への執筆や、各種セミナーの企画なども多く行う。NPO法人「上方落語支援の会」理事や天満天神繁昌亭大賞選考委員として落語にも関わっている。

著書に『奇想天外だから史実ー天神伝承を読み解くー』(大阪大学出版会)、『大阪の神さん仏さん』(釈徹宗との共著、140B)などがある。

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